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最終日⑦ 決着

 スマホを取り返した喜びと、エスカレートしようとした言い争いのせいで忘れていたが。

 スマホを取り返されてしまった清野の怒りの沸点が、遂に限界突破した。

 しまった、喜びと言い争いのせいで、清野の存在を忘れていた。

「貴様ら、よくもやりやがったな! 何のトリックを使ったかは知らんが、他人の物を取り上げるとは何事だ! 生徒の分際で調子に乗るな! それを返せ!」
「返せって、これは妃奈……水城さんの物じゃないですか!」
「それを没収したんだから、私の物だ!」
「なら、それを取り上げたボク達の物だ!」
「減らず口ばっかり叩きやがって! ケツの青いクソガキがッ!」
「うわっ!」

 大分頭に来ているのだろう。
 物凄い怒りの形相で投げ付けられた教科書を、太郎は咄嗟に避けた。

 目標を失った教科書は、後ろの壁にガツンとぶつかり、パサリとその場に落下した。

「うわわわわっ、危なかった……」
「こら、ホクロ毛! 生徒に向かって教科書を投げるとは何事かっ!」
「黙れ! ここまでバカにされたのは初めてだ! 貴様ら許さん! もう許さん!」

 相当キレているらしい清野は、怒りに顔を真っ赤にしながら、次々と手当たり次第に本や教科書を投げ付けて来た。
 中には分厚い辞典まである。
 殺す気か!?

「うわっ、ちょ、ど、どうしようタロ!?」
「こうなっては仕方があるまい! モンペ召喚だ、タロー!」
「無理! 今ハワイ!」

 次々と飛んで来る武器達を、太郎とタロは頭を押さえながら必死に避けた。

 逃げようにも、出口は清野の後ろ。
 頼みのモンスターペアレンツも今は不在。

 このまま教科書その他の攻撃を食らい、清野の思うままにボコボコにされるしかない状況に声を上げる太郎であったが、辺りをキョロキョロ見回していたタロが、何かに気付いたようにして声を上げた。

「しめた! 窓が開いている! タロー窓のところまで走るのだ!」
「窓!? 窓から逃げるの!?」

 自分達の後ろにぽっかりと開いている、小さな脱出口こと窓。
 確かに一人ずつなら簡単に通る事が出来そうな窓だが、タロはここから脱出しようと言うのだろうか。

「でも、あんなところから逃げようとしてもすぐ捕まるし、そうじゃなくても狙い撃ちにされちゃうよ!」
「ええええい、つべこべ言うな! さっさと走るのだ!」

 一体何をするつもりなのかは知らないが。
 でもここで言い争っている場合ではない。
 とにかくここは、タロを信じて彼の言う通りにするしかないようだ。

「でも危ない事はしないでよね!?」
「そう心配するな。キミの悪いようにはせん!」

 さっきの大魔法みたいな本格的なのは使うなと、忠告しつつ走る太郎に頷くと、タロは自分も窓の前まで移動してからステッキを高々と掲げた。

「ペケポンペケポン、吹き荒れろ、突風ーッ!」
「と、突風!?」

 その呪文に、太郎は思わず悲鳴にも似た声を上げた。

 突風の魔法と言えば、激しい風が相手を吹き飛ばし、地面に体を叩き付けるなんてのが想像出来るが……。

 まさか、そう言った類の魔法じゃないだろうな!?

「ちょ、待ってタロ! それ危な……っ」

 そんなモノを使ったら、清野が大怪我を負ってしまうのではないだろうか。いくら何でも、それはヤバイんじゃないだろうか……と、太郎が慌ててタロを止めようとしたその時だった。

「!!?」

 突然、激しい風に襲われる感覚がした。

 次いで感じたのは、空中を舞っているかのような浮遊感、そして背中に走る軽い痛み……。

 気が付いた時、太郎の目の前にあったのは大きな青空であった。

「え? え???」
「よし、成功だ!」
「は!? 成功!?」

 何が起きたのかはイマイチ分からなかった太郎であったが、彼はその言葉にガバリと体を起こした。

 見つめる視線の先。
 そこにあったのはガッツポーズをとるタロと、自身の何倍もあるであろう大きな校舎。

「窓から入って来る風を利用して、大きな風を作ったのだ! そしてその風で自らの体を吹き飛ばし、一瞬にして窓の外へと脱出したのだ! これならホクロ毛に集中攻撃される事も、捕まる事もあるまい! さすがはボク!」
「……」

 どうやらタロの言う『風魔法』で、あの教室から外に逃げる事に成功したらしい。
 なるほど、それで自分は今、学校の外にいるのか。そうか、そうか……。

「びっくりした。僕はてっきり風魔法で清野をぶっ飛ばすのかと思っちゃったよ」
「む、何故そう思う? そんな事一言も言っていなかっただろう?」
「吹き荒れろ突風とか言われたら、普通そう思うよ」
「そうか? 吹き荒れろ突風と言ったら、脱出魔法だと思わんか?」
「だから追試なんだよ、キミは……」
「なっ!? な、何だ、その言い草は!? 一体誰のおかげであそこから脱出出来たと思っている!?」
「そこは感謝するけど。でも、必要以上に心配させられたり、突然吹き飛ばされたりするこっちの身にもなってよね。これじゃあいくら心臓があっても足りないよ」
「良いではないか! 怪我もしていないし、心臓も止まっていないし!」
「そういう問題じゃないよ!」

 タロの無茶苦茶な魔法の使い方に、徐々にエスカレートして行く二人の言い争い。

 しかし、

「き、さ、ま、らあ……ッ!」
「あ」

 再び忘れかけていたが。
 そう言えばまだ完全に、清野から逃げられたわけではないのであった。

 しかもよくよく見れば、音楽準備室の中は清野が暴れたせいと、タロの突風のせいで滅茶苦茶になっていた。

 ヤバイ、これはマジで逃げた方が良さそうだ。

「に、逃げるよ、タロ!」
「アイアイサー!」
「待て、貴様ら! 逃がさん! 絶対に許さん!」
「うわーッ!!」

 相手は中年オヤジ(しかも若干太り気味)に対し、こちらはピッチピチの男子高生と、得体は知れないが身軽そうな魔法使い。
 追いかけっこをした場合の勝敗など目に見えている……ハズなのだが。
 
 小太り中年オヤジの、一体どこにそんな力があったのだろうか。
 窓を飛び越え、華麗に着地した清野は、慌てて逃げ出した太郎達を、怒り狂いながら物凄い速さで追い掛けて来た。

 どう考えても若い方が有利……のハズなのだが、今回の場合につき、何故か若者よりも圧倒的に速い中年オヤジ。

 必死に走る太郎&タロであったが、このままでは追い付かれるのも、どうやら時間の問題のようだ。

「頑張れ! もっと速く走るのだ、太郎! 風になれ!」
「む、無理だよ! これが僕の全力疾走だよ!」
「しかしこのままでは捕まるぞ! 火事場のバカ力を出すんだ!」
「無茶言わないでよ! もう出てるよ!」

 二人で並んで走っているように見えたが、どうやらタロが太郎に合わせて走っていたらしい。
 中年オヤジより遅いのは、太郎だけのようだ。

「ねぇ、タロ! キミの魔法で何とかならないの!?」
「ふっ、困った時のタロ頼みか?」
「何、その神頼みみたいな言い方!?」

 烏滸がましいな!

「まあ、良いだろう。頼られて悪い気はせんからな。 このボクが期待に応えて何とかしてしんぜよう」
「本当!? ありがとう、タロ!」
「礼には及ばん。では、これから大魔術を……」
「やめて! それだけは止めて!」

 ゴトリと音を立てて取り出した、例の本格的な杖。

 怪しく微笑むタロを、太郎は必死に止めた。

「む、では、どうしろと言うのだ? 攻撃しなければ、やられるのはこちらなのだぞ?」
「もっと、こう……何かあんまり痛くなさそうなのはないの!? その、ペロペロキャンディの方で出来るヤツ!」
「ペロペロキャンディ? うむ、全く思い付かんな!」
「この、役立たず!」
「何をーッ!?」

 ぎゃあぎゃあと言い争いながら走る二人と、物凄いスピードで追い掛けて来る清野。

 本当に何とかしなくては、時間の問題で清野に捕まりゲームオーバー。もちろんコンティニューは不可。

 そんなのは御免だ。
 早く何か手を打たなくては……!

「ねぇ、タロ! 足が速くなる魔法とかはないの!?」
「無理だな。ボクは風魔法は苦手なのだ」
「さっき使っていたじゃないか、風魔法!」
「上級風魔法は苦手なのだ」
「何がどう違うんだよ!?」
「待てや、このクソガキどもがああああああああッ!!」
「ぎぃやああああああああッ!!」

 そうこうしている間にも、更にスピードを増して追い掛けて来る清野京介。

 しかしあまりの恐ろしさに悲鳴を上げながら、二人が校門の方まで逃げて来た時だった。

「太郎ちゃーん、タロちゃーん!」
「えっ、樹姉ちゃん!?」

 シャーッと音を立てて、何かが自分達の隣を並んで走っている。

 突然の乱入者に顔を上げれば、そこには笑顔で自転車に乗っている樹の姿があった。

「姉ちゃん!? 何でここに!?」
「あなた達こそ、授業をサボって何しているのよ? 駄目よ、授業をサボるなんて!」
「姉ちゃんだってサボっているじゃないか!」
「私は良いのよ、生徒会長だから」
「意味分かんないんだけど!」

 何で樹が、こんなところで自転車に乗っているのかは不明だが。

 しかし、今はそんな話をしている場合ではない。
 そんな事よりも、追い掛けて来ている清野を何とかしなければならないのだから。

「それにしても、太郎ちゃんったらやるわね。あの清野をここまで怒らせるなんて!」
「呑気な事言っている場合じゃないよ! 見ての通り、僕達ピンチなんだから!」
「そうみたいね。まあ良いわ。ここは私に任せてちょうだい!」
「えっ!?」

 ニッと不敵な笑みを浮かべると、樹はキュッとブレーキを掛けた。

「姉ちゃん!?」

 怒り狂う清野は、もうすぐそこまで来ていると言うのに。
 それなのにこんなところで急に立ち止まって、一体何をすると言うのだろうか。
 ここに止まっていたら危ない、と太郎は声を上げるが、樹は構わずに、走って来た清野にニッコリと笑顔を向けた。

「こんにちは、清野先生。そんなに急いでどうしたんですかぁ?」
「な……っ、貴様! やはり自転車通学だったのか!」

 本来、自転車通学を許可されていない生徒、枯野樹。
 前々から怪しいとは思っていたが、やっぱり自転車通学をしていたらしい。
 突如、自転車に乗って現れた樹を、清野はギロリと睨み付けた。

「貴様、その自転車どこに隠していた!?」
「どこって、近くのコンビニの裏口です。店長さんに頼んで置かせてもらっていました。と言うか、そこ以外に隠し場所なんてないと思いますが?」
「やはりそうか! あの野郎もグルだったのだな!」
「はあ、そうですが。と言うか、それくらい考えればすぐに分かる事じゃないですか。それなのに店長さんに聞きもしないだなんて、やっぱり先生って、ビビって男の人とは話せないチキンちゃんなんですね。あ、それともそこまで頭が回らなかったのかな? あはっ、意外とおつむが弱いんですね。清野先生ったら可愛いーっ……あ、これ悪口です」

 ニッコリと、樹は素敵な笑顔を清野へと向ける。

 そしてそれとともに、再び清野の中で何かがブチリと切れる音がした。

「女の分際で生徒会長になったからと良い気になりおってッ! そこまでこの私をバカにしたからには、覚悟は出来ているのだろうな!?」
「覚悟? あなたのようなクソ雑魚野郎に何を覚悟しろと? あなた如きの力で、この生徒会長様をどうこうする事なんて、無理ゲーだと思いますけど?」
「貴様……っ、女のクセにこの私を下に見やがってッ! だいたい貴様は前々から気に入らなかったのだ!」
「奇遇ですね。私もあなたが気に入らないです。女ってだけで甘く見るなんて、マジで頭弱すぎ。器も小さければ、男性器も小指程なんでしょうね。この、アソコミニマム野郎」
「こっ、この、クソアマがあっ! ふざけるな、クズがあぁッ!」

 淡々と言い返す樹に、清野は雄叫びを上げる。

 俯いて言われるままにならない樹の態度に、かつてない程の怒りを覚えた清野が、突然樹に襲い掛かったのだ。

 しかし、そんな清野の行動など予測済みだったのだろう。
 ひらりとそれを躱すと、樹は自転車に跨ったまま不敵な笑みを浮かべた。

「ふん、お前程度の力で、この『迅速のチャリ』こと枯野樹を捕まえられると思うてか! 捕まえられるモノなら、捕まえてみるが良い。ふはははははははッ!」
「殺す! マジ殺す!」

 凄いスピードで逃げて行く樹と、凄いスピードでそれを追う清野。

 清野にとって既に忘れられた存在と化している太郎とタロは、校庭を走り回る二人を、ただポカンとしながら眺めていた。

「隊長、迅速のチャリなどと呼ばれているのか?」
「ううん、聞いた事ないよ。自称じゃない?」

 と言うか、今、付けたのでは?

「……って! そうじゃなくって!」

 しかしそこでハッと我に返ると、太郎は焦ったようにして声を上げた。

「このままじゃ姉ちゃんが危ないよ! だって殺すって言ってたもん! アイツに捕まったら、マジで何されるか分かんないよ!」

 平和な追い掛けっこに見えるが、よくよく考えてみれば、清野は怒り狂っているのだ。

 さっきだって樹に掴み掛かろうとしていたし、今だって殺すだ何だのと叫びながら、彼女を追い回している。

 このまま放っておけば、清野が樹に何をするか分からない。
 謹慎処分などと言う罰を与えるだけではなく、とっ捕まえて殴る蹴るなどの肉体的な危害をも加えるかもしれないのだ。

 大変だ。早く何とかしなければ!

「な、何とかしなくちゃタロ! 姉ちゃんは僕達を助けてくれたんだし! 今度は僕達が姉ちゃんを助けなくっちゃ!」
「まあ、落ち着け、タロー。そう慌てるな」
「お、落ち着いている場合じゃないよ! 早くしないと姉ちゃんが……ッ!」
「良いから、落ち着くのだ、タロー」

 そうこうしている間にも、樹は捕まってしまうかもしれない。そして、殴る蹴るなどの暴行を受けてしまうかもしれない。

 しかし、一刻を争う事態に焦る太郎を宥めると、タロは右手にペロペロキャンディのステッキを構えた。

「大丈夫だ。ボクに任せろ。キミも隊長も……ヒナコだってボクにとってはもう大切な友人なのだ。悪いようにはせんよ」
「タロ……」

 ああ、どうしてだろう。こんなにも安心してしまうのは。

 握っているのは、ペロペロキャンディにしか見えない小さなステッキなのに。
 ロクな魔法を使っているところも、ほとんど見た事がないのに。
 いつも喧しくって、バカ騒ぎしかしないようなヤツなのに。

 それなのに彼がそう一言口にしただけで、こんなにも安心してしまうのはどうしてなのだろう。

 隣で堂々と立っている彼が、どうしてこんなにも頼もしく見えてしまうのだろうか。

「まったく……頼もしくて仕方がないよ、キミは」
「ふふんっ、沢山頼ってくれても構わんのだぞ?」
「本当、どこから湧いて来るんだよ、その自信は」
「……慣れだな」
「慣れ?」
「一つ教えてやろう、タロー」

 意味の分からないその言葉。
 全く理解の出来なかったその言葉。

 それに太郎が首を傾げれば、タロはニカッと太陽のような笑顔を彼へと向けた。

「何事にも自信を持て! 本当は怖くとも、駄目だと分かっていても、自信などなくとも、とにかく、なけなしの自信を持って行動しろ! 大丈夫だ、キミの自信の持ちようで、勇気も人も、運も、そして結果だって付いて来る!」

 それだけを告げると、タロはぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして走った。

 やはりさっきまでは、太郎に合わせて走っていたのだろう。
 校庭を走り回る清野にあっと言う間に追い付くと、タロはブンッと大きくステッキを振り上げた。

「とくと見よ、我が奥義! ペケポンペケポン、発動せよ……忘却魔法ッ!」
「が……ッ!?」

 その瞬間、バキンと何かが折れる音が響いた。

 次いで聞こえたのは、ドサリと清野が倒れる音と、コロンとアメの部分が落ちる音。

 そしてそれらの音の後、タロはストンとその場に着地した。

「……」

 見下ろした先にあるのは、気を失って倒れる清野と、壊れてしまった愛用のステッキ。

 右手に握る、折れた棒と化したそれを見つめ、タロは小さな苦笑を浮かべた。

「ふむ……さすがに三人は持たなかったか……」

 まあ、以前殴った二人ほりも、清野の方を強くぶん殴ったのだが。

 結構お気に入りだったのにな、とタロは小さく呟いた。

「タロ!」
「タロちゃん!」

 ふと、前後から太郎と樹が駆け寄って来る。

 太郎はタロの隣に立つと、地に落ちているピンク色の渦巻きに、表情を歪めた。

「タ、タロ……ステッキが……」
「気にするな。これはボクの魔力を増幅させるだけのただの道具。パラレルワールドに戻ればいくらでも売っている」

 また似たようなモノを買えば良い、と付け加えると、タロは視線を樹へと向けた。

「それよりも隊長、怪我はないか?」
「大丈夫よ。清野なんかに追い付かれる程、私はチョロくなんかないわ」

 まあ、思ったよりも早くてちょっと疲れちゃったけど、と付け加えながら樹が微笑めば、タロもまた安心したような笑みを見せた。

「でも本当に助かったよ、姉ちゃん。来てくれてありがとう」
「うむ、隊長がホクロ毛を引き付けてくれたおかげで、上手くヤツの後頭部をブン殴る事が出来、忘却魔法を発動する事が出来たのだ。協力、感謝する!」
「ふふっ、どういたしまして」
「でも姉ちゃん、どうしてここにいるの?」

 それは彼女が現れた時から気になっていた事。
 何故、彼女は自分達の前に現われたのか。
 そして、どうしてタイミング良くここに来てくれたのか。

「あら、それは妃奈子ちゃんに聞いたのよ」
「妃奈子ちゃんに?」

 気になる疑問をぶつければ、返って来たのは意外な名前。

 その名に驚いたようにして声を上げれば、樹はクスリと小さくはにかんだ。

「教室に戻ろうとした時、妃奈子ちゃんが慌てて生徒会室に飛び込んで来たのよ。『清野に盗られたスマホを、太郎君が取り返しに行っちゃったー』って。一緒にいた土田君が、『太郎と一緒に小さい変なヤツもいた』って教えてくれたから、タロちゃんも一緒だって分かってね。それで二人で清野のところに行ったんだなって思ったのよ」
「む? 小さい変なヤツ、とは……?」
「それで僕達を心配して助けに来てくれたんだね。でも、どうしてここだって分かったの?」

 首を傾げるタロになど構う事なく、太郎は樹へと更に疑問を問う。

 すると樹は、続けてその理由を口にした。

「校内を探していたら、音楽準備室から清野の怒鳴り声が聞こえて、様子を見に行ったの。そしたら中で太郎ちゃん達が清野と言い争っていて……。しばらく見ていたんだけど、突然吹き飛ばされるようにして、二人が窓から出て行ったかと思えば、その後に清野も飛び出して行って……。で、校庭の方へ逃げて行くのが見えたから、とりあえず私も自転車を取りに行ってから追い掛けてみたの」
「え? じゃあ、しばらく前から僕達の事見ていたの?」
「うん」
「……何で、もっと早く助けてくれなかったんだよ?」
「だって、私がいなくても大丈夫そうだったし……」
「そう言う問題じゃないよ……」

 樹が傍にいてくれれば、それだけでも心強かっただろうに。

 エヘッと可愛らしく笑ってみせた樹に、太郎は落胆したようにしてガックリと肩を落とした。

「ふふっ、でもカッコ良かったわよ、太郎ちゃん。清野相手にはっきりバカって言えちゃうなんて。私、惚れ直しちゃったなー!」
「惚れ直している暇があるんなら、早く助けに来てよ……」
「良いじゃない、スマホを取り返す事には成功したんだし。それに……」

 そこで一度言葉を切ると、樹は校舎の方に視線を向けた。

「惚れ直したのは、私だけじゃないかもしれないしねー?」
「え?」

 どういう事だろう?

 樹の言う意味が理解出来ず、太郎が眉を顰めた時だった。

「太郎くーん!」
「えっ!?」

 その場に響いたソプラノの声。

 それにハッとして視線を向ければ、そこには校舎の方から走って来る妃奈子と土田の姿があった。

しおり