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【原神】からかい上手のナヒーダさん #09 - 闇の中の囁き【二次創作小説】

 
挿絵


キノコンのペアを過ぎ、洞窟の奥へと続く道をさらに進む。時折、岩肌から見える結晶が光を反射し、神秘的な雰囲気を醸し出している。一歩一歩進むごとに、どこか死域の気配が少しずつ濃くなっていくのを感じる。

 やがて、薄暗い通路を抜けると、やや広い空洞に出た。地面は不規則な起伏があり、天井からは小さなつららのような岩の突起が垂れ下がっている。そして、空洞の向こう側には——魔物の姿があった。

「あれは……」

 ナヒーダが小さく息を呑む。黒紫色の気を放つ魔物たちが、何かを守るように集まっている。おそらく二つ目の死域の入り口だろう。俺とナヒーダは身を隠し、作戦を立てようと小声で話し合う。

「どうやら前回と同じく、死域に影響を受けた魔物みたいだな」

 足元に生えた光るキノコをそっと抜き、地面に差し込む。微かな光が空洞の地形を浮かび上がらせ、魔物の動きを観察しやすくなった。

「見たところ、キノコンとヒルチャール暴徒がいるわね。でも、普通のものより大きい……」

 ナヒーダが観察眼を効かせて言う。確かに、普段見かけるキノコンやヒルチャール暴徒よりも一回り大きく、全身から紫がかった気を放っている。死域の影響を受けて強化されているようだ。

 しゃがんで地形や魔物の動きをチェックしていると、不意に背後から柔らかい声がすぐ耳元に届いた。

「次はあの方向から攻めるのがいいかもしれないわ」

 ナヒーダの息が耳を掠め、思わず身震いする。彼女が指し示した方向を見る。

「あの魔物たち、視野が狭いみたいだから」

「うわっ……近い! ちょっと驚くからやめろよ」

 息がかかるほどの距離にドキリとしながらも、言われた通りに敵陣を見やる。確かに魔物たちはほとんど前方しか注視していない。正面から行くより少し角度を変えたほうが安全そうだ。

「じゃあ、そうしよう。俺が前に出て魔物の気を引く。ナヒーダは後ろから草元素で援護を」

 簡単な作戦を立て、俺は剣を構える。ナヒーダも草元素の力を集中させ始めた。彼女の指先から緑の光が溢れ、周囲の植物や光るキノコから元素エネルギーを吸収していく。

「準備はいい?」

 俺の問いかけに、ナヒーダは自信に満ちた眼差しで頷いた。その瞳には、草神としての威厳が宿っている。

「いつでも行けるわ」

 息を整え、一気に飛び出す。予想通り、魔物たちは俺の姿に気づくと一斉に襲いかかってきた。剣を振るい、一匹のキノコンを弾き飛ばす。続いて、ヒルチャール暴徒が棍棒を振りかぶって襲いかかるが、俺はすかさず身をかわす。

 その瞬間、ナヒーダの草元素の力が発動し、ヒルチャール暴徒達の動きを止める。

「今よ!」

 彼女の声に呼応するように、俺は渾身の一撃を放った。剣がヒルチャール暴徒に命中すると同時に、草元素の力が爆発し、周囲の魔物にもダメージを与える。

 先ほどの動揺はどこへやら、俺は意識を集中し、ナヒーダと息を合わせて魔物を撃破していった。彼女が敵の足止めをするたびに、俺は剣で追撃する。あるいは敵を引きつけると、ナヒーダが後方から強力な草元素攻撃を放つ。

 二人の連携は想像以上にうまく機能し、魔物たちは次々と崩れ落ちていく。互いの動きを補完し合うようなこの感覚は、まるで長年戦ってきたパートナーのようだ。

 最後のヒルチャール暴徒に渾身の一撃を加え、それが消滅するのを確認する。肩で息をする俺に、ナヒーダが笑みを浮かべながら近づいてきた。彼女の額には汗の粒が光り、その表情には達成感が浮かんでいる。

「やっぱり二人だと、戦闘の連携も相性抜群ね」

 そう言って、彼女はどこか感心したように俺を見つめた。

「……どう?」

「な、何が?」

 突然の問いかけに、思わず聞き返す。ナヒーダは小さく笑みを深めた。

「さっきは私の囁きで動揺してたみたいだけれど、戦闘じゃしっかり意識を切り替えられるのね。頼もしいわ」

 淡々と褒められるのは嬉しいが、照れくささが先行して、思わず目を背ける。俺が言葉を選べずにいると、ナヒーダはさらに微笑を深め、すぐそばまで寄ってきた。

「本当に頼りになるのね、あなた、さすが降臨者だわ」

 彼女の真っ直ぐな目が俺を捉える。その言葉には、からかいの気配はなく、純粋な称賛が込められているように感じる。

「や、やめろって……そんなに褒めても何も出ないからな」

 顔が熱くなるのを自覚しつつ、荷物を確認して次の区画へ向かおうとする。ナヒーダは楽しげに小さく肩をすくめた。

「ふふ、それじゃあ次へ行きましょうか」

 そう言って、彼女は俺の背中を軽く押した。その声の響きが、どこか甘い余韻を残して耳に染みついた。

 さらに深く洞窟を進んでいく。ナヒーダが言うには、まだ複数の死域が残っているらしい。道中、地形は徐々に複雑になり、通路は狭くなったり広くなったりを繰り返す。

 しばらく歩いていると、天井から水滴が落ちてくる場所に差し掛かった。床は湿っており、足場も悪い。慎重に進むが、突然、足元が滑りそうになる。

「うわっ!」

 咄嗟に壁を掴んで踏ん張ると、ナヒーダが心配そうに近づいてきた。

「大丈夫?」

「ああ。ただ滑りそうになっただけだ」

 そう言って前進しようとしたその時だった。

 突然、周囲の光が失われた。

 さらに奥へ踏み込むと、先ほどまで薄ぼんやりでも視界を確保できていたのに、今はまるで光が吸い込まれたかのような闇で、一寸先も見えない地帯に差し掛かる。

 あまりの暗さに、一瞬、自分が目を閉じているのかと錯覚するほどだ。瞳を凝らすが、周囲の景色はおろか、自分の手すら見えない。

「これは……どうなってるんだ?」

 足元がわからず動きづらい。焦燥感が胸を圧迫する。

「ナヒーダ!? どこにいるんだ!」

 声を張り上げると、その反響だけが虚しく返ってくる。不安が押し寄せる。

(まさか、俺たちが離れ離れになってしまった?)

 手探りで岩壁に触れ、何とか位置を確認しようとする。冷たく湿った岩の感触が指先に伝わる。耳をすますと、どこか遠くで水が滴る音と、自分の心臓の鼓動が聞こえるだけだ。

 すると、すぐそばから柔らかな腕が伸びてきて、そっと俺の背中に回った。温かさと柔らかさを感じる。

「大丈夫。私がいるわ」

 優しい声が耳元に響くと同時に、俺はどきりと胸を鳴らす。背中から伝わる体温は小柄なものだが、なぜか心強い。そして、この状況では妙にくすぐったい気持ちになるのを抑えられない。

「ど、どこから出てきたんだよ……焦ったじゃないか」

 動揺を隠せない俺に、ナヒーダの声が優しく響く。

「ごめんなさい。でもあなたの声が聞こえたから、すぐに見つけられたわ」

 ナヒーダの腕が俺の背中を抱いたまま、ぴったりと寄り添っている。闇の中でその温もりだけが、唯一の確かな存在だった。

 そっと耳をすますと、遠くのほうで何かが唸るような音が聞こえる。おそらく魔物だろう。しかし、ナヒーダは俺の背にしがみついたまま、動こうともせずに低い声で言う。

「ここは暗闇が濃いから、あまり大きな音を出すと魔物を呼び寄せるかもしれない。落ち着いて、ゆっくり進みましょう」

 彼女の呼吸が首筋に当たり、不思議と安心感と緊張感が入り混じる。

「わかった。……でも、さすがに近すぎじゃないか?」

 そう言いながらも、俺は彼女の存在に助けられているのを感じていた。絶対的な闇の中で、ナヒーダの腕の感触だけが道標のようだ。

「暗いから仕方ないでしょ」

 彼女の声には少し楽しむような響きがある。

「ねえ、心拍数が上がってるみたいね」

 無邪気にクスクス笑うナヒーダ。こんなときでもからかいを忘れないなんて、まったく……と思いつつ、俺は彼女の腕を感じるままに歩き始める。

 じりじりと進む間、足場の悪さや障害物を避けるため、時折立ち止まったり方向を変えたりする。その度に、ナヒーダの体が俺にぴったりと密着する。

 心臓の鼓動がますます早くなっていく。それは闇への恐怖というよりも、こんな距離でナヒーダを感じることへの緊張だった。

「……本当に怖かったのね」

 彼女の柔らかな声が闇の中で響く。その声には、からかいの調子が混じりつつも、どこか優しさが感じられた。

「大丈夫、私がいるから安心して」

 その言葉に込み上げる照れを隠すため、俺は小さく言い返す。

「誰が怖がってるんだよ」

 強がりの言葉とは裏腹に、俺自身、彼女の存在に救われているのを感じていた。静まり返った闇の中で、ナヒーダの抱きしめる力が少しだけ強まった気がした。

 彼女の指先が俺の手を探り当て、そっと握る。

「手を繋いでおきましょう。そうすれば、離れ離れになる心配はないわ」

 そう言われるがまま、俺は彼女の小さな手を握った。柔らかく温かい感触。草神の手とは思えないほど、人間らしい温もりがある。

 闇の中を手探りで進みながら、俺は自分の心の中を整理しようとしていた。ナヒーダとのこの親密な距離感に、戸惑いと同時に不思議な安心感を覚える。彼女は草神であり、スメールを守護する神だ。それなのに、こうして手を繋いで歩いているだけで、まるで昔からの友人、いや、それ以上の存在のように感じてしまう。

 俺たちは手を繋いだまま進み続ける。時折、足下が不安定になり、よろめきそうになる。その度に、ナヒーダが俺をしっかりと支えてくれる。

 暗闇の中での歩行時間は、実際よりもずっと長く感じられた。どれだけ進んだのかも分からないまま、ただナヒーダの手を頼りにして歩き続ける。

 ふと、前方にかすかな光が見えた。

「あそこ……光が?」

 俺の言葉に、ナヒーダも顔を上げる。

「本当ね。」

 二人で足早に光の方へと向かう。光はだんだんと大きく明るくなり、やがて周囲の景色も少しずつ見えるようになってきた。

 洞窟の壁、天井に生える光るキノコ、そして——ナヒーダの姿。

 彼女の表情が明るく浮かび上がる。闇の中で想像していたよりも、彼女は近くにいた。その瞳には安堵の色が浮かんでいる。

「やっと暗闇地帯を抜けられたわね」

 彼女の言葉に、俺も深く息を吐く。しかし、その瞬間、俺たちはまだ手を繋いだままだということに気づいた。

「あ……」

 互いに顔を見合わせ、少し気まずさが流れて俺は手を離す。

「さっきは怖かったでしょう?」

「いや、そんなことは……」

 否定しようとしたが、彼女の優しい表情に言葉が詰まる。

「まあ、ちょっとだけな」

 素直に答えると、ナヒーダはくすくすと笑った。

 ナヒーダは前に立ち、歩き始めた。その背中は小さいが、どこか頼もしく見える。草神としての威厳と、一人の少女としての親しみやすさが絶妙に混じり合っている。

「さあ、先に進みましょう。まだ洞窟の探索は終わってないわ」

 彼女の声に、俺は頷きながら付いていく。この先にどんな試練が待ち受けているのかはわからない。だが、彼女と一緒なら、どんな闇も乗り越えられる気がした。

 心の中に、新たな感情が静かに育ち始めていることに、俺自身はまだ気づいていなかった。

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