第41話
マダガスカル島を脱出した後、コードルルーはどこへ行くあてもないまま海の上を飛んでいた。
他の者と鉢合わせぬよう──初めはそう思っていたが、なんだか段々ばからしくなってきた。その言い方が悪いならば、非効率的に過ぎる、とでも換言しよう。
どこへ行ったところで、鉢合わせする時はするものだし、逆にまったく傍合わせなどしないかも知れない。
地球に送り込まれたギルド員たちの数は確かに多いが、ここ地球という星の表面積はなかなかどうして広い。
そんな感じで、なかばやけくそ、なかば面倒くさがりつつ前進するコードルルーはやがて、標高の高い陸地を見出した。アラビア半島だ。半島の縁を取り囲むように聳える高地の上に、ルルーは辿り着いた。
この地における捕獲対象の存在を検索する。幾種かの動物名がヒットした。コードルルーは短期記憶帯に記銘するとデータベースを閉じ、のんびりと乾いた大気中をさらに前進していった。
最初に見つけた捕獲対象は、シマハイエナだった。長い前足をぴんと伸ばし、背中のたてがみを逆立てて、まるで巨大化したような錯覚を呼び起こさせるやり方で威嚇してくる。
「よう」ルルーは相手の虚勢に微塵もたじろぐことなく電子線を一頭に照射した。
一瞬で姿を消した同類を目の当たりにした他のシマハイエナたちは、近くにいる者も遠くにいる者も全員、散らばって逃走した。
ルルーは入手した『データ』を格納したのち、すました顔で前進を再開した。
次に遭遇したのはマントヒヒの群れだった。それは捕獲対象リストには掲載されていない種族だったが、ルルーはほんの一瞬だけ、ゲラダヒヒを捕らえられなかった代わりにこの霊長類を捕まえてやろうか、と考えた。
だがその思いはすぐに切り捨てた。本部の者に──もっと悪くすると他のギルド員どもにも──今自分が思い付いたのと同じこと、つまり『ゲラダヒヒで失敗した分をマントヒヒで取り戻した』と思われるのはまっぴらごめんだったのだ。そもそも奴らは『取り戻した』とは言わないだろう。『ごまかした』としか。
ルルーは首を振りつつ前進を続けた。
砂漠の上の、乾いた大気の中を飛ぶ。
ルルーが近づくのを知ったアラビアイワシャコが、鳥なのに飛ぶことをせず走って逃げて行き、ケープハイラックスたちが岩陰から小さな頭部を並べてのぞかせ、さらに近づくとさっと隠れる。どちらも捕獲対象ではないのでルルーは見て見ぬ振りをした。
ギルド員の中には、出遭う生き物を片っ端から捕らえ持ち帰るという闇雲な手段を取る者もいるようだ。しかしそういったやり方をする者で高い成果を挙げる者はほとんどいない。いたとすれば相当強運の持ち主で、仕事に関する能力ではなく恵まれたその運命の方だけが誉めそやされ羨ましがられることだろう。
そんなとりとめもないことをつらつらと考えながら飛ぶコードルルーの検知帯に、突然、それまでにない大きな──巨大な、ともいえるほどの刺激が捕らえられた。
「──あ?」ルルーはぴたりと止まった。
空中から、その刺激の発生源を慎重に観察する。
それは、結論としては動物だった。
コードルルーは、ただ見ていた。
それは──捕獲対象では、ない。
それどころか。
それは、コードルルーが今までに見たことのない、動物だった。
砂漠の砂の色の中、その体はひときわ輝くような、オレンジベージュの色をしていた。
体躯は、かなり大きい。
最初ルルーは、ライオンか? と思った、しかしまったくそうではなかった。
何故ならその動物はライオンよりさらにでかく、そしてなるほどライオンばりの豊かなたてがみを頭部周囲にもっているのだが、そのたてがみを割って、長い角が一本、まっすぐに突き立っているからだ。
アラビアオリックスか? 次にルルーはそうも思った、しかしやはりそれも違っていた。
何故ならその姿かたちはシカやヤギやウシのものではなく、食物連鎖の頂点に立つ者、王者の風格さえ漂わせる捕食者であることを確信させる、威風堂々たるものだったのだ。
その生き物は決して『逃げる』立場ではない。
『追う』、そして『狩る』立場の者だ。
ルルーは名も知らぬその動物を検知した直後、そこまでの判断を下した。
これは──
「レイヴンはまんまと罠にかかった」
前に聞いた──忌々しい記憶だ──本部の者の伝えてきた言葉が蘇る。
これは、レイヴンが探している動物なのか?
名も知らぬその生き物は、コードルルーに対して興味もなさそうに背を向け、いずこへともなく歩き出した。