【原神】からかい上手のナヒーダさん #11 - 輝きと温もりと【二次創作小説】

キノコンの群れを撃退した後、俺たちは再び洞窟の奥へと進む。
前方から微かな光が漏れているのに気づいた。今まで通ってきた洞窟とは明らかに違う明るさだ。
「あれは……」
慎重に足を進めると、突然目の前に幻想的な空間が広がった。
洞窟の壁面、床、そして天井まで——あちこちから淡く光る植物が顔をのぞかせていた。その花弁は星のように煌めき、小さく揺れている。まるで夜空を切り取ったような、あるいは月明かりの下で銀河が広がるような神秘的な光景。その美しさに、俺は言葉を失った。
ナヒーダが俺の手を離し、目を輝かせて近づいていく。彼女の表情には純粋な喜びが溢れていた。草神である彼女が、これほど感嘆するほどの景色とは、どれほど特別なものなのだろう。
「すごい……こんな地中でこんな風に光る花が咲いてるなんて。本当に綺麗」
ナヒーダの声は柔らかく、少女のような無邪気さを含んでいた。俺も思わず息を呑む。
「確かにな。洞窟の暗さを忘れるくらい、明るく感じるよ」
その光景は、これまでの洞窟の暗さや死域の重苦しさを一気に忘れさせるほどの明るさと美しさを持っている。死域を駆除するために潜った洞窟で、こんな光景に出会うとは思わなかった。
ナヒーダが花にそっと手を伸ばした。彼女の指が花弁に触れると、花弁が小さな光をふわっと増すように揺れた。その光が彼女の顔を優しく照らし、神々しさと儚さが同居するような表情を浮かび上がらせる。
その様子をじっと見守りながら、俺は不思議な解放感を味わっていた。死域を駆除するために来ているはずなのに、こういう美しい場面を見るとなぜだか心が癒されるのだ。長い冒険の旅の中で、このような美しい瞬間に出会えることは、貴重な財産のように思える。
「しかも、この花、ほんのり甘い香りもするわ」
ナヒーダが花に顔を近づけ、その香りを楽しんでいる。彼女の長い髪が花に触れ、その光を反射して輝いていた。
「あなたも、よかったら嗅いでみる?」
彼女の誘いに、俺は少し躊躇した。美しいとはいえ、これは未知の植物だ。テイワットには様々な危険な植物が存在することを知っている。
「遠慮しとく……じゃなくて、ちょっと怖くないか? 変な植物だったらどうするんだよ」
慎重な姿勢を見せる俺に、ナヒーダはくすりと笑った。
「大丈夫よ。ちゃんと毒の反応はなさそうだもの」
草神としての知識と感覚がそう告げているのだろう。彼女は再び花に顔を近づけ、香りを確かめる。その仕草には、どこか子供のような無邪気さがあった。
俺は少し後ろからその姿を見つめながら、「やっぱり草神らしく植物に詳しいんだな」と改めて感じ入る。彼女のその側面は、旅の途中でも何度か垣間見てきた。植物に囲まれたとき、ナヒーダの表情は一層輝きを増す。
やがて彼女は花を愛でる仕草のまま、こちらに向かって顔を上げた。その瞳には、光る花々が映り込み、まるで星空のように輝いていた。
「あなたに見せたくなったの。こんなに綺麗な花があることを」
その言葉に、胸の中で何かが震えるのを感じた。
「俺に……? どうして?」
思わず尋ねる。ナヒーダは少し考えるような素振りを見せた後、意地悪っぽく微笑んだ。
「さあ……たまには私が理由をあいまいにしてもいいでしょ?」
意地悪っぽく笑うナヒーダに対し、俺は会話の糸口さえ見失う。通常なら、彼女のそのからかいに反応し、言い返すのだが、今は言葉が見つからなかった。
神秘的な光の下で、彼女の柔らかな表情がさらに映えて見える。その美しさを自分の目でしっかり確かめるしかなかった。そこに言葉で説明する必要はない気がする。
洞窟の冷たい空気は相変わらずだが、この光に照らされた一帯だけは、不思議と暖かさを感じた。俺もそっと花に近づき、恐る恐る一輪に触れてみる。花弁は柔らかく、触れると光が少し強まった。その反応に、思わず微笑みがこぼれる。
「本当に綺麗だな……」
呟きながら、俺はナヒーダの方を見る。彼女も同じように微笑んでいた。その瞬間、ナヒーダの気持ちにほんの少しだけ触れたような感覚に包まれる。彼女が何を考えているのか、何を感じているのか、言葉ではなく、心で理解できるような不思議な感覚。
「いつか、この場所を安全にして、もっと多くの人にも見せたいね」
自然と言葉が口から出た。死域が浄化され、この美しい花々がさらに輝きを増すことを想像する。
「ええ、きっとみんなびっくりするわ。こんな暗いところに、とびきりの輝きが残っているなんて」
そう言いながら笑うナヒーダを見ていると、やはりここまで来てよかったと思ってしまう。つらい任務であるはずの死域駆除が、いつの間にか二人に特別な時間を与えているような気さえする。
薄暗い洞窟の中で、彼女の笑顔はこれらの花々に負けないほど光輝いて見える。その顔をまじまじと見つめすぎて、俺自身の顔が少し熱くなってきた。
ほんのり甘い花の香りに紅くなりそうな頬を誤魔化すように一つ咳払いし、俺は視線を奥の通路へ向けた。まだ任務は終わっていない。この美しい光景に心を奪われていても、先を急がなければならない。
「……先に進もうか。この花たちも、死域がなくなればもっと元気に咲き続けてくれるはずだ」
「そうね。じゃあ、あなた、先陣をお願い」
互いに微笑み合い、俺たちは光の残る空間を後にする。淡い輝きが背中を押してくれているかのようで、あの花たちに負けないくらい強く歩んでいける気がした。
光る花々の空間を離れ、再び薄暗い通路に入ると、さっきまでの温かさが徐々に失われていく。周囲の空気も冷たく、湿り気を帯びている。通路の床には小さな水たまりがいくつも点在しており、歩くたびに水音が響く。
「気をつけて。足元が滑りやすそうだ」
注意を促しながら、俺は慎重に一歩一歩進む。壁からは水が滴り落ち、床の水たまりはその分だけ少しずつ大きくなっていた。
先に進むほど、水たまりの数が増えていく。やがて、通路の床全体が薄く水に覆われ始めた。
「水の量が増えてきたわね」
ナヒーダが心配そうに呟く。確かに足首まで水に浸かるようになり、歩くのが難しくなってきた。
「恐らく、この先に水源があるんだろう」
そう言いながら足元を見ると、水面に光るキノコの明かりが映り込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。美しい光景ではあるが、それは同時に危険を意味していた。
狭い水たまりのある通路を進んでいたとき、突然、足元が不安定になった。まるで地面が崩れるような感触。
「あっ!」
反射的に踏ん張ったが間に合わず、俺の足が滑った。バランスを崩し、思わずナヒーダの方に手を伸ばす。しかし、彼女も同様に不安定な足場に立っていたようで、俺の動きに引っ張られるように、彼女も体勢を崩した。
次の瞬間、俺とナヒーダはまとめて浅い池へ滑り落ちる。
「うわっ……冷たっ!」
「きゃっ……!」
バシャッという音とともに、衣服はびっしょり。冷たい水が全身を包み込む。浅いとはいえ、洞窟の水は冷えきっている。その冷たさに思わず息を呑む。
慌てて体を起こし、二人でどうにか岸に上がったものの、全身から震えが止まらない。衣服は水を吸って重く、肌にまとわりつく不快感がある。
「くそ……こんな場所に池なんかあるなんて。ごめん、俺が足を滑らせたから」
申し訳なさそうに謝る俺に、ナヒーダは首を横に振った。彼女の髪からは水が滴り、顔も水で濡れていた。それでも、彼女は優しく微笑んでいる。
「大丈夫よ。私だって注意不足だったわ」
ナヒーダの声は震えていた。彼女も冷えているのだろう。このままでは体温が奪われ、危険な状態になる。
とにかく体が冷え切っている。二人で手早く焚火を起こせそうな場所を探し始める。幸い、池の周辺には燃えそうな枯れ木やキノコの茎が多少あった。
少し離れたところに、すり鉢状の窪地を見つける。ちょうど風を防ぐのに適した場所だ。
「あそこなら火が起こせそうだな」
二人で素早く材料を集め、窪地に移動する。そこに腰を下ろすと、互いに服を絞りながら上着を脱ぎ、火を起こす準備を始める。
火打石と枯れ木を使い、何とか小さな焚火を起こすことができた。火の光が周囲を照らし、わずかな温もりが広がる。しかし、敷地が広いわけではなく、適度な距離を取りつつ火を囲む格好になる。
「……あー、寒い」
震える声で言いながら、濡れた上着を火に近づける。洞窟の空気は湿っており、衣服が乾くにはかなりの時間がかかりそうだ。
ナヒーダも同様に、裾をしぼりながら火に近づいていた。彼女の姿を見ると、小柄な体が震えていることがわかる。彼女に冷たい思いをさせてしまったことに、申し訳なさを感じる。
「あなたのほうが体が大きいから、濡れた服の面積も広いのよね」
そう言って、ナヒーダはちょっと申し訳なさそうな表情をしている。
「……少し暖かい空気を送ってあげたいところだけど」
草神の力でも、濡れた衣服を一気に乾かすことはできないようだ。焚火を少し大きくしてみても、湿った服はなかなか乾かない。
「私、もう少し向こうで乾かすわ。あなたも、ちゃんと火に当たって早く暖かくなってね」
ナヒーダがそう言って、少し離れた場所に移動しようとする。おそらく、互いの濡れた衣服から発する冷気が、温まるのを妨げていると考えたのだろう。
「ああ……悪いな、火が小さいから狭いんだよ。あまり近いと、お互い邪魔になりそうだし」
そう言いながらも、彼女が離れていくのを見ると、少し寂しい気持ちがこみ上げる。今は距離を置かなければならない状況に、何とも言えない感情が湧き上がる。
ナヒーダは「ええ」と頷き、俺との間にやや距離をとって腰を下ろす。それでも、洞窟内に響くパチパチという焚火の音とほのかな明かりが、二人をじんわりと包んでいる。
焚火の向こう側から、ナヒーダの視線を感じた。思わず顔を上げると、彼女が優しく微笑んでいた。その表情には、心配と優しさが混ざっている。
「あなたの体温を奪っちゃうと悪いから、これくらいの距離にしておくわ」
彼女の言葉には、思いやりが満ちていた。
「……でも、あんまり無理はしないでね?」
その声色には心配と優しさが込められていて、胸がじんわりと温かくなる。
「……そっちこそ。さっきまでめちゃくちゃ冷たかったろ?」
俺も心配の言葉を返す。彼女の体は小さく、冷えやすいだろう。草神とはいえ、彼女の体は今、確かに震えていた。
距離はそこそこあるのに、その声色には妙な温かさが宿っている気がする。長い旅をともにしてきた仲間とは思えないほど、今の俺は彼女を意識してしまっている。火の明かりの向こうで、ナヒーダがまた柔らかく笑う。それを見つめるうちに、冷えた体が少しずつ落ち着きを取り戻してくるのを感じた。
焚火の炎が二人の間で揺らめき、その光が洞窟の壁に映り込む。影が大きく伸び、時に重なり合う。まるで私たちの距離を縮めようとしているかのよう。
「あの光る花のところに戻りたいね」
ナヒーダがふと呟いた。彼女の瞳には、先ほどの美しい光景の名残が宿っているようだった。
「ああ、あそこなら暖かかったかもな」
冗談めかして言うと、ナヒーダはくすくすと笑った。
「いつか、この洞窟が安全になったら、一緒にまたあの花を見に来ましょう」
その言葉に込められた「一緒に」という意味が、何故か嬉しく感じられた。
「ああ、そうしよう。今度はもっとゆっくりな」
そう返すと、彼女の笑顔がさらに輝きを増したように見えた。
しばらくの沈黙の後、俺は上着の濡れ具合を確認する。まだ湿っているが、さっきよりはマシになっている。体の冷えも少しずつ和らいできた。
「……ありがとう。もう少し乾いたら先に進むから、休んでてくれ」
「ええ、わかったわ」
互いに服を乾かし合いながら、俺たちはしばしの静寂を共有する。洞窟の闇の中、しとしとと水が滴る音が耳に残るが、身体の芯は少しずつ暖かくなっていく。離れたままでも、ナヒーダの存在が確かに心を和ませてくれているのを感じた。
しばらくして、俺は立ち上がる。上着はまだ少し湿っているが、このまま長居するのも危険だ。
「そろそろ行こうか」
ナヒーダも頷き、立ち上がった。彼女の衣服も完全には乾いていないようだが、進まなければならない。
火を丁寧に消し、荷物を整える。二人は再び先へと進み始めた。先ほどの池を迂回しながら、洞窟の奥へと足を運ぶ。
行く手には未知の危険が待ち受けているかもしれないが、心のどこかで、さっきの光る花々の光景と、焚火を囲んだ穏やかな時間が、温かな記憶として残り続けていた。