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第184話 舞い降りた『公安』

 同盟本部合同庁舎に強行着陸した兵員輸送ヘリから、ゆっくりとその長身にコートを突っかけて、司法局公安機動隊隊長安城秀美少佐は降り立った。すでに警備の為に配置されていた厚生局の武装局員は銃創の治療を受けるか、後ろ手に縛られた状態で彼女の部下が確保していた。

「クバルカ中佐の部隊が突入したか……すべては順調に進んでるわね。でも厚生局は同盟機構のすべてを敵に回して本気でここを死守できると考えているのかしら?もうこうなったら袋の鼠だと言うのに……准尉!」 

 安城が叫ぶとすぐに頬に傷のある士官が彼女に付き従う実働部隊機動部隊第二小隊隊長日野かえで少佐に駆け寄った。

「状況は?本命のクバルカ中佐の隊の進行状況は順調だ。こちらとしても厚生局の幹部の身柄をいち早く抑えてそちらの援護に当たりたい」 

 そう言うと安城はコートのポケットからペンを取り出す。傷の士官が目配せするとそこには簡易型のテーブルが置かれ、その上にはこの地区の構造物を描いたグラフィックが映し出されていた。

「現在4階から上は完全に無力化されています。その下の厚生局麻薬対策班のフロアーですがここは襲撃を予測していたようで現在かなりの抵抗を受けています。敵の練度もさすがと言うか……東和陸軍の比ではないでしょう。まあ、所詮生身の相手ですから抵抗が終わるのも時間の問題だと思われますが」 

 准尉はそのまま前の大通りの方に視線を投げた。そこには出資元であることが予想される東和陸軍から借り受けた虎の子の07式の機能停止作業に映っている神前誠曹長の機体が活動中だった。

「虎の子の07式が機能停止したんだ。敵の士気は落ちるだろうな。だが油断はしない方が良い。東和陸軍がここまで厚生局と繋がっているとは予想していなかったな……いや、嵯峨さんならそれくらい読んでるわよね。あの人はたぶん今頃東和陸軍の軍令部にでも出かけてるんじゃないかしら?まったく、秘密主義もいい加減にしてもらいたいものだわ」 

 軽く微笑むと安城はそのまま捕虜達の隣に設置された通信機器に向かう部下達のところへ向かった。敬礼する角刈りの男性オペレータ二人が不審そうな顔で自分を見上げていることを知ると安城は彼女に付き従う准尉に笑顔を向けた。

「厚生局の職員はずいぶんと仕事を愛しているようね。自腹で甲武浪人を警備兵に雇ってまで自分達の研究の隠匿に努めるとは……最近はうちも甲武浪人がらみの事件が多いのよね。軍縮軍縮で平和主義外交に努めてくれるのは良いけど、失業した下級士族が食い詰めて他国に流れるのだけは止められない。甲武国の責任者として西園寺首相には何とかしてもらわないと。それにしても厚生局の皆さんの自分を犠牲にしてまでもと言う仕事熱心さどこかの誰かさんにも見習って欲しいわね」 

 安城はそう言っていつも会議室で熟睡している司法局実働部隊長の嵯峨惟基の事を思い出していた。

『おーい。聞こえましたよー。秀美さん。俺だって一応仕事はしてるんですよ。今だってこうして東和陸軍の軍令部に向ってる最中なんですから』 

 通信機器からは間抜けな嵯峨の声が聞こえてきた。画像が開くとそこには狭い整備班員の若いのから借りた軽自動車の運転をしている姿が目に入った。

「嵯峨さん。別にそこで受けを取らなくても良いのよ。でも07式の事も知ってたんじゃないの?なんで神前君に教えてあげなかったの?余計な心配をかけるだけじゃないの。そんな人の使い方をしてるといつか痛い目に遭うわよ」 

 呆れた安城の声に思わず隣の准尉が噴出した。

『どうだい、秀美さん達のところには法術師のかえでも応援で駆けつけさせてるんだ。例え、完成した法術師が居たとしたところで対応可能ですよね。それより、秀美さんは厚生局の武装部隊を秀美さんの部下だけであと30分くらいで制圧できそう?そのくらいで制圧してくれるとこれから東和陸軍の偉いさんとお話しする時、話し合いがスムーズに進むんだけどな』 

 画像の中で身動き取れない状況で声を絞り出す嵯峨から目を背けた安城は隣のモニターで展開する部下達の戦いの様子に目をやった。

「義父上。肝心のプラントを抑えなければ制圧の意味は無いんでは?たとえ、厚生局の上層部の身柄を確保してもプラントが暴走を始めれば東都はどうなるか分かりませんよ。この前の小規模なテロとは次元の違う災厄が訪れることになる」

 かえでは不安げにそうつぶやいた。 

『そりゃクバルカの仕事でしょ。アイツも『汗血馬の騎手(のりて)』と恐れられた『粛清者』だもの。普通の兵隊さんじゃアイツの進軍を止めることなんてできないよ。肝心のプラントもどうせ臨床研究者の補助無しで自立できるほど完成しているとは考えにくいし……かえでよ、お前さんの任務は秀美さん達と一緒になってそのビルの制圧することだろ?……って!』 

 今度は段差でも踏んだのか、苦しい体勢の嵯峨が思わず車の天井に頭をぶつけて悶絶する光景が展開された。すでにその端末を使用していたスキンヘッドの軍曹は口を押さえて必死に笑いをこらえていた。

「それは分かっています。しかし……同盟の一機関が同盟機構の許可も得ずにこれだけの戦力を保有していたこと自体が問題になりますよ。それに遼南レンジャーが捜査に介入した時点でこの結末は見えていたはずです。それに東和陸軍の方はどうなんですか?遼州人至上主義者の暴走者にすべての責任を覆いかぶせて責任を逃れると言う可能性もあります。そうなられたら事件の根本解決にはなりません」 

 かえでの言葉を聞きながらも、必死に踏ん張っている嵯峨が頭を抱えた。

『まあね。厚生局は遼北の影響力が強いからそのまま東和の一連の遼北人民国叩きに拍車がかかるかもね。それに同盟機構の組織体制の見直しも話しにでるだろうし……そもそもなんで厚生局の皆さんがここまで武力でがんばる必要があるのかってのもな。それと東和陸軍の話は遼州人至上主義者に全責任を取ってもらうと言う線で良いじゃない。おれも一部の過激分子の暴走ってことで手を打とうと思ってたところなんだ。東和陸軍全体を本気で敵に回して近藤さんみたいにクーデターを起こされたらそれこそシャレにならないじゃない?手の打ちどころってもんがあるんだよ。勉強しな、かえで』 

 今度は急ブレーキをかけたらしく嵯峨の頭が画像を撮っているカメラに直撃して全体が黒く染まったのを見て安城は大きなため息をついた。

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