第62話 特殊部隊の通信手段
「待たせたな」
誠が助手席を持ち上げて後部座席に座ろうとするかなめとランを迎え入れる。かなめは袋からアイスキャンディーを取り出すとカウラと誠に渡した。
「なんだ?ずいぶんと毒々しい色だな。こんなアイス、豊川の駄菓子屋には置いてないぞ。それにあの値段。ここら辺は物価が安いんじゃないのか?あんな札で会計を済ませるような駄菓子屋を私は見たことが無いぞ」
カウラは袋を開けて出てきた真っ青なキャンディーに顔をしかめた。誠もその着色料と甘味料を混ぜて固めたようなアイスを口に運んだ。それはとても売り物になるような代物では無かった。そんなものに札で会計を済ませたかなめの経済観念を誠は疑ってかかった。
「こんなものになんでお札で勘定を済ませたんですか?そもそもこんなもの誰が食べるんです?この近くの人がいくら貧乏だからってこんなに不味いの……ああ、安ければ隊長なら食べそうだ。あの人月小遣い三万円だし」
口の中に合成甘味料の毒々しい甘さが広がった。そして吐き出された誠の言葉に、かなめは袋の中から一枚のマイクロディスクを取り出して見せた。
「買ったのはそっちの方でこれはダミーか。随分と凝ったやり口じゃないか。さすが元特殊工作員と言う訳だ。あの婆さんはおそらく何も知らないんだろ?アイスを買いに来た人間が大金を渡したらこのチップを付けろ。それだけ上部組織に言われて何も知らずに西園寺を待っていた訳だ」
カウラはアイスキャンディーを手にしながらそう言うとバックミラーを使って自分の青く染まった舌を確かめた。
「当たりめーだろ。何のためにアタシが芝居をしたと思ってんだ。西園寺ならこういうところで金で買える情報なら大概手に入ると踏んでてアタシは付き合ったんだ」
「あれが芝居か?本気で駄々こねたんじゃねえのか?そんなに発泡スチロールの飛行機が欲しかったのか?何なら今からでも買ってきてやろうか?」
「だから芝居だっていってるだろーが!」
ランの言葉に苦笑いを浮かべながらかなめは後頭部からコードを伸ばして携帯端末に直結してデータディスクを差し込んだ。
「オメエ等も端末出しとけ。昔なじみの情報屋との連絡はあの駄菓子屋を通すんだ。あの婆さんも変わらねえな。まあ、たった五年前の話だがな」
かなめの言葉にカウラもアイスを外に捨てた。誠はもったいないので最後まで食べた。胃が持たれて乗り物酔いとは別の吐き気が誠を襲った。
「ちょっと待てよ。プロテクトを解除する……よし」
誠の端末からもかなめの端末の数字が並んでいる表を見ることが出来た。
「あのう……」
それは奇妙に過ぎる表だった。端末に写っているのは臓器の名前と個数。心臓、肝臓、腎臓、網膜。その種類と摘出者の年齢、血液型、抗体など。延々とスクロールしても尽きない表が続いていた。
「租界の住民を使った臓器売買の売り買いのデータだ。司法警察に持ち込めば裏さえ取れれば警察総監賞ものだ。もっともこのデータを買ってくれる親切な人のところに持ってった方がすぐ金になるだろうが」
ランがそう言うのも当然だった。
「でもこれって……」
「租界に流れ込む難民の数と、出て行く難民の数。発表されて無いだろ?人間の使い道がこの土地じゃあ他とは違うんだ。租界の住民は臓器を生み出す機械でしかない。それが外の人間の中の人間に対する評価って奴だ。金で命は買えるんだよ。この街では」
かなめの言葉に誠は悟った。臓器売買のうわさは大学時代から野球と漫画のサークル活動に忙しい誠の耳にも届いてきていた。当時は臓器売買だけでなく薬物や武器までこの租界とその近辺を流れているという噂もあった。
そして誠が軍に入ると治安の維持権限の隙を突いて生まれたあらゆる非合法品の輸入ルートと言う利権をめぐり他国の工作部隊が投入されていると言う情報が事実だとわかった。そして同盟駐留軍の治安維持部隊も賄賂を取ってそれを見逃しているという別の噂を耳にすることになった。
武器の輸出規制が強まり薬物の末端での取締りが強化されるようになって、それでも上納金を求める暴力団や賄賂を待つ治安維持部隊に貢ぐ資金を搾り出すために行われるといわれる人身売買。都市伝説と思っていたものが事実であると示すような一覧が手元にあった。