第81話 何もつかめない焦り
「でも嵯峨捜査官もがんばったんすよ!警察とかの資料の閲覧の許可も取ったし、専任捜査官を指定してもらえるつうことで……でも、同盟厚生局だけは協力してくれなかったんっす。変ですよね。まあ、あそこは同盟機構と遼北人民共和国と言う後ろ盾があるからってうちと同じで同盟機構の組織じゃないっすか!それなのにあの反応。こっちが嫌いな東和の影響力の強い司法局の役人だからあんな対応を取ったんすかね」
憤る上司の茜の事を察してか、ラーナは必死になって茜の活躍を
「ラーナ。オメエ、アマちゃんだな。東和国内の役人については口約束なんていくらでもできるぜ。腐った人間の腐った口約束なんて誰があてにする。そんなの反故にされて終わりだ。そん時連中は何も聞かなかったことにして笑って誤魔化す。汚職役人はそう言うやり方で生きてきたんだ。これからもそうして生きていく。痛い目見てから気付いても遅いんだよ。それに同盟厚生局だろ?あそこは同盟機構でも遼北人民共和国が国の威信をかけて設立した組織だから、予算がたっぷり回ってくるところだからアタシ等を見下してるんだよ!相手にしなかったのもただ、連中がアタシ等を無能だと思っているからだけだ」
かなめはそう言いながらどんぶりにやかんから番茶を注いだ。その行動に明らかに違和感を感じたサラと島田は身を小さくしていつでも逃げられるような体勢をとった。
「でも!ほかに道なんか無いじゃないっすよね!連中が汚れてたって他に頼れる人がいないんすよ!どうすりゃいいんすか!教えてくださいよ!」
ラーナは昨日一日の成果を一言で全否定するかなめになんとか食らいつこうとした。
「そうですわね。かなめお姉さまの言う通りですわ。資料の閲覧許可は向こうに断る理由が無かっただけですし、専任捜査官の選定権限はあちらにあるんですもの。その選定がいつ行われるか、どのような人材が選ばれるかは私達ではどうすることも出来ませんわ。結局は私達だけでなんとかしないといけない状況は変わりませんわね。今日は一日無駄骨を折っただけ。明日も……いつになったら道が開けるのやら」
湯飲みを傾け少し口を湿らすと茜はそう敗北を認めた。カレーを盛ってくれたカウラから受け取り誠は静かにさらにスプーンを向けた。
「それでクバルカ中佐の方はいかがなのかしら。さっきの様子からするとこちらと違って手ごたえのようなものがあったように見受けられますけど。まあ、それが歓迎すべき内容なのかは別として」
茜の言葉にランは辛さに耐えるというように顔をしかめながら、サラから受けとった水で舌をゆすいでいた。
「ああ、アタシの方か?そちらさんに比べたらマシと言う程度であんまり期待されても困るんだがな」
そう言うとランの視線は自然とどんぶりを手にしているかなめの方を向いた。茜は何かを悟ったとでも言うようにそのまま自分の湯飲みを握り締めた。
「民間人の協力者を一人見つけたな。そんだけ……警備部隊に餌を撒いたが食いつく様子は今のところねえな。連中も例の変死体の発見以降は異様に警戒感を強めてるみたいだ。あれだけの餌、あっさり食いつくと思ったがまるで反応がねえ。こりゃあ連中も違法研究について噂くらいは聞いてるって感じだな。下手に動いて藪蛇になるのを恐れて食いつかねえんだろうな」
吐き捨てるようにそれだけ言ったかなめは、立ち上がって自分の湯飲みがあるカウンターの隣の戸棚に向かって遠ざかった。
「駐留軍。感心するくらい腐ってたな。あれじゃー情報も金次第ってところだが……予算はねーんだろ?」
ランの言葉に茜は苦笑いを浮かべた。専任捜査官二人しかいない法術特捜に捜査関係の予備費などあるはずも無かった。戸棚から自分の湯飲みを持ってきたかなめがやかんを手にすると冷えた番茶をそれに注いだ。かなめは自分の湯飲みだけを持ってきて番茶を勢い良く注ぐ。そんなときの彼女は不機嫌だと言うことはこの場の全員が知っていたので食堂は重い雰囲気に包まれた。
「研究の目的がはっきりしているんだから組織としてはそれなりの体をなしていると考えると、誰も知らないなんていうのが不自然ですよね。どこかに糸口があるはずじゃないですか」
そう言ったのはアメリアだった。誠はそれまでかなめに遠慮して隣の席から頬などを突いてくる彼女を無視していたがその言葉には頷くことが出来た。
「そうですわね。今回あの租界で拉致された人物が大量に居るという事実。そして監禁してそれで終わりってわけじゃないのですから。法術関係に詳しい研究者。法術暴走の際に対応する法術師。そしてその実験材料に使われる人材の確保をする被害者。それがあの近辺に潜伏しているとなればどこかで話が漏れていると考える方が自然ですわね。でもあの腐りきった世界では無料で私達に協力していただけるような親切な方の存在は期待しない方が良いですわね。私も今日一日、足を棒にして歩き回って良く分かりました。司法局本局には調査機密費の捻出を検討していただきます。こちらも金を払うとなれば、あの薄汚れた人達もきっと食いついてくるでしょう」
茜は覚悟を決めたようにそう言うと、すぐにかなめを見つめた。手に湯飲みを持ったまま、かなめは茜の言うことを聞いても何をいまさら言っているのかと言うように呆然と天井を見つめていた。だが、彼女も茜の言葉を聞いていたようで一口湯飲みに口をつけるとそれをテーブルに置いて話し始めた。