第88話 書式通りの始末書
司法局実働部隊隊長室。隊長嵯峨惟基特務大佐は渋い顔で目の前の部下達を眺めていた。隊長の机の前に誠が立たされていた。
誠の膝は緊張で震えていた。それはかなめ達を迎えに行った時に出会った租界の駐留軍の警備兵の向けてくる銃口が誠にトラウマを植え付けたからだった。
土下座外交で知られる嵯峨が甲武陸軍の上層部に頭を下げて回ったおかげで、かなめとランが暴れまわったことの釈明の書類を提出することで話はついていた。甲武軍の駐留部隊の被害は警備車両三台に負傷者十二人。本来なら甲武軍駐留施設の監獄で数日を過ごすことになっても不思議ではない被害状況と言えた。
ともかくさまざまな出来事に振り回された誠の頭の中は何も考えられない状況だった。
「で?言い訳くらいした方が良いよ。俺としてもその方が気が楽だし。俺も上司だしちゃんと聞くよ?誰が悪いの?」
「ですから今回の件に関しては私の見通しの甘さが原因であると……」
幼く見えるランが銃撃事件の責任を一人でかぶろうとしていた。その姿はあまりにもいとおしくて誠は抱きしめたい衝動に駆られた。隣で立っているカウラも同じように思っているようでじっとランを見つめていた。
「まあ起きちゃったんだからしょうがないよね。死人が無かったのは何よりだ。マスコミが動いてるみたいだけど……連中の狙いは毎度のことながら駐留同盟軍の汚職がらみってことで、うちの本丸の違法法術研究事件とは別案件みたいだから。まあ良いんじゃないの?司法局が汚職の捜査をしていたと勘違いしてくれれば租界の中身も少しは良くなるかもしれない。甲武軍他の駐留部隊の皆さんからは感謝状が欲しいくらいだよ」
そう言って嵯峨は手元の端末の画面を覗き込んだ。流れるニュースが東都の租界での銃撃戦に関するものがいくつかあったが、どの報道も租界の軍管理の特殊性を批判する論調ばかりで、甲武軍と銃撃戦を交えたのが司法局の関係者だと報じているものは無かった。
「今後はこのようなことが無いよう気をつけます!特に西園寺の銃器の扱いについては徹底的に指導しますのでご安心ください!」
ランの言葉に頷いた後、嵯峨はかなめを見つめた。
「……今後は出来るだけ自重します」
かなめの言葉とは裏腹に、その表情には一切反省の色は無かった。おそらく自分達に銃を向けた甲武軍の駐留部隊に対する怒りでかなめのはらわたは煮えくり返っているだろうことはこの部屋の誰もが分かっていた。
「そうしてくれると助かるな。銃はね、人を殺す道具なの。自衛のためとはいえ、バカスカ撃たれるとこっちとしても迷惑なんだ。銃は持つなとは言わないよ。かなめ坊にとっては精神安定剤みたいなもんだからな。でもあんまり撃たないでね。それだけが俺からできるお願い」
嵯峨はそれだけ言うと端末のキーボードを素早く叩いた。恐らく駐留軍の上層部へとメールを打っているのだと誠は思った。
「それと言っておくけど、一応決まりだからさ。始末書と反省文。今日中に提出な。よろしく頼むよ」
ランとかなめに目を向けた後、嵯峨はそのまま端末の画面を切り替えて自分の仕事をはじめた。ラン、かなめ、カウラ、誠は敬礼をするとそのまま隊長室を後にした。
「大変ねえ。かなめちゃんは何かというと発砲して……銃はおもちゃじゃないのよ?いい大人が分かってるのかしら?」
部屋の外で待っていたのはアメリアだった。かなめはつかつかとその目の前まで行くとにらみつけた。
「何?私の言うことに文句が有るの?タレ目ににらまれても怖くないわよ。それに今回悪いのはかなめちゃんじゃない。自分の責任は自分で取りなさいよ。というか、責任を取らされるランちゃんの身にもなって見なさいよ。そのくらいの想像力が有るんでしょ?かなめちゃんにも。大人でしょ?」
挑発するように顔を近づけるアメリアだが、その光景を涙目で見ているかえでの気配に気おされるように身を引いた。
「なによ、その態度。反省してないわね。全部甲武軍が悪いと思ってるでしょ?いくら自分が所属していた軍だからってその態度は無いんじゃないの?」
アメリアは非難する調子でかなめにそう言った。
「汚職軍人の一人や二人、射殺したって何が悪いんだよ!どうせ今回の件で汚職がバレて本国に送還されて、士族は切腹、平民は打ち首だ。死ぬのが決まってる兵士を早めに殺してやって何が悪い!」
誠は甲武の刑法は厳しいことは知っていたがそこまでだとは思わなかった。それゆえに今回の問題は甲武国内では大問題に発展する。そのことが誠の心配の種の一つに加わった。