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【原神】からかい上手のナヒーダさん #08 - 洞窟での甘い語らい【二次創作小説】

 
挿絵


洞窟をさらに奥へ進むと、剥き出しの岩肌の狭間に小さなスペースを見つけた。ほかの場所よりも少し安全そうで、焚火の跡のようなものが残っている。死域との戦いを終えたばかりの俺たちは、そこで一息つくことにした。

「ふう……ここならひとまず落ち着いて休憩できそうだな」

 肩の力を抜いて呟く。死域との戦いは想像以上に緊張感を強いられるものだった。特に、あの獣域ウルブズとの一戦は、かなり体力を消耗した。

「そうね。洞窟の中だけど、思ったより空気がこもってるわけじゃないし」

 ナヒーダが周囲を見渡しながら言う。彼女の動きは相変わらず軽やかだが、その瞳には少しだけ疲労の色が宿っている。死域の浄化と俺の傷の治療で、かなりの元素力を使ったのだろう。

 ナヒーダが手早く簡易的な焚火を準備し、俺が火をつける。スメールの地下洞窟に生えているキノコが発する光は確かに美しいが、それだけでは暗く、そして温かさは感じられない。じわじわと暖かい光が広がり、湿った空気を少し和らげてくれた。

 折りたたみの携帯食料を取り出し、それぞれ軽く食事を済ませることにする。長い冒険の旅を続けていると、このような簡易的な食事にも慣れてくる。とはいえ、モンドや璃月、稲妻で味わった美味しい料理を思い出すと、少し寂しい気持ちになる。

 俺は無心で口を動かしていたが、ふと視線を感じて顔を上げた。ナヒーダがじっと俺を見つめている。その瞳には、何かを考えているような、そして何かを言いたげな色が浮かんでいた。

「どうした?」

 思わず尋ねると、ナヒーダは少し間を置いてから、微笑みながら口を開いた。

「ねえ、旅人。こうして並んでご飯を食べると、なんだか家族みたいだと思わない?」

「か、家族……? いきなり何を言い出すんだ」

 予想外の言葉に、思わず声が裏返る。頬が熱くなるのを感じる。

 家族——その言葉は俺にとって複雑な感情を呼び起こす。妹を探し続ける旅の中で、様々な出会いがあった。時には家族のような温かさを感じる仲間たちとの交流もあった。だが、真の意味での「家族」とは……。

 ナヒーダはそんな俺の内心など知る由もなく、ふわりと微笑んで、そのまま焚火の炎を見つめた。炎の光が彼女の白い肌を優しく照らし、その姿は一層神秘的に見える。

「だって家族って、こんなふうに火を囲みながら何気なく話したり、一緒に食事をしたりするものでしょう?」

 彼女の言葉に、どこか懐かしさを覚える。遠い記憶の彼方に、家族との団欒を思い出すような。

「あなたとこうして向かい合ってると、妙に落ち着くのよね」

 彼女の声は柔らかく、その言葉には嘘がないように感じられた。だが、ナヒーダのことだ。また俺をからかっているのかもしれない。

「お、おいおい、深い意味があるわけじゃない……んだよな?」

 いつものように冗談めかして言われているのかと疑いつつも、その言葉に胸がざわつく。彼女の無邪気な表情に、どう反応すればいいのか分からなくなる。

「深い意味? さあ、どうかしら」

 ナヒーダは少し首を傾げて、焚火の炎を見つめながら言葉を続けた。

「……私は家族というものをよく知らないけれど、あなたといるとなんだかそんな気がするの」

 その言葉に、心臓が跳ねるのを感じる。ナヒーダは「家族」の概念を知識上は持っていても、実感としての興味を持つのも不思議ではない。

「あなたは、どんな気分?」

 ナヒーダが真っ直ぐな目で俺を見つめる。その瞳には、好奇心と、そして何か別の感情が宿っているように見えた。

「どんな気分って……そう言われると照れるだろ」

 小声でぼそぼそと返すと、ナヒーダは「ふふっ」と笑った。その笑い声は、洞窟の静寂の中で心地よく響く。

 彼女は手のひらを焚火にかざして温める。俺が何も言えずに視線を逸らすと、炎の揺らめきが岩壁に映り、二人の影がほのかに重なり合うのが見えた。

(単なる任務だってわかってるのに、こうして隣にいるだけで妙に落ち着くんだよな……)

 自分自身の気持ちに戸惑いながらも、この静かな時間がどこか心地よく感じられる。

(……ああ、もう考えすぎるな、俺)

 そう胸中で言い聞かせながら、俺はそっと焚火に手をかざす。ナヒーダとの言葉にならない静かな時間が、洞窟の暗闇をほんの少しだけ暖めてくれていた。

 しばらくして、食事も終わり、少し体力が回復してきたところで、ナヒーダが立ち上がった。

「さあ、もう少し進みましょうか」

 彼女の声に、俺も立ち上がる。焚火の残り火を丁寧に消し、再び洞窟の奥へと足を運ぶ。

 しばらく歩いていると、通路の壁に何やら奇妙な模様が刻まれているのが見えてきた。ナヒーダがあどけない顔で近づき、指先で古代文字らしきものをなぞる。

「これは……だいぶ古いわね。神話の時代の文字かもしれないわ」

 彼女の瞳が好奇心で輝く。知恵の神ならではの、知識欲が顔を出している。

「読めるのか?」

 思わず尋ねる。ナヒーダは知恵の神だが、それでも解読できない古代文字もあるのではないかと思ったからだ。

「面白そうだから、ちょっと解読してみましょう」

 ナヒーダは真剣な表情で壁を見つめていたが、ふと思いついたように俺の方を振り返った。

「旅人、私のそばにきてくれる?」

 戦闘シーンではないのに、なぜか緊張感が走る。彼女が何かを企んでいるような気もするが、素直に近づいて耳を傾けた。

 彼女の顔が近づく。髪から漂う草花の香りが鼻をくすぐる。

「ここに書かれているのは……」

 解読を始めるのかと思いきや、ナヒーダは急に俺の耳元に小さく息を吹きかけた。

「ふーっ」

 くすぐったい感触が走り、思わず肩が跳ねる。

「わ、何するんだ!」

 慌てて身を引くと、ナヒーダはくすくすと笑っていた。

「ごめんなさい、ちょっと悪戯したくなったの。あなたってそういう反応するのね」

 その笑顔には悪気がないどころか、純粋な楽しさが満ちている。まるで初めて面白いものを見つけた子供のような、無邪気な表情だ。

 耳が熱くなるのを感じながら、「もう、冗談が過ぎるぞ」と抗議する。ナヒーダは下うなずいて優しく微笑むが、その目には悪戯心が残っている。

 直後、通路の奥から奇妙な音が響いた。石が擦れるような音——何かが動いているのかもしれない。俺が声を上げようとしたその瞬間、ナヒーダが慌てて人差し指を俺の唇に当てた。

「しっ、声を抑えて。多分、魔物が近くにいるの」

 彼女の指の感触に、言葉が詰まる。冷たいと思っていた彼女の指が、意外と温かい。

「ま、魔物……? さっき休憩した場所から近いのか?」

 心臓が高鳴るのを感じながら、小声で囁く。ナヒーダは頷き、そっと俺の袖をつかんで顔を近づけてきた。狭い洞窟で、耳元に感じる彼女の息遣い。騒がしいのは魔物か俺の心臓か、どっちだろう。

「大丈夫、先に気配だけ確認してみるわ。あなたは動かないで」

 そう言って静かに足音を消すように進むナヒーダ。彼女が離れていくのを見ながら、自分の唇に残る微かな感触を思い出しては赤面する。冷静に行動するために深呼吸を繰り返したが、動悸は収まらない。

 しばらくして、ナヒーダが戻ってきた。彼女の顔には、少し申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。

「魔物はそこまで近くなかったわ。音だけ響いてるのかもしれない」

 そう言って、彼女は少し肩をすくめた。

「ごめんなさい、びっくりさせちゃったわね」

「い、いや、俺もあせったけど……」

 そのまま安堵のため息がこぼれそうになる。ナヒーダはふわりと肩を竦めてくすくす笑い、俺の顔をじっと見つめた。

「でもあなたの耳たぶ、まだ赤いわよ?」

 その言葉に、余計に顔が熱くなる。おかげで緊張がほどけて助かる反面、やたら恥ずかしい気分になってしまう。

 ナヒーダは古代文字の解読をほとんど進めないまま、「いたずらできたし楽しかったわ」と満足げに言った。彼女の優先順位がどこにあるのか、よくわかる瞬間だった。

(ほんと、この調子で最後まで翻弄されるのか……)

 でも不思議と、怒りや苛立ちは感じない。むしろ、彼女のからかいが少し……楽しいと思ってしまう自分がいる。

(いや、まだ冒険は続くけど)

 その後、しばらく洞窟の道を歩き続ける。時折、互いに会話を交わしながら。会話の内容はほとんど覚えていないが、彼女の笑顔だけは鮮明に記憶に残っている。

 洞窟の中は、思ったよりも多様な生き物が生息していた。色とりどりのキノコは言うまでもなく、小さな昆虫や、時には小型の魔物も見かける。それらは死域に汚染されていないためか、攻撃的ではなく、むしろ臆病に俺たちから逃げ出す。

 そんな中、小さな岩の隙間から覗く二つの丸い影に気づいた。

「あれは……」

 近づいてみると、小さなキノコンのペアだった。通常の魔物キノコンより小さく、攻撃性もないようだ。岩の隙間から、丸っこい体を寄せ合いながらちょこちょこと移動している。

「なんだこれ、可愛いな」

 思わず呟いてしまう。普段なら「魔物」という括りで警戒するところだが、このキノコンたちは何とも言えない愛らしさがある。

 ナヒーダも興味深そうに身を乗り出し、観察している。彼女の瞳に優しい光が灯る。

「キノコン同士が仲睦まじく寄り添ってるのね」

 そう言って、ナヒーダは俺の方をちらりと見た。その目には、何か企んでいるような輝きがある。

「……あら、まるで私たちみたいじゃない?」

「え、えええ!? な、なんでそうなるんだよ!」

 いきなりの発言に動揺し、声が上ずる。ナヒーダは「ほら、二人で一緒に歩いてるでしょ?」と穏やかに言うが、その瞳にはくすぐったいほどのからかいが浮かんでいた。

「いやいや、俺たちは別にキノコンと……」

 言いかけて、自分の言葉がおかしいことに気づく。もちろん俺たちはキノコンではない。ただ、ナヒーダが言いたいのは、寄り添って歩く様子が似ているということなのだろう。

 そう理解しても、なぜか言葉が続かない。

「ふふ、照れなくてもいいのよ。かわいいキノコンみたいに、私たちも寄り添って冒険してるものね」

 言われると確かに、奥深い洞窟をずっと並んで進んできた事実は否定できない。時には互いに命を預け合い、時には会話を楽しみながら。

 けれど、こうも素直に「寄り添ってる」なんて言われると、どう反応すればいいのかがまるでわからない。わたわたしていると、ナヒーダが楽しそうに微笑む。

「ほら、キノコンたちがこっちを見てるわ。仲良しさんを見つけたと思ってるんじゃないかしら?」

 ナヒーダの言葉に、思わず二匹のキノコンを見る。確かに、彼らの体の向きが俺たちの方を向いているような気がする。そんなはずはないのだが。

「もうやめろって……っていうか、見てるわけないだろ!」

 必死に赤面を隠そうとするが、どうやらかなり動揺が顔に出ているらしい。ナヒーダは完全にそれを楽しんでいるように見える。

 ふと、彼女の表情が少し柔らかくなり、声のトーンが変わった。

「本当は嫌じゃないんでしょう? 私と一緒にいるの」

「…………」

 一瞬、言葉に詰まる。その質問は、からかいの中にある真剣さを感じさせた。

 嫌じゃないなんて当たり前だ。自分からこの旅を手伝うと決めたのも事実。むしろ、彼女と一緒にいると不思議と心が落ち着く。草神という偉大な存在なのに、どこか親しみやすく、そして時に頼りになる。

 けれど"仲良しさん"という表現がどうにもくすぐったい。言い返すことさえ浮かばずに困っていると、ナヒーダは柔らかな笑みを浮かべたまま、キノコンを指差して小さく言う。

「ほら、あの子たち、自然に寄り添って歩いてるでしょう? 私たちも、もっと自然に一緒に歩けばいいのよ」

 その言葉に、少し心が軽くなる気がした。確かに、あまり意識しすぎるのもおかしいかもしれない。俺とナヒーダは、互いに信頼し合い、共に冒険している。それだけのことだ。

「自然に、か……。ナヒーダに言われると妙に意識しちゃうんだけど」

 正直な気持ちを口にすると、ナヒーダはわずかに肩をすくめるようにして笑った。

「あなたが意識してるってことは、やっぱり……ふふ」

 何かを言いかけて、そのまま言葉を濁す。その表情には、満足げな色が浮かんでいる。俺はもう返す言葉もなく、苦笑いするしかない。

 ふたたび歩き始めると、ナヒーダは自然と俺の隣に並んだ。その距離は、さっきよりも少しだけ近いような気がする。彼女の手が時折、俺の手にかすかに触れる。それは偶然なのかもしれないし、故意なのかもしれない。

 寄り添うキノコンの姿は確かに微笑ましくて、何とも言えない小さな幸せを感じさせる光景だった。俺は黙って前を見つめながら歩き続ける。心臓の鼓動はまだ少し早いままだ。

(……もしかすると、この先の死域の駆除が終わったらもっとのんびり散歩みたいな旅もできるのかもしれない)

 そんな淡い期待を抱きつつ、俺はナヒーダをちらりと見やった。彼女はスラサタンナ幻想曲を鼻歌のように口ずさみながら、軽やかな足取りで歩いている。その横顔は、洞窟の薄暗い中でも神々しく輝いて見えた。

 照れくささを必死でごまかしながら、俺たちは次の通路へと進んでいく。先の見えない洞窟の道のりは、まだまだ続いていた。けれど、彼女と一緒ならどんな困難も乗り越えられるような、そんな不思議な自信が湧いてくる。

 キノコンのペアが、まるで見送るかのように小さな体を揺らしている。俺たちは寄り添いながら、洞窟の奥へと歩みを進めていった。

しおり