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参拝

 翌日の放課後。
僕と桜は神社に来ていた。
去年の夏に天姉と松本が一緒に花火を見た場所である。
昨日話した通り、おみくじを引きに来たのだ。
僕は学校から直接来たから制服を着ているが、桜は一度帰って着替えたようで私服だった。

そこそこ長い階段を上ったので、本殿の姿を見る頃には桜は息を切らしていた。
境内に人の姿はなかった。
神主もいない。

手水舎(ちょうずや)で手と口を清め、お賽銭を投げ込み、二礼二拍手一礼を済ませた後、桜が訊いてきた。

「神様に何をお願いしました?」
「桜が元気になりますようにってお願いした」
「へぇ。私はあなたが幸せになりますようにってお願いしましたよ。気が合いますね」
「試験の結果についてはお願いしなかったんだ?」
僕がそう訊くと、桜は微笑んだ。

「可愛い後輩が入学してくるのは恭介さんにとって幸せでしょう? だからあなたの幸せを願うということは、私の合格を願うことと同義です」
「なるほど。言えてる」
参拝も済ませたし、今度はおみくじを引くことにした。
誰もいない社務所の前におみくじ売り場がある。

一本百円。
二百円を箱の中に入れ、二人で二本引いた。
僕は中吉だった。
内容は可もなく不可もなく。
無難なアドバイスが書いてある。

「そっちはなんて書いてた?」
「……」
反応がない。
不思議に思って桜の方を見てみると、とんでもない形相でおみくじを睨みつけていた。
学問のところに良くないことが書かれていたのだろうか。

「恭介さん……これ……」
桜は顔を悲痛に歪ませながら自分の引いたおみくじを見せてきた。
末吉だ。

確かにあんまり良い結果ではないかもしれないが、末吉だったくらいでここまで凹んだりはしないだろう。
一体何が桜を悲しませているのか……。
内容を一つずつ確認していく。

願望、待人、失物……特に問題ない。
旅行、商売、学問……まぁ普通だ。
相場、争事、恋愛……あ、これだな。

「いくら何でも酷くないですか? あきらめなさい、って……」
桜はあからさまに肩を落とした。

恋愛のところに、『あきらめなさい』と容赦のない言葉が書かれている。
不憫だ。

「なんか、残念だったね。クラスに好きな子でもいるの?」
「いや、いないですけど……」
桜は投げやり気味に答える。

「じゃあいいじゃん」
「えぇ……よくないですよ」
「誰かを好きな時に引かなくてラッキーだったと思うしかない。ポジティブシンキング」

「学校でクラスに好きな人がいないとは言っても、好きな人がいないとは言ってないです」
「へぇ。で、おみくじにはなんて書いてあったんだっけ?」

「ねぇーもうやだこの人意地悪なんですけどー。羽交い絞め~」
「背負い投げではなく?」
「羽交い絞め~」
羽交い絞めにされた。
ふざけてやっている感じに見えるが、すごく力が籠っている。
無理に振りほどこうとしたら桜が怪我をしそうだったので、抵抗できなかった。

「離しておくれよ」
「嫌です」
「でも人が来てるよ? 階段を上っている音が聞こえる。八秒後くらいに姿が見えるはずだけど」
「私を騙そうったってそうはいきませんよ」
「嘘じゃない。あと二秒……。あ、マジか」
上ってきた人と目が合った。
なんてことだ。

羽交い絞めにされている僕と目を合わせ、放心状態になっている相手は、我がクラスの学級委員、狐酔酒飛鳥である。
「あ、え? 佐々木? 何してんの?」
「知人と戯れている」
「は?」
僕の答えに狐酔酒は眉をひそめた。

その時、ようやく狐酔酒の存在に気がついた桜が僕のことを解放した。

「人が来るなら教えてくださいよ……恥をかいてしまったじゃありませんか」
「ちゃんと教えたよ」
狐酔酒は不思議そうな顔をしながら僕たちの元に近づいてきた。

「で、マジで何してたんだよ」
「参拝がてら羽交い絞めにされてただけだよ。別に珍しくもない。神様にお願い事をした後に、一緒に来た人を羽交い絞めにするっていう、東日本の一部地域では正当な作法」
「え、そうなの? へぇ。ローカルルールってやつかぁ」
どうやら信じてくれたらしい。
狐酔酒がアホで助かった。

「そっちは何しに来たの? 参拝?」
僕の質問に、狐酔酒はかぶりを振った。

「いや、違う。今日はなんか体育館の照明の点検? とかなんとかで、部活が無かったもんだから、ボランティア活動にでも勤しもうかと思ってな」
よく見ると、狐酔酒はゴミ袋を持っていた。
その中にはトングが入っている。
手には軍手がしてあった。

「ゴミ拾いか。自主的にやってるの?」
「自主的にやってるぞ」
「偉いね」
素直に褒めると、狐酔酒は「別に」と言って肩をすくめた。

「ここ、たまにヤンキーがたむろしてるみたいでさ、結構ゴミが落ちてるんだよ。神社でポイ捨てとか、罰当たりなことするよなぁ」
「そうだね」

「オレはそれを拾うことで神様からの好感度を爆上げして、願い事を叶えてもらおうと思ってるんだ。ほら、サンタクロースの野郎に欲しい物をねだるには、常日頃から良い子でいることが大事だろ? それと同じように、神様に願い事を聞いてもらうためには善行を積むのがいいのかなって思ってな」
「いい考えだ」

「ところで、さっきからお前の背中に隠れてる子は誰なんだ? 妹?」
ずっと黙っていた桜のことを狐酔酒が話題にした。

「初めまして。水野桜と申します。うちの恭介さんがいつもお世話になってます」
桜は僕の隣に並び立ち、自己紹介をした。
狐酔酒は桜のことをじっと見つめてから、思いついたように言った。

「あ、もしかして佐々木の彼女?」
「ええ、そうですね。四捨五入したら彼女と言っても過言ではありません」
桜は即答した。

「へぇ……」
面白いものを見つけたというような顔を浮かべてこちらを向いた狐酔酒に対して、
「騙されるな狐酔酒。この子とは親戚みたいな関係だよ」
と、僕は訂正した。

「そっか。まぁいいや。この場はそれで納得しといてやるよ」
狐酔酒は僕に悪戯な笑みを向けてそう言った後、桜の方を見て
「オレは佐々木の友達をやらせてもらってる。狐酔酒飛鳥っていうんだ。よろしくな」
と名乗った。

「狐酔酒先輩ですね。どうも。……あの、ゴミ拾いするんでしたら私も手伝いましょうか?」
「いやいや、いいって。ゴミ袋もそんなに持ってきてねぇし。オレもすぐに帰るつもりだからさ。暗くなってきたし、佐々木に送ってもらえよ」

「そうですか。では、そうさせていただきます。帰りましょうか、恭介さん」
桜はあっさりと引き下がった。
断られることが分かっていて、一応形式的に手伝いを申し出ただけだったのだろう。
僕は桜の言葉に頷き、狐酔酒に言った。
「それじゃ、頑張ってね狐酔酒。また明日」
「おう。じゃあな」
僕たちはおみくじ掛けにそれぞれが引いたおみくじを結び付け、にこにこしながら手を振ってくる狐酔酒に手を振り返してから階段を下りた。

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