第154話 変えられた視線
「なんだよ!何が分かったんだ?これだけじゃ何のことやらさっぱりわからねえぞ!アタシの頭はライラ並みってことか?」
かなめが不満そうに叫んだ。茜とランが大きなため息をついてかわいそうな人を見るような視線でかなめを見つめた。
「本当に分からねーのか?これは正規の施設だ。これだけヒントをやる。後は自分で考えろ」
ランはそう言ってかなめを見つめていた。その間もカメラの映像は長く続く廊下を歩き続けていた。
「分からねえから聞いてるんだよ!正規の施設って言うのなら司法局の本部だって正規の施設だぞ。汚ねえけど、ここも司法局実働部隊の正規の施設だ!どこが違うんだよ!」
思わずかなめは怒鳴っていた。だが、映像がただひたすら長い廊下を歩き続けているのを見てかなめも誠もある事実に気がついた。
「これだけ長い廊下があって生体研究をしても不審がられない施設。かなりの規模の大病院かどこかの大学病院……ですね。なるほど、医療を管轄する厚生局ならどんな病院でも研究を行うことが出来る。隊長はそれを言いたかったんですね」
「そーだな。西園寺より神前の方が先に答えにたどり着きやがった。西園寺。テメーの頭には優秀な有機デバイスが仕込まれてんだろ?生身の神前に負けてどうすんだよ。つまり今回の法術犯罪の犯人は厚生局そのもの。厚生局の局員全員が犯人だったんだ。昔のイギリスの推理小説作家のアガサ・クリスティーの作品に容疑者全員が犯人だったと言う作品がある。つまりそう言うことだ」
誠の言葉にランが満足げに頷きながらそう言った。ようやく話が飲み込めたというようにかなめも渋々頷いた。
「アタシ等が追ってた……今では東都警察が血眼になって捜しているのはその末端組織の使い捨ての実験場だったということだ。これまでも法術関係の闇研究はちょこちょこあったが、どれもものにならずに摘発されて即終了ってのがこれまでのパターンだが、今回の首謀者は明らかに成果を出しているからな。昨日の東都での法術師稼働実験みたいに大っぴらに成果を誇示して見せたくらいだ」
ランは話を続けてながらも画面を見つめ続けていた。
「厚生局の局員全員が犯人だと言うことが分かったとしても。それを実行したこの実験を続けている人間が特定できなきゃ厚生局に乗り込むわけにはいかねーのが悩ましいところだ。今回の実験を指揮した厚生局の役人もそれなりに優秀だってーことだろうな。こんな施設に堂々と出入りしても誰にも怪しまれない程度の優秀な人材。しかも法術を研究している人物。そーなると数は限られてくる」
ランの言葉に再び画面に目をやった。しばらくしてすれ違う看護士の制服に誠は目をやった。
「じゃあこれで……これ以上通信をつなげると厚生局の連中に枝を付けられますよ。連中全員が犯人なら情報管理部門も犯人の一人ですから」
島田が珍しく気を利かせてランと茜にそう言った。
「そうです、それにあの看護師の制服を検索すれば場所だって特定できるかも!」
誠はそう言って立ち上がろうとした。
「待てよ。この施設も厚生局にとっては使い捨ての施設かもしれねえぞ。厚生局はすべての病院に立ち入る権限を持っている。すべての病院がその研究施設の可能性を持っている訳だ。この病院を調べたところで何も出て来やしねえよ」
立ち上がろうとする誠の肩を叩くのはかなめだった。すでに口にはタバコをくわえて静かに煙を誰もいない方向に吐いてみせた。
「それよりもだ。肝心なのは人間の方だ。仕切っている大物の研究者のめぼしをつけねえとな。この看護師の制服だけを目印に突っ込めば地雷を踏むぞ。大学の大物の研究者となればいくつもの大学や病院にいろんな肩書きで勤めているってこともあるんだ。空振りだったらすぐに逃げられるな。施設の替えはいくらでも利くが研究者の方の替えはなかなか利かねえはずだ。とりあえず実際に研究に携わっている容疑者を限定することから始めるべきだな」
「良いことを言うな、西園寺にしては。で、どうするつもりですか?」
カウラはそう言うと茜とランを見た。ランは腕組みして画面を凝視する。茜はすでに自分の携帯端末を見て情報を集めていた。
「頭の固い東都警察は研究者と聞くと二の足を踏むからな。厚生局との正面衝突は東都警察には荷の重い仕事だ。厚生局がしっかりガードしている研究者に東都警察が調査に入れるとは到底思えねえ。研究施設に直接出入りしている研究者は厚生局が必死になって囲ってるはずだ。東都警察の手が出る相手じゃねえ」
そう言うとかなめは黙り込んだ。その隣で小さな顔でにやりと笑っているランがいた。
「東都警察の連中は志村とか言うあの人買いのリストで優先順位の高いところに張り付いているはずだ。研究者でも臨床研究をやってる研究者には張り付いてるだろうな。当然そっちは厚生局の方だってガードがかてーわけだ。だが基礎理論を発表している立場のある研究者の調査にはそれほど力は割けるもんじゃねーよ。それに基礎理論の研究者は研究施設に出入りしている訳じゃねー。厚生局の人間もそこまでガードが回ってるかと言うと疑問だな」
ランはそう言いながらかなめの吐き出す煙を手で払いのけた。
「クバルカ中佐の仰るとおり、東都警察と権限移譲中のライラさんの捜査報告は主に湾岸地区の廃墟や工場跡ばかりが上がってきてますわ。病院とか研究室めぐりをしているのは主に新人の方ばかりのようですわね。それにほとんど顔を出した程度に法術関連の論文を発表している医師や研究者の訪問もしているみたいですけど……」
茜の表情には余裕がある。誠は彼女の笑顔を見てそう思った。
「臨床系の研究者みたいにしっかり厚生局がガードしてくれねえとなると、自分に火の粉がかかると感じて高飛びされるんじゃねえか?急がねえと」
かなめは手にした吸殻を携帯灰皿に押し込んだ。島田とサラはその言葉に同意するように大きく頷いて見せた。
「速やかでなおかつ正確に調査をする必要がありそうですね。空振りが続けば危機を察知して証拠を消して手を引くのが得意な組織なのは先日の突入で分かったはずだ」
そう言うカウラの言葉と同時に画面が切り替わり、茜の携帯端末の情報が映されていた。
「わざわざ発覚する危険性を犯してまで東都で末端の実験を行っていたと言うことから考えると、恐らく東都近郊の大学や病院に勤務する研究者に絞ってもかまわないと思いますわ。そして法術系の論文をこの数年間で10件以上発表している研究者はこの十二人」
次々と切り替わる画面。そこには研究者の顔写真、経歴、受賞研究の内容などが映し出されている。
「これのうち生体機能回復と干渉空間制御に関する専門家の当たりをつけろと言うことか。ひよこに声がかけれればいいんだけど……」
司法局実働部隊の正看護師で法術研究担当者でもある神前ひよこ軍曹を思い出しため息をつく。そして視線は自然と茜に向いた。
「ひよこさんにお話を聞きましょう。彼女は法術研究にはかかわった経験があります。しかも臨床経験は無くてほとんどの教育は基礎理論についてだったはず。逆にそう言う人の方が先入観無く結論にたどり着けますわ」
そう言うと『図書館』の住人達はそのまま同時に立ち上がった。
「マッドサイエンティストとご対面か……なんだかワクワクしてくるな」
「なに嬉しそうにしてるんだ?これはあくまで仕事だ……いや、退職願を提出した身ではもうすでに仕事ですらないボランティアなのかもしれないがな」
一人薄ら笑いを浮かべるかなめをカウラはいつものように感情を殺した目で見つめていた。