第42話
ルルーは少しの間その動物の背中を茫然と見ていたが、やがて我に返るとひとまず後を追い始めた。
こいつはどこへ行こうとしているのか? この、果てしもなく続く砂の大地の上、仲間も持たず行くあてもなく、ただひたすらに歩き続けるつもりでいるのか? しかしそれは、どう考えてもかの動物の命を永らえさせる行いではないとしか思えなかった。
──そもそも、何故こんなところにいるんだ?
ギルド本部の者たちは、こんな砂漠のど真ん中にあの動物を解き放ったのだろうか?
そうだとすると、それは確かに他の動物どもや、小賢しい霊長類の、特に文明とやらを築いてふんぞりかえっている者どもにはそうた易く見つかりはしないだろうけれども、同時にこの『囮動物』の生存保持について保証を放棄することになりはしないのだろうか──
「おい」ルルーは自分でも気づかぬうちに声をかけていた。「お前」
その大きな動物は、ぴくりとも反応を返さなかった。ゆったりのしのしと、砂の大地を歩くのみだ。
「おい。囮のやつ」ルルーは苛立ってそんな呼び方をした。だがやはり反応はない。
ああもう。ルルーはまたしても自分で気づく前に、電子線の射出口をその動物に向けていた。そしてそんなことをする自分の愚かさにルルーが自分で吃驚している最中、疑問への答えが示された。
つまり、突如としてその動物の背から翼が生え出たかと思うと、そいつはそれをはためかせて上空に浮かび上がったのだ。
「うわ」ルルーは新たな衝撃と巻き起こる風に抗しつつ、大至急で移動速度を最大値に上げ追いかけた。
──翼……被膜か?
後ろからざっと観察したところでは、鳥のように前肢が翼化したものでもないようだし、体側の皮膚を伸ばし広げているようでもない。
つまりそれは、純粋に『取ってつけた』形の、独立した翼なのだ。
「なんだ、こいつ」ルルーは茫然と呟いた。
翼は文字通りその背中、恐らく前肢の付け根部分、肩の骨の辺りから伸びていると思われる。むろん鳥のような羽毛ではなく、その表面は他の体の部分と同じ、オレンジベージュ色の体毛に覆われている。
よく見るとその翼が広げられた後では、その動物の胴体部分はいくらかスリムになったようだ。つまり翼は、それを使わない時には折りたたまれて背中の上に乗っかっているのだろう。
しかし──あの翼で、あれだけの体躯を浮かび上がらせるほどの揚力が、得られるのか? 特に助走をつけて飛び上がったわけでもなく、本当に突然、やつはふわりと浮き上がったのだ。
「なるほど」またしてもルルーは独り呟いた。「それで捕まえたのか」
その飛翔能力を研究するために、そして可能ならば他の動物にも同様の能力を付加させたいがために、ギルドはこの動物を捕獲したのだろう。ルルーはそう推測した。
つまりは、またしても上層部の『誰か』の趣味と酔狂によって。
「哀れな奴だな」ルルーはどうにか追いついた動物の横からそんな風に声をかけた。
哀れ、というのが当該動物のことなのか、ギルド上層部の酔狂なお偉いさんのことなのかは、ルルー本人にもはっきりわかりかねた。