第89話 たまの再会とくれば
「お姉さま!」
機動部隊の詰め所に待っていたのは隣の菱川重工豊川でシュツルム・パンツァーの訓練を終えたかえでだった。心配そうな顔のかえではそう叫ぶとかなめに抱きついた。
通称『18禁部隊』。かえでが小隊長を務める第二小隊はこの『特殊な部隊』でもさらに特殊な隊員達で構成された部隊だった。
「嫌です!僕は嫌です!せっかくお姉さまと同じ部隊になれたのに!お姉さまが
完全にマゾヒストモードに入ってすがりつくかえでに明らかにかなめはうろたえていた。かなめがかえでをそんなマゾヒストに調教したとはいえ、先ほどまでの怒りの矛先の相手にするにはかなめには心の準備が出来ていなかった。
「落ち着けかえで。今回は始末書だけで済むんだ……解雇だ?誰が解雇だよ!おい、アメリア!テメエだろ!かえでに妙な事吹き込んだの!こうなることが分かっててやりやがったな!そんなにアタシが困るのが楽しいか!」
かえでに抱きつかれて身動きできないかなめが逃げ出そうとしているアメリアを見つけてにらみつけた。
「クラウゼ。面白いからと言ってデマを流すのは止めておけ。それと、日野少佐。あまり人前でそのような変態的な発言は慎んだ方が良いのではないですか?一応これも立派なセクハラですので」
アメリアとかえでに向けてそう言うとカウラは呆れたように実働部隊の執務室に向かった。誠が見回すとランの姿ももう無かった。
「神前!アタシを見捨てるのか?テメエ!オメエはかえでの『許婚』だろうが!未来の嫁が虐められようとしているんだぞ!黙って見逃がすのか!かえでの事は全部オメエに預けるから!この状況をなんとかするのを助けろ!」
しかしかなめとかえでの間に入るとろくなことがないだろうと思えてきたので、誠はそのままかなめを見捨てて特機隊執務室へと入った。
「仲が良いのか、悪いのか……まあ良いんだろうな」
廊下で醜態をさらすかなめとかえでを見てカウラは珍しく心からの笑みを浮かべていた。一方ランはすでに書類の作成に集中していた。
「でもいきなり街中で発砲なんて……西園寺さんはそう簡単に撃たないと思っていたんですけど。あの租界の異常さ。やっぱり今の西園寺さんは特殊部隊で戦っていた時の西園寺さんに戻ってしまったんですね」
つい誠の口をついてそんな言葉が出ていた。
「当時の西園寺に戻っているのかどうかは私には分からない。ただ、東都戦争の時の方が凄かったらしいぞ。シンジケートの抗争が24時間絶え間なく行われていたんだからな。そんな中に銃を持って一人で取り残されたら私だってああなっていただろう。それを任務として経験していたんだ、西園寺は。そんな西園寺から言わせればあの程度の銃撃戦などちょっとしたいたずら程度の物なんだろう」
そう言うとカウラも今日も空振りだった調査結果報告書の作成の為に自分の端末を起動した。仕方ないと言うように誠も席についた。一人、第二小隊三番機担当の『男の娘』アン・ナン・パク軍曹が一人でみかんを食べていた。そこだけはこの機動部隊の詰め所の中で平和な空間だった。
「二人とも今のうちに日常業務を済ませておけよ。各国の駐留軍がアタシ等を目の敵にしてくるだろーから、明日からは忙しくなるかも知れねーからな」
始末書を書き始めたランが一瞬顔を上げてそう言った。カウラも端末の画面に目が釘付けにして書類を作る作業に集中していた。
そんな中、誠は起動した画面を見つめてそこに映る見覚えのない映像を見つけて呆然としていた。