第60話 東都租界周辺にて
誠は周りの世界の終わりを感じさせるような見渡す限りの廃ビルばかりが並ぶ景色を見て、以前誘拐された時の記憶がよぎるのを感じていた。あの時も誠が拉致されたのはこの付近にある廃ビルだった。確かに犯罪者のアジトとしては最適なのは誠にも分かることだった。
誠が隊に配属になってすぐに起きた誠の拉致事件の実行犯は調べに対し誘拐の指示とイタリア系のシンジケートに売り渡そうとしていたことは認めたが、それ以上の証言は取れなかった。
そして肝心の依頼者のイタリア系シンジケートの東都を統べるボスは証言を拒否していて、捜査は中座していると茜からは聞かされていた。すべては闇の中。あの事件は相変わらず誠にとっては『麻薬捜査事件で暴走した結果拉致された』と言う記録として残された経歴上の傷でしかなかった。
見回す町並み。ビルは多くが廃墟となり、瓦礫を運ぶ大型車がひっきりなしに行きかう。ここは死んだ街だ。殺された街だ。誠の中でそんな言葉が浮かんできた。
「カウラ、そこを右だ。しかし、この車のサスペンションだとこんだけ道路状態が悪いと乗ってて最悪だな。神前、吐かないか?」
かなめの声にしたがって大通りから路地へ入った。
「大丈夫ですよ。僕はもう乗り物酔いとはおさらばしました。『もんじゃ焼き製造マシン』の二つ名ともおさらばです」
誠は天井に何度も頭をぶつけながらそう言って笑った。そこは表通りの人っ子一人いない廃墟のような姿とは違い、地震の一つでもあれば倒壊しそうなアパートが並んでいた。ベランダには洗濯物がはためいてそこに人が暮らしていることを知らせていた。
道で遊んでいた子供達はこの街には似合わないカウラの『スカイラインGTR』を見ると逃げ出した。階段に腰掛けていた老人も、珍しい車を見て興味を感じるのではなく、何か怪しげな闖入者が来たとでも言うように屋内に消えた。
「ここ、本当に東都ですか?ほとんど廃墟じゃないですか?一国の首都としてこんな場所が有るなんて恥ずかしい事ですよ。再開発とかの必要が有るんじゃないですか?それ以前にここの建物。地震が一発来たらお終いの建物ばかりですよ」
誠の声にかなめが冷ややかな笑みを浮かべていた。そこには誠が何もわかっていない子供に過ぎないと言っている表情が浮かんでいた。
「『租界』で起きた東都戦争の余波って奴さ。その時はこの周辺まで戦闘の余波が押し寄せた。以来、企業も個人もいくら都心に近くて便利でもこんな危ない場所に住みたがらない。まあこんなところにスポーツカーに乗ってやってくるのはその無価値な土地の安い家賃に釣られて暮らしてる貧乏人に金を取り立てに来る借金取りくらいだろうからな。それとも何か?オメエはここの地元民が両手を上げて歓迎してくれるとでも思ったのかよ。自分がどこでも歓迎される立派な存在だなんて言うのは思い上がりだ。そんな存在はこの宇宙に一人も居ねえ」
かなめは皮肉を口にして笑った。まだ人が住んでいると言うのに半分壊されたアパート、その隣の一杯飲み屋には寒空の中、昼間から酒を煽る男達が見えた。酒を片手に濁った視線を投げてくるこの街の住人達はかなめの言うように誠達を歓迎すると言うより敵視しているように見えた。
「東都のエアポケットって奴だ。政府はここの再開発の予算をつけたいらしいが、見ての通り開発の前に治安をどうにかしないとまずいってところだな。例の死体はこの周辺で見つかったんだろ?こんなところ、住んでる地元民だって死体を見たって見ないふりだ。ここではすべての命の値段が軽いんだ。他の東和の地域とは違ってな」
ランはそんなかなめの講釈を聞きながら目をつぶったままじっとしている。カウラは貧相なパチンコ屋に目をやり興味深げにため息をついた。