第206話 『特殊な部隊』と仲間達
老人は笑い始めた。その場の面々に笑顔が伝染していった。
「本当に素敵な方たちですねえ。西園寺様。あの人たちはあなたの身分を……」
「身分?そんなものここじゃ関係ないですよ。それにアイツと会った頃のアタシもそう言う状況じゃなかったですから。仕事は仕事、身分は身分です」
かなめは思わず照れて頭を掻く。その後ろにじりじりとアメリアは迫る。
「なに気取った口調でしゃべってるのよ。いつも通りの方がうどん食べに行くとき気が楽でしょ?」
「オメエは食うことしか頭に無いのか!」
そう言って頭に当てていた手をアメリアに振り下ろすが、アメリアはそれを素早くかわして親父さんのところに顔を出す。
「怖いですよねえ……あんな化け物相手に怖かったですよね?」
「おい、アメリア。一遍死んでみるか?」
じりじりと指を鳴らしながら近づくかなめをアメリアが振り返る。老人はそんな光景を笑顔で見つめていた。
「良いですね……仲間って感じがしますよ」
後頭部を殴られたせいでじっとその光景を離れてみていた誠に老人がつぶやいた。
「確かにうちはコンビネーションが売りですから」
そう言って苦笑いを浮かべる誠を老人は羨望の目で見つめた。
「こういう仲間がいれば……あいつも道を踏み違えたりしなかったでしょうね。アイツはやくざな世界でやくざな人間関係しか知らずに育ってしまった。親としては育て方を間違えたのかもしれません」
老人の目に再び涙が光った。どうすることも出来ずに誠はただ老人のそばでかなめと怒鳴りあいをはじめるかなめを見つめていた。
カウラまでも巻き込んで広がるどたばた。頷きながら老人はかなめ達を見守っていた。
「おい!暴れんじゃないよー!」
ドアが開いて入って来たのは嵯峨だった。さらに部外者である安城までもが部屋に入ってきた。
安城は顔を見合わせてその頼りない隊長を見つめている。
「すいませんねえ。うちの餓鬼共は躾がなってなくて……」
頭を掻きながらそう言う嵯峨に痛々しい視線が集中する。嵯峨の浮かべた苦笑いは老人にも伝染した。
「でも楽しそうでいいじゃないですか。東都警察の仏頂面に比べたらずっとましですよ。うちに三郎の死体を運んできて必要な書類のやり取りをしたら、ハイ、それまでですから。うどん屋に来たらうどんの一つも頼めって言うんだ」
老人の言葉に東都警察との出動が多い同盟司法局機動隊の隊長である安城が大きく頷いていた。
「まあ人間味あふれる部隊と言えば格好が付きますかね」
「あまり自慢にはならないんじゃ無いの?そのキャッチフレーズ」
自分の言葉を安城に一言で否定されて嵯峨は泣きそうな顔をする。彼らを無視してかなめとアメリアの口論は続いていた。
「勤務中に銃を携帯する必要なんて無いんだからね!」
「そりゃお前がぼけてるだけだろ?常在戦場がアタシ等の気概として必要なんだよ。当然敵が出てくりゃ鉛弾の一発もくれてやるのが礼儀って奴だ」
「お前は一発じゃすまないだろ……」
「カウラちゃん。良いこと言ったわね」
「お前等は黙ってろ!」
三対一。銃に手をやるかなめを島田が抑え込んだ。
「さてと皆さん楽しそうで……これで失礼しますね。これ以上お邪魔をしたらいけなそうですから」
老人の一言にようやくかなめは視線を上げた。
「あ!……ああ……」
自分の隠していた地がばれたことに気づいてかなめがうろたえる。それをニヤニヤしながら嵯峨が見上げた。この見慣れた光景を見ている老人の表情に、安心したような表情が浮かんだのを見て軽く頭を下げた。
誠の行動ににこりと笑って老人は笑った。
「本当にすいません。西園寺は根はこういう奴なので……」
抗議するような視線のかなめを無視してカウラが老人に頭を下げた。
「いえいえ、素敵な人達ばかりで……アイツもあなた達に見送られて逝ったなら幸せだったんでしょう……」
再び老人の目に涙が浮かぶ。そんな彼の肩を叩く明華の姿にそれまでの騒がしい応接室は沈黙に包まれていた。
「ああ、湿っぽいのはここには似合いませんよね。じゃあ、西園寺大尉には一つだけお願いをしたいのですけど……」
老人は涙を拭うと笑顔を作って黙り込むかなめを見つめる。
「ああ、できることなら何でもしますよ」
嵯峨を折檻するのをやめてかなめが立ち上がった。真剣なタレ目が見える。
「うちの店に……新港で営業始めますから。是非来てください」
かなめは大きく頷くがすぐに誠達を振り返った。
「かなめちゃんのおごりだもんね!」
「違うだろ!」
アメリアを怒鳴りつけるかなめだが、隣のカウラやランは大きく頷いてアメリアのそばに一歩近づいた。
「わかりました。新港に行くときは西園寺のおごりでうかがいます。これは多賀港に停泊中の司法局実働部隊運用艦『ふさ』艦長の私の決定です。必ずうかがいます」
「何勝手に決めてんだよ!アメリア!」
真剣な顔でカウラにまでそう言われて今度はかなめが泣きそうな顔になる。そんな光景を老人はうれしそうに見守った。
「では、お世話になりますね。これからも」
そう言うと一礼して老人は出て行った。
「大変だなあ……かなめ坊」
タバコの箱をポケットから取り出しながら応接室のソファーに座っている嵯峨がニヤニヤと笑う。
「まあうどんは嫌いじゃないからな。仕方ねえけど一回分くらいはおごってやるよ」
そのかなめの言葉にアメリアは目を輝かせた。
「大変ですね……西園寺さん」
誠は思わずそう言うが振り向いたかなめの笑顔の中で目が笑っていないことに気がついて口をつぐんだ。
「おう!それじゃあ練習するか」
かなめはそう言って立ち上がる。誠もカウラもその言葉の意味が分からずにいた。
「そうね、おじいちゃんはパーラに連絡とって駅まで送らせるから」
アメリアの一言に察して立ち上がったパーラはそう言うと腕の端末を掲げていた。
「ランニングからですか?いつもどおり」
ようやくかなめが言い出した練習が野球サークルのものだとわかって誠は嵯峨に目をやる。
「いいんじゃないのか?俺もしばらく運動してなかったしなあ」
立ち上がって伸びをする嵯峨に安城は冷たい目を向けた。その厳しい表情を見て嵯峨は諦めて腰を下ろした。
「安城隊長。ランニングくらいならいいんじゃないですか?どうせ隊長の運動不足解消の必要があるのは事実ですから」
小さなランが含み笑いを浮かべて嵯峨を見やった。
「そうね、十キロ走の訓練があるんでしょ?それに隊長自ら参加するのも悪くない話かもね」
「秀美さん……それは無いですよ」
そう言いながら嵯峨は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ全員着替えてハンガーに集合!」
かなめはそう言って足早に応接室を後にした。
「しゃあねえなあ……」
諦めたように嵯峨は立ち上がって屈伸運動を始めた。
「それじゃあお先に失礼します!」
誠はそう言うとそのまま応接室を後にした。そこには彼を待っていたかなめの姿があった。
「西園寺さん……」
「なんだ?」
問いかけにかなめはぶっきらぼうに答える。そこにはいつものかなめがいる。先ほどまでの飾った姿ではなく、アメリアが言う『底意地の悪そうな表情』のかなめに誠は安心感を覚えた。
「とりあえず十キロ走って……お前は大野を立たせて50球ぐらい投げるか?」
「やっぱり走るんですね」
「そりゃそうだろ?安城隊長が見てるんだ。叔父貴も嫌とは言わねえだろ」
そう言うとかなめは女子更衣室に向かう。
「ご愁傷様!」
「お前も走るんだよ」
遅れて出てきたアメリア、それにカウラが声をかける。ただ黙ってうつむいて男子更衣室へ嵯峨はとぼとぼと歩いた。
「隊長」
「ああ、気にするなって。運動不足を何とかしたかったのは事実だしなあ」
そう言った後、嵯峨は大きなため息をついた。再び取り戻した日常に誠はただ半分呆れながら足を突っ込んでいく自分を感じているだけだった。
了