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【原神】からかい上手のナヒーダさん #12 - 密やかな温もり【二次創作小説】

 
挿絵


洞窟の奥へと進むにつれて、魔物の数が増えてきた。それまでもいくつかの小さな群れと戦ってきたが、ここに来て一気に数が増えたように感じる。通路が狭く入り組んでいるため、視界も限られる。あちこちから魔物が群を成して襲いかかってくる状況は、かなり厳しい戦いを強いられた。

 俺とナヒーダは何度も息を合わせ、連携技で敵を蹴散らしては次の敵へと立ち向かった。最初こそぎこちなかった二人の動きも、今では互いを信頼し、完璧な息の合わせができるようになっていた。

「前から来るぞ!」

 俺が警戒の声を上げると、ナヒーダはすぐに状況を理解し、対応してくれる。

「わかってるわ。あなたは右をお願い!」

 ナヒーダが草元素攻撃を行い、左側から来る魔物の動きを封じる。俺はその隙に右側から迫る魔物へと剣を振るう。動きが一時的に鈍った敵を俺が一掃し、新たな敵が現れたら今度はナヒーダが攻撃を担当する。

 絶妙のコンビネーションで次々と魔物を討伐していくが、乱戦の合間、ふと気づくとナヒーダのすぐそばに別の魔物が迫っていた。彼女は別の方向に注意を向けており、背後の危機に気づいていない。

(危ない——!)

「ナヒーダ!」

 咄嗟に叫びながら、俺は反射的に体を投げ出した。彼女を抱え込むように守り、自分の背中で魔物の攻撃を受ける覚悟をする。しかし、運良く魔物の攻撃は空を切った。その隙に、俺は剣を振り抜き、魔物を断ち切る。

 強く抱き寄せた腕の中に、ナヒーダの小さな体がすっぽり収まっている。激戦の最中、心臓が高鳴るのを感じながら、必死に呼吸を整えた。彼女の体温が、俺の胸元に伝わってくる。

「ごめんな。ケガはないか?」

 俺の問いかけに、ナヒーダは少し驚いたような表情を見せた後、小さく首を振る。

「ううん、ありがとう。……でも、もしあなたがそのまま抱きしめ続けてくれたら、私は無敵になれるんじゃないかって思ったわ」

 その言葉に、顔が熱くなるのを感じる。いつものからかいなのか、本心なのか判断がつかない。

「ば、バカ言うなよ……抱えたまま戦うなんて、いくらなんでも無理だって」

 動揺しながら腕をほどこうとすると、ナヒーダは小悪魔的な笑みを浮かべた。

「そうかしら?」

 そんなやり取りをしているうちに、新たな魔物の群れが迫ってくる。俺たちは再び戦闘態勢に入り、連携を取りながら戦い続けた。

 次から次へと湧いてくる敵に対処しながら、何とか一掃していく。時間にしてどれほど経ったのか分からないが、とにかく長い戦いだった。

 最後の一匹を倒し、周囲に魔物の気配がないことを確認すると、俺は疲れた様子で肩を落とした。

「はあ……ようやく片付いた、か。大丈夫か? どこも痛くない?」

 ナヒーダも同様に息を整えている。彼女は草神とはいえ、連続で魔物と戦うのは相当な消耗だったはずだ。

「ええ、あなたも無事? 脚や腕にケガは……」

 お互いの安全を確かめると、どっと疲労が押し寄せてきた。長時間の戦闘と緊張の連続で、体力を使い果たしていた。

 ナヒーダがそんな俺の様子を見て、小さな手を差し出した。

「少し肩を貸してあげるわ」

 俺は言われるままに彼女の手を取り、近くの岩に体重を預けて座り込んだ。すると彼女は優しい声で「お疲れさま」と言いながら、肩を軽く揉んでくれた。その指先からは、草元素の温かさが伝わってくる。

「……ああ……なんだか眠くなるな……」

 心地よさで瞼が重くなっていく。戦いの緊張から解放され、ナヒーダの優しい手の感触に身を委ねると、急速に疲労感が押し寄せてきた。

「無理もないわ。先からずっと戦いっぱなしだったもの。少しだけ、目を閉じていいのよ」

 その言葉に促されるように、俺は目を閉じる。ナヒーダの手の動きと、かすかに感じる彼女の香りに包まれながら、意識が遠のいていった。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。はっとして目を開けると、見慣れない角度から洞窟の天井が見えた。それだけでなく、何かが頭の下にあり、心地よく支えている。

 視線を移すと、ナヒーダの顔が上から覗き込んでいた。どうやら俺の頭は彼女の腕の上に乗せられているようだ。いわゆる腕枕の体勢になっていた。

「ご、ごめん……うわ、俺、寝ちゃってたのか」

 慌てて起き上がろうとすると、ナヒーダは柔らかく微笑んだ。

「ふふ、安心して。痛かったかしら? 私の腕はあまりクッションがないから」

 彼女の腕に頭を預けていたと考えると、恥ずかしさで顔が熱くなる。しかも、どれくらいの時間、そうしていたのかも分からない。

「そ、そんなこと……むしろ助かったけど……」

 顔を真っ赤にしてまごつく俺を見て、ナヒーダは柔らかな笑みを浮かべる。ちょっとした休息だったはずが、彼女の温もりに甘えてしまった自分に戸惑いつつも、何よりも今の安堵感はひとしおだった。

「体力が戻ったら、次へ進みましょう。死域の浄化はまだ終わっていないもの」

「……ああ、ありがとう。本当に、一緒にいてくれて助かるよ」

 照れ隠しのように立ち上がりながら、ナヒーダの腕に触れたぬくもりが未だに脳裏に焼き付いて離れない。心臓の鼓動が妙にうるさいのを彼女に悟られないように、俺は言葉少なに準備を始めた。

 改めて装備を整え、次に進む準備をしていると、ナヒーダがくすくすと笑いながら近づいてきた。

「ねえ、さっき言ったこと覚えてる?」

「え?さっき?」

 突然の質問に首を傾げる。彼女の目は悪戯っぽく輝いていた。

「そのまま抱きしめ続けてくれたら無敵になれるって言ったこと」

 その言葉を思い出し、また顔が熱くなるのを感じた。

「あ、あぁ…戦いの最中だったから冗談だと思ったけど…」

「冗談じゃないわよ。あなたが私を抱きしめてくれたから、最後まで戦えたんだもの」

 ナヒーダの真剣な眼差しに、どう反応していいか分からなくなる。彼女はくすりと笑うと、続けた。

「だからね、これからもピンチの時は抱きしめてくれるかしら?」

 からかうような口調だが、その目には真剣さも混じっているようにも見える。

「そ、それは…状況にもよるけど…」

 言葉を濁す俺に、ナヒーダは楽しそうに笑った。

「例えば、あそこに見える段差を降りるとき。抱えてくれたら安全に降りられるわ」

 彼女が指さす先には、確かに少し高めの段差がある。とはいえ、彼女が一人で降りるのが難しいほどではない。

「そんな時まで抱えたりしたら、変な目で見られるぞ」

「この洞窟の中には私たちしかいないから平気よ」

 そう言って笑うナヒーダの表情には、無邪気さと小悪魔的な色が混ざり合っている。

「それに、食事の時だって、あなたの膝の上で食べたら、いざという時も安心だわ」

「お、おい、それはさすがに…」

 想像してしまう。ナヒーダを抱えたまま、彼女に食べ物を口に運ぶ姿。あまりに非現実的で、思わず苦笑してしまう。

「それじゃまるで子供を扱うみたいじゃないか」

「ふふ、そうかしら?まあ、冗談はさておき」

 彼女の軽快に話題を変えた。

「次の区画はもっと難所かもしれないわ。死域の気配が強くなってるのを感じる」

 彼女の表情が少し真剣になり、俺も気を引き締めた。冗談を言い合っている場合ではないのだ。

 準備を整え、俺たちは再び洞窟の奥へと歩き始める。先ほどの激しい戦いから、体力は少し回復したものの、まだ完全ではない。慎重に進む必要がある。

 不安定な岩肌を踏みしめながら進んでいくと、通路はさらに複雑に入り組んでいく。時折、遠くから魔物の唸り声が聞こえてくるが、幸いにも直接の遭遇は避けられている。

 やがて、巨大な石柱がいくつも立ち並ぶエリアに到達した。それらの石柱は天井まで達し、まるで自然の迷路のように通路を形成している。

 しばらく歩いていると、巨大な石柱の隙間に小さなくぼみを見つけた。岩の断層が不規則に重なり、ちょうど人が身を潜めるのに適したスペースができていた。

 周囲を確認すると、魔物の気配はなく、比較的安全そうだ。また、石柱が風よけとなり、寒気も防いでくれそうだ。

「ここで一旦休憩しようか」

 俺の提案にナヒーダも同意し、小さなくぼみに近づいた。

「ここなら身を隠せそうだ。……ただ、かなり狭いな」

 くぼみを覗き込むと、確かに二人が入るには狭い空間だ。だが、安全面を考えれば、むしろ好都合かもしれない。

「ええ。でも敵からも見つかりにくいし、寒気や風もほどほど防げるわ」

 ナヒーダはそう言いながら腰を下ろそうとする。しかし、狭すぎてまともに座る余地はあまりない。俺も無理矢理体を縮めて横になってみるが、肩同士が触れ合うくらいの距離感になってしまう。

「う、うわ、こんなに寄り添う形しかないのか……?」

 思わず声が出る。確かに安全だが、二人の距離があまりにも近い。先ほどの戦闘中の抱擁を思い出し、妙に意識してしまう。

「ふふっ、外で野宿するよりはずっといいと思うわよ」

 ナヒーダは気にする様子もなく、狭いスペースに身を寄せる。

「ほら、あなたも楽にして。大丈夫、変なことはしないわ」

 そう言われても妙に落ち着かず、俺は目を逸らす。ナヒーダはお構いなしに「ここなら危なくないわね」と言いつつ、体を預けるように狭い空間へ身体を収めているから、こちらとしては視線をやり場に困る。

「……すまん、もう少し広い場所を探したほうがよかったか?」

 申し訳なさそうに尋ねると、ナヒーダは首を横に振った。

「ううん、ここが最適よ。あなたって大柄だから、狭いかもしれないけど少し我慢して」

 その言い方はややからかいっぽさも混じっていて、俺はやむを得ず身動きを抑えた。二人して小さくなりながら溜息をつく。

 しかし、不思議なことに、時間が経つにつれてこの密着感にも慣れてきた。むしろ、この狭い空間だからこそ、外の寒気や危険から守られているという安心感がある。

 辺りを見回すと、石柱が入り組んで作られたこのくぼみは、まるで外界から切り離された秘密の空間のようだ。この洞窟内で、誰にも見つからない、二人だけの隠れ家。

(こんな所で、ナヒーダと二人きり…)

 その考えがよぎると、再び心臓の鼓動が早くなる。一方で、不思議と安心感も強い。彼女の存在が間近にあるという事実が、無意識のうちに安らぎをもたらしているのかもしれない。

「……ああもう、こんな状況で休息するなんて、普通に考えたらおかしいよな」

 考えを振り払うように呟くと、ナヒーダはくすっと笑った。

「でもあなた、そんなに不機嫌そうでもないわよ。顔は赤いけど」

 彼女の言葉に、思わず身を硬くする。確かに、窮屈なのは不快だけど、ナヒーダと肩を寄せ合うの自体は実は嫌じゃない。そういう思いに気づいてしまい、ますます意識が混乱する。

 ドキドキする気持ちと、安心感が入り混じる奇妙な感覚。普段なら絶対に経験しない感情の波に、どう対処していいのか分からなかった。

 ナヒーダはそんな俺の心情を見抜いたのか、静かに微笑みを浮かべた。彼女の顔は、洞窟の微かな光に照らされて柔らかく浮かび上がっている。

「時間も遅くなってきたし、ここで寝ましょうか」

 彼女の言葉が耳元で囁かれ、その息遣いがかすかに頬に触れる。あまりの近さに、思わず身を引きそうになるが、既に背中は岩壁に触れていて、これ以上退けない。

「う、うん。そうだな……死域の浄化はまだ先がありそうだし、無理して奥へ行っても疲労が限界だ」

 精一杯冷静を装いながら答える。だが、隣からわずかに感じる呼吸の音、体の温もりは、どうしようもなく意識してしまう。彼女の体がかすかに震えているのも感じる。寒いのだろうか。

 洞窟の闇に閉ざされたこのくぼみは、まるで二人だけの世界のように息をひそめている気さえしてくる。早く出たいような、もう少しだけこのままでもいいような……複雑な感覚が胸を満たした。

「おやすみなさい」

 ナヒーダのその言葉と共に、彼女の呼吸がゆっくりと規則的になっていくのを感じる。眠りについたようだ。

「ああ、おやすみ」

 俺は天井を見上げ、静かに呼吸を整える。彼女が安心して眠れるよう、できるだけ動かないようにしながらも、この不思議な状況に思いを巡らせる。

 神である彼女が、こうして俺の隣で安らかに眠っている。その事実だけで、何か特別なことが起きているような気がする。

 少しずつ眠気が襲ってくる。戦いの疲れと、この安らかな空気に包まれ、意識が遠のいていく。

 最後に感じたのは、眠りに落ちるナヒーダの体が、無意識にさらに俺の方へと寄り添ってきたことだった。その温もりに包まれながら、俺もまた深い眠りへと誘われていった。

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