序章
伝説はここに始まる。
かつてローマ帝国が属州として支配していたブリテン島。
しかし、東のサクソン人から攻撃を受けるようになり、ローマの支配は撤退。
ケルト系ブリトン人による部族国家が復活する。
ユーサー・ペンドラゴン王が亡くなり、後継者探しに難航していたある日、とある教会の土地に石に突き刺さった剣が現れる。
『この石から剣を抜きし者、ブリテン島を統べる真の王とならん』
名だたる騎士や貴族たちが引き抜こうとするが成功者はいなかった。
ところが、ついに1人の少年が剣を抜いてしまう。
彼の名はアーサー。魔法使いマーリンの助けを得ながら、彼は君主として成長していく。
上昇、絶頂、転落、絶望。
運命の輪は、回り続ける――。
さざ波ひとつ立たない海の上を、舟が進んでいた。
舟の上には3人の女と、1人の手負いの男が乗っていた。
青衣をまとった銀髪の女たち2人と黒衣の女は普通の人間ではない。
青衣の2人は〈湖の乙女〉と呼ばれる水の精であり、黒衣の女はモーガン・ル・フェイという妖精だ。
「う……っ」
男は苦しんでいた。原因は頭の傷である。
先程まで鎧を着て、槍を持って戦っていた誇り高き王なのだ。
かつてエクスカリバーに護られこのブリテン島を支配したアーサー王は、今や瀕死の状態である。
「もう少しです。もう少しで到着します」
〈湖の乙女〉の1人――ヴィヴィアンはアーサー王に声をかけた。
静かで安らぎを与える、せせらぎのような声を聞いた王の苦悶の表情が解かれていく。
もう1人の〈湖の乙女〉ニヴァンは、水面に手をかざしている。
なるべく早く王を運ぶために、水を操っているのだ。
その力のおかげで、アーサー王は目的地に着くまでに息絶えなかった。
目的地のアヴァロンは、林檎の木が何本も生えていて、小さな花が咲き乱れる自然豊かな島だ。
だがこの日だけは、その緑の鮮やかさが失われていた。
林檎は実っていないし、花はしおれている。いつもより太陽の光も強くない。
そして、いつもならば御殿に引きこもっているモーガンの8人の妹たちが、その美貌を陰らせ、虚ろな表情をして並んで立っていた。
舟が到着すると、島の支配者たるこの姉妹たちが寄ってくる。
舟の上で横たわっているアーサー王を見て、モーガンに声をかけた。
「これはどういうことです、お姉様」
「王は剣の力を失い、重傷を負わされた」
「……モー……ドレッ……ド、なぜ……」
モーガンは妹たちに「急ぎ、王にふさわしい寝台を」と命じた。
8人の女たちは彼女に一礼し、御殿へ戻って行った。
女は魔法の力でアーサーを御殿へ連れていき、〈湖の乙女〉たちも後を追った。
彼女たちが御殿へ着く頃には、既に黄金の寝台が用意されていた。
ベッドの上にアーサーを乗せると、モーガンは医術書のページをめくって目的の薬の調合をし始める。
その慌てた様子を見かねたニヴァンは尋ねた。
「王の傷は治るのですか?」
「通常の治癒魔法ではもう治らない」
「ではどうやって?」
2つ目の質問に答えず、女はあらゆる材料を使って薬を作る。
「これだ」
モーガンはアーサー王が寝かされているベッドの傍に立ち、アーサー王の口に薬を流し込む。
するとアーサー王の身体は光り輝いた。
光が消えても眠り続けるアーサー王を見て、〈湖の乙女〉たちや8人の妹たちは嘆き悲しんだ。
ただ、黒衣の女だけはアーサー王を見ていた。