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第39話

 海に向かって常に風が吹き続ける。それはつまり、レイヴンたちにとって行く手の方から吹き付けてくる向かい風というものだ。内陸部を目指すには、常に風に逆らって進まなければならないということだった。
 赤い大地を下に見下ろしつつ、ひたすら進む。
 赤い大地、それは砂漠だった。丈の低い草本、ツキイゲという細い葉を持つ植物がそこここに根を張っている。
 海を渡る時に鳥たちが「最初はあまり動物に会うことはない」と言っていたのだが、レイヴンは聞いていたのとは違う事実がそこにあるのを知った。
 多くの昆虫、トカゲ、小さな哺乳類などが、ツキイゲの陰に身を潜めていたのだ。そして、たまに陰から姿を現すと、素早く飛翔してきたハイイロハヤブサに捕らえられてしまうという場面にも遭遇した。
 それを見た後、オリュクスが外へ出たいと騒ぐのをぴたりと──一時的にせよ──止めたことは、ひとまずレイヴンにとって肩の荷が一つ下りたことには違いなかった。もちろん、ハイイロハヤブサが獲物として認識する対象動物のサイズの範疇に、恐らくオリュクスは含まれないだろう──大き過ぎて──と思われるなどとは、レイヴンは口に出して言わなかった。

「駄目だろお前」

 突然そんな声が届いた、かと思うと
「違うよお前」
「何がだよお前」
「ばかだなお前」
「何だとお前」
「何してんだお前」
「おうお前」
「やったなお前」
「ラッキーかお前」
「ちょっと待てお前」
 声の群れ、声の塊、声の密集物、そういった感じのものがレイヴンの集音帯にめり込んできた。
「うぐっ」思わず空中に停滞し、何事が起こったのか直ちに確認する。
「うわあ」
「すごい数」
「カラフルだなあ」収容籠の中の動物たちも一斉に驚嘆の声を挙げる。
 落ち着いてみると、前方に見えたのはセキセイインコたちの大群だった。緑、黄色、確かに鮮やかな色彩の鳥がそこには大勢存在していた。
「やめろよお前」
「何だよお前」
「どけお前」
「見えねえよお前」
「見るなお前」
「何だとお前」
 そしてセキセイインコたちは、寄ってたかってなにやら言い争いをしている。
「あ、あのこんにちは──」レイヴンは腰が引けるのを感じながらも挨拶をした。
「何か言ったかお前」
「言ったかお前」
「お前だよお前」
「どこ見てんだお前」
「ほらあれだよお前」
「何だよお前」
「あれだってお前」
「あれかお前」
「あれはお前」
「あれだよお前」
「あ、あの」レイヴンはそっと退散した方がよいのではないかと思いつつも、つい声をかけてしまった。「ぼくは、レイヴンです」
 しん。
 突然、セキセイインコのすべてが黙った。

「うん、レイヴン?」

 その隙間を縫うように、その小さな声はレイヴンの集音帯を振動させたのだ。
「あっ」叫ぶ。だが、
「レイヴンだとお前」
「レイヴンて何お前」
「レイヴンはお前」
「何か聞いたなお前」
「何だったよお前」
「憶えてないのかお前」
「憶えてるよお前」
「何がお前」
「レイヴンてあれだよお前」
「そうそうお前」
「仲間かお前」
「探してるんだお前」
「なんでだよお前」
「知るかよお前」たちまちレイヴンの声、ともするとその存在までもがかき消された。
「ああ、うるさい!」コスが苦言を呈する。
「行こう、レイヴン」キオスも困惑の声を挙げる。「耳がおかしくなっちゃう」
「──モ」レイヴンは弾かれたように上空へと急上昇した。
 カラフルな鳥の大群がみるみる下に遠ざかる。
「モサヒー!」そこでレイヴンは大きくその名を呼んだ。

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