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【原神】からかい上手のナヒーダさん #10 - 七聖召喚と小さな勇者【二次創作小説】

 
挿絵


長い闇のトンネルを抜け、ようやく光が見える場所に到達した。周囲を確認すると、洞窟のこの部分は比較的広く、天井も高い。光るキノコが点在し、敵も見当たらず、明るさも十分だ。

「ここなら少し休めそうね」

 ナヒーダが少し広い岩場を見つけて、そこに腰を下ろした。俺も疲れを感じていたので、彼女の隣に座る。石の冷たさが背中に伝わるが、先ほどまでの暗闇と比べれば、ずっと快適だ。

 死域の浄化や魔物との戦い、そして闇の中での緊張——様々な出来事で少し疲れが溜まっていたのだろう。深く息を吐き、肩の力を抜く。

「ふぅ……ちょっと休憩、悪くないな」

 呟きながら、携帯していた水筒を取り出し、一口飲む。喉の渇きが癒されていく。ナヒーダも同様に、小さな水筒から水を飲んでいた。

 静かな時間が流れる。洞窟の奥から聞こえる水の滴る音だけが、この空間に小さな波紋を広げている。

 ふと、ナヒーダが何かを探るように荷物をごそごそし始めた。何を取り出すのかと思っていると、彼女はパラパラとカードを取り出し、意外な提案をしてきた。

「七聖召喚をしてみない?」

 その言葉に、俺は思わず目を瞬かせた。

「七聖召喚? ここで?」

 七聖召喚は、テイワット各地で親しまれているカードゲームだ。冒険の合間に遊ぶこともあるが、まさか死域駆除の洞窟探索中に遊ぼうとは思わなかった。

「本当にやるのか? こういう場所でカードゲームなんて」

 少し驚きを隠せない俺に、ナヒーダは明るく微笑みながら言った。

「ええ、ちょっとした休憩よ。ずっと緊張してたでしょう? 気分転換になるわ」

 彼女の手には、既にデッキがきれいに並べられている。その表情は、なぜか自信に満ちていた。

「あなたも真剣にやってくれると嬉しいわ」

 その言葉に、なんとなく胸騒ぎを感じる。俺は七聖召喚をそれなりにプレイしてきたが、決して上級者とは言えない。一方、ナヒーダは……彼女の知性を考えると、かなりの実力者である可能性が高い。

「ま、まあいいけど……俺、そんなに強くないぞ」

 少し弱気な言葉を口にしつつも、彼女のデッキに対応するように自分のカードを取り出す。このデッキは、冒険の前に少し調整したものだ。モンド、璃月、稲妻のカードがバランスよく入っている。

「大丈夫よ。楽しむのが一番だもの」

 ナヒーダの言葉とは裏腹に、その瞳には何やら企むような光が宿っていた。

 ゲームが始まる。最初のサイコロを振り、先攻後攻を決める。ナヒーダが先攻となった。彼女は手札を見た後、考えるそぶりもなく、すらすらとカードを場に出していく。その動きは洗練されており、明らかに経験豊富なプレイヤーのそれだ。

「このカードを出して、このスキルを発動して……」

 ナヒーダの手さばきは見事で、瞬く間に有利な盤面を構築していく。俺は必死で対抗しようとするが、彼女の一手先を行く戦略に太刀打ちできない。

 一ターン、また一ターンと進むうちに、俺の選択肢は徐々に狭まっていった。彼女のコンボは完璧で、隙がない。数ターン後には、俺のフィールドはほぼ空になり、彼女のカードが場を支配していた。

「う、うそだろ。なにこの圧倒的敗北……」

 勝負の行方は明らかだった。ナヒーダはくすくすと笑いながら、最後の一撃を放った。

「ごめんなさい、勝ちをいただくわね」

 その言葉に、俺は深いため息をついた。予想はしていたものの、ここまで一方的な展開になるとは思わなかった。

「さすが知恵の神様だな……頭の回転が違うよ」

 素直に敗北を認めると、ナヒーダは満足げに微笑んだ。しかし、その笑顔には何か企みがあるようにも見えた。

「じゃあ罰ゲームね」

「え? 罰ゲーム?」

 その言葉に、背筋に冷たいものが走る。ナヒーダは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、言葉を続けた。

「そうね、すぐに終わる簡単な罰ゲーム……『ナヒーダは一番かわいい!』って言ってちょうだい」

「はああ!? 何それ、恥ずかしすぎる……!」

 あまりに予想外の罰ゲームに、頭が真っ白になる。ナヒーダは容赦なく「ほらほら」と急かしてくる。

「ゲームに負けたんだから、罰ゲームは受けなきゃダメよ」

 その理屈は正しいが、言わされる内容があまりにも恥ずかしい。しかも、相手は500歳以上の魔神だ。スメールの草神だ。どんな表情で言えばいいのか、まったく想像がつかない。

「も、もう少しマシな罰ゲームにしてくれよ……」

「これが私の勝者としての権利だし、このくらいなら数秒で終わるわよ?」

 彼女の瞳は真剣そのもので、少しの容赦も見せない。ナヒーダは期待に満ちた表情で俺を見つめている。どうやら逃げ道はなさそうだ。

「わ、わかったよ……言えばいいんだろ?」

 観念して、小さな声で呟こうとすると、ナヒーダは首を横に振った。

「もっと元気よく。洞窟に声が響くくらいで」

「そこまでか!?」

 抗議しても無駄だと悟り、俺は深呼吸して覚悟を決めた。しかし、あまり大きな声を出すと魔物を引き寄せるかもしれない。そのバランスを考えながら、洞窟の中に向かって言葉を発した。

「な……ナヒーダは一番かわいいっ……!」

 声が洞窟にこだまし、何度も繰り返される。「かわいい」「かわいい」「かわいい」という言葉が、まるで洞窟自体が同意しているかのように響き渡る。想像以上の羞恥心に耐えきれず、俺は顔を両手で覆いたくなった。

 ナヒーダの方を見ると、彼女は満足げな表情をしていた。

「ふふっ、いい感じね」

 そう言って、彼女は立ち上がった。これで終わりかと思いきや、ナヒーダは深呼吸して、俺の方をじっと見つめた。

「ならば私もお返しよ」

 その言葉に、俺は混乱する。何のお返し? 彼女が勝ったのに、なぜ?

「『旅人も一番素敵よ!』」

 今度はナヒーダの声が洞窟に響き渡り、同じように反響して連呼される。「素敵」「素敵」「素敵」という言葉が、エコーとなって戻ってくる。

 よけいに気まずくなる俺を見て、ナヒーダはとても楽しそうに笑っていた。まるで二人のやりとりを面白がり、甘酸っぱい空気でも味わうように。

「はあ……もうやめてくれ……」

 俺は顔を真っ赤にしながら、フードを被りたい衝動に駆られる。ナヒーダはそんな俺の反応を見て、さらに楽しんでいるようだった。

「ごめんなさい。でもあなたの慌てぶり、最高だったわ」

 結局、俺は罰ゲームで散々恥をかかされ、ナヒーダは満足そうに微笑む。そんなやりとりが、任務中にもかかわらず不思議な楽しさを演出してしまうから、なんだか悔しい。

 カードを片付けながら、俺は呟いた。

「次は負けないからな……」

「ふふ、いつでも相手するわ。でも、次も罰ゲームがあるかもしれないわよ?」

 その言葉に、背筋が震える。次回の罰ゲームがどんなものになるか想像するだけで、顔が熱くなる。

 罰ゲーム騒ぎが終わり、俺が意気消沈しかけたところで、突然、洞窟の奥から何か低く唸る音が響いた。岩壁が震えるような不気味な音に、俺は思わず足を止める。

「……なんだ、この声……」

 慎重に前方を見つめる。しかし、通路の先は暗く、何が潜んでいるのかは見えない。

「怖い? 大丈夫よ、私がいるわ」

 ナヒーダが優しく言葉をかけてきた。そのとき——

「……っ! あれ、キノコンか?」

 少し先の岩陰から丸っこいキノコンがぴょんと飛び出してきた。しかも一匹ではない。小さなキノコンが次々と姿を現し、奇妙な動きで近づいてくる。

 普通のキノコンよりもずっと小さく、まるでさっき見かけた「かわいい」ペアのような大きさだ。しかし、その体からは薄い紫色の気が立ち込めている。死域の影響を受けているようだ。

「死域の影響を受けているわね。小さいけど、油断はできないわ」

 ナヒーダの言葉通り、キノコンたちは手を振り回すように襲いかかってくる。数は十匹以上もいるようだ。

 予想外の敵に一瞬たじろぐが、俺は剣を抜いた。小さな体を持つキノコンたちは、通常のものより素早く動き回り、狙いを定めるのが難しい。俺は注意深く動きを読み取りながら、近づいてきたキノコンを斬り払う。

 一匹のキノコンがナヒーダに向かって飛びかかった。俺は反射的に彼女の前に立ちはだかり、剣でキノコンを弾き飛ばす。

「ナヒーダ、大丈夫か?」

「ええ、ありがとう。でも、まだまだ来るわ」

 確かに、キノコンの数は減る気配がない。このままでは消耗戦になってしまう。

 俺は決断した。小さいキノコンたちとはいえ、その数の多さは脅威だ。特に、死域の影響を受けているとなれば、油断はできない。

「少し下がっててくれ」

 ナヒーダに言って、俺は剣を構え直す。体内に元素力を集中させ、元素爆発「臥草若化」を設置し、元素熟知を増強させる。

 キノコンたちが一斉に襲いかかってきた瞬間——

「はあっ!」

 俺は渾身の力を込めて元素スキル「草緑剣」を振るった。キノコンたちを一気に飲み込む。光の渦の中で、小さなキノコンたちは次々と消滅していった。

 最後の一匹が消え去ると、洞窟内は再び静寂に包まれた。

「やった……!」

 元素爆発の反動で少し息が上がる。しかし、全てのキノコンを倒し切ったという達成感がある。ナヒーダが近づいてきて、感嘆の表情を浮かべていた。

「素晴らしいわ! 見事な元素爆発だったわ」

 彼女の目は輝いていて、心からの称賛が伝わってくる。

「一気に片付けてしまうなんて……」

 ナヒーダは少し考えるような素振りを見せた後、くすっと笑った。

「こんな小さな魔物ですら私に近づけさせないなんて」

 彼女は俺の顔をじっと見上げる。その目には、からかいと共に、何か温かいものが宿っていた。

「なんて頼もしく優秀な騎士様なのかしら?」

「騎士様?」

 思わず聞き返してしまう。ナヒーダはくすくす笑いながら、説明した。

「モンドの騎士団みたいに、あなたは私を守ってくれたじゃない」

 彼女の言葉に、少し照れくさくなる。確かに、反射的にナヒーダを守ろうとしていた。それは単なる戦闘の習慣だけではなく、彼女を守りたいという気持ちがあったからだ。

「まあ、当然だろ。一緒に来たんだから」

 照れ隠しに素っ気なく答えるが、ナヒーダは満足げに微笑んだまま。

「あら、謙遜しているのね。でも、あなたがいなかったら、私一人では大変だったわ」

 普段は余裕たっぷりの彼女が、そんな風に言うのは珍しい。草神の力を持つナヒーダなら、あんな小さなキノコンくらい簡単に対処できるはずだ。それでも、俺の行動を高く評価してくれているのが嬉しい。

「わりと凶暴だったな。キノコンってのんびりなイメージだったけど」

 話題を変えるように言うと、ナヒーダは頷いた。

「死域の影響を受けているからね。小さくても、その影響は侮れないわ」

 俺たちは改めて周囲を警戒しながら、前に進み始める。
 
「さっきのキノコンに、もっと強い仲間がいるかもしれない。油断しちゃダメよ?」

「ああ。わかった……しっかり備えて進もう」

 俺たちは、洞窟の奥へと進んでいった。歩きながら、ナヒーダが小さく呟いた。

「それにしても……」

「ん?」

「さっき、『ナヒーダは一番かわいい』って言ってくれたわね」

 その言葉に、また顔が熱くなる。罰ゲームのことを蒸し返されるとは思わなかった。

「あ、あれは罰ゲームだろ!」

「そうね。でも、気持ちがこもっていたわよ?」

 ナヒーダの瞳が、からかうように輝いている。まったく、この草神は休む暇もなく人をからかってくる。

「もう、好きにしてくれ……」

 諦めの声を出すと、ナヒーダはくすくすと笑った。

「私も本当のことを言ったのよ? 『旅人も一番素敵』って」

 その言葉に、心臓が一拍飛ぶような感覚を覚える。彼女の表情は柔らかく、瞳には優しさが満ちていた。冗談めかしながらも、その言葉には嘘がないような気がした。

 洞窟の奥に響く不気味な声が、いつ近寄ってきてもおかしくない。だけど、ナヒーダがいるおかげで、案外落ち着いている自分がいた。こうして二人、互いの存在を確かめながら闇を踏みしめる。それが、思った以上に頼もしいと思えて仕方ない。

 俺たちは無言のまま、歩み続けた。

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