第159話 神への信仰を誓った者
「そして最後が北和俊博士。一番の変り種と言えばこの人なんですがねえ」
そう言ったひよこの口元に呆れたような笑いが漏れた。誠は画面に映る苦虫を噛み潰したような表情の眼鏡の男に目を移した。
「この顔は見たことあるぜ。テレビかなー……書店で見たのかねー。どーもこんな顔見た事が有るなアタシは」
ランは思い出そうと首をひねる。誠もそう言われると記憶の底にこの渋い表情があることに気づいた。
「一時期テレビに出てましたね。怪しげな都市伝説ばかり紹介するバラエティー番組で解説を担当していたのは俺も知ってますよ。あくまで都市伝説として不老不死の存在について大っぴらに話してました。こいつ怪しいなんてもんじゃないですよ!こいつが本命でしょ!」
島田の言葉にひよこが頷いた。
「島田さんのテレビとかの記憶力はさすがですね。この人は東都大の大脳生理学研究室出身で博士号を取った後すぐに地球に留学したんです。でもそこで何を吹き込まれたか知りませんが法術と神の奇跡の区別がつかなくなっちゃった人でして……この人も東都大に居た時は不死の研究とその過程で干渉空間の研究をしていたんですけど……地球で何を研究していたかまではさすがに分かりません。ただ、法術に関しては東和と並ぶほどの技術を持っているアメリカ軍とは関わってないので、あまり進歩的な研究はしてはいなかったんじゃないかなあと私個人は思います。もし、彼がアメリカ軍と関わってたとしたらあの化け物は三人の完成された法術師に勝っていたでしょう」
アメリカの法術関連研究、アメリカはそれを『魔法』と呼んでいたが、それが下手をすれば東和のそれよりも進んでいることはここに居る誰もが知るところだった。
「マッドサイエンティストってわけ?凄いわね。映画でもなんでもなく実物が見られるなんて!でも、地球では中途半端な研究しかしてこなかったんでしょ?ああ、地球にはサンプルとなる法術師自体が居ないわね。それにしてもそんな中途半端な学者に金を渡すなんて厚生局って予算一杯あるのね。うちにも分けてくれないかしら」
「引っ付くなよ!アタシは知らねえ。予算の事なら高梨参事に言え」
歓喜するアメリアにもたれかかられてランは迷惑そうに顔をしかめた。誠も少しばかり興味深く目つきの悪い北博士の写真を見つめていた。そしてそのあまりにマッドサイエンティストを絵に描いたような北博士の顔つきに苦笑いを浮かべてしまった。
「全人類は法術師、まあこの人は『選ばれた力を持つ神の子』なんて呼んでますが、それに進化する過程にあるってことで本を出したり、怪しげな法力開発グッズを売り出したりして多額の借金を抱えていることで有名です」
ひよこは画像に怪しげなグッズの写真を映し出した。
「なんだよ、それじゃあコイツに決まりとでも言うのか?と言っても、技術力的にはこいつが一番低そうだな……でも科学者は科学者だし、あの化け物は三人組の法術師に負けてたし。研究が中途半端な理由がこいつってことなら理解できる」
かなめの問いにひよこはあいまいな笑みを浮かべた。
「でも全員が基礎理論の研究者と言う訳ですね。でも今回の法術師の研究は明らかに臨床レベルの経験や知識が必要になりますから、そう言う人とのコネクションを持っている人物は居ないんですの?自分の理論を実践してくれる手足となるような助手を抱えているとか」
じっと自分の端末を覗きこんでいた茜の言葉が響いた。それにアメリアとランが大きく頷いた。
「それなんですが、なんでこの三人を関係者としてあげたのには理由があります。他にも基礎理論の研究者で干渉空間と不死を研究していた人物は居るんですが、この事件の場合敢えて外しました」
ひよこははっきりと自分の意志で容疑者を三人に絞った理由を述べた。
「この三人に共通するのは厚生局以外の軍や政府からの庇護が期待できないってことか?正式な辞令で動いている御用研究者には我々の捜査の手は伸びない……いや、正確に言えば御用研究者に手を出せば今回の捜査は上から潰される……それに今動いているリョウ中佐にもマークされてないってことか。捜査官の手あかのついていない新たな容疑者……当たってみる価値はありそうだな」
カウラの一言。隣でかなめが手を打ち、アメリアが納得したように頷いた。