最終日⑤ お宝を探せ
上の階では、おそらくまだ生徒達の美声が響いている事だろう。
その第一音楽室の真下に、その部屋はあった。
その部屋の名は『音楽準備室』。
別に合奏に使う楽器類が置いてあるわけではない。
その教室は、音楽教諭が授業の準備をするために用意された、先生のためにある部屋である。
つまりここは、音楽教諭にとっての教務室に当たる。
そして今現在、この学校にいる音楽教師は清野ただ一人。
まあ、要するに、ここは清野のアジトなのである。
「ここか、タロー。ホクロ毛のアジトと言うのは」
「アジトって言うか、清野の教務室みたいなところなんだけど」
「つまりアジトだろう!」
「……うん」
清野にスマホを返せと言ったところで、彼が大人しく従うわけがない。
ならばどうするべきか。
簡単だ、そんなモノ勝手に取って来てしまえば良いのだ。
では、そのスマホはどこにある?
おそらくは清野のアジトであるこの音楽準備室だろう……と、考えた二人は早速この部屋へとやって来たのだ。
妃奈子のスマホと言う名の宝が保管されているであろう、この場所に……。
「気分はさながら、アリババと四百人の盗賊」
「何か多くない?」
「もしくは悪の秘密結社に潜入する勇者」
「それは悪くない……って、そうじゃなくって! どうやって入るつもりなの? たぶん鍵が掛かっていて入れないと思うんだけど……?」
「鍵?」
そう、太郎が指摘した通り、この教室に潜入するには問題が一つだけある。
この教室の扉、当然だが常時解放されているわけではない。もちろん鍵が掛かっている。
防犯目的や、機密書類の外部流出防止のためだろう。
悪の大魔王とて、簡単に勇者もどきに潜入されるわけにはいかないのだから。
「合鍵はないのか?」
「清野が持っている鍵の他に、教務室に一つあるハズだけど……でも借りて来るのは無理だよ。僕達がここに入ったのが、清野にバレちゃうからね」
清野はおろか、教務室に借りに行くのも不可能だろう。
鍵を借りに行けば、その目的は聞かれるだろうし、もしかしたら清野の耳にも入ってしまうかもしれない。
それに何より、今は授業中だ。サボっている事がバレたら、当然教務室にいた先生に怒られる事は請け合いだろう。
とにかく鍵を入手するのは困難だと太郎が首を横に振れば、タロは困ったようにして、腕を組んで考え込んでしまった。
「うーむ、ではどうするか……」
部屋の中に入れなけば、スマホを取り返す事が出来ない。
最初から行き詰まってしまい、途方に暮れる二人であったが、不意に太郎がハッとしたようにして声を上げた。
「ねぇ、タロ、キミの魔法で開けられないかな? ほら、前に何度か樹姉ちゃんと僕の家に勝手に入ったでしょ? あの時使った魔法で、この教室の鍵も開けられないかな?」
確かに以前、タロは勝手に鍵を開けて、太郎の家に侵入した事があった。
その時に彼は、「こんな家の鍵、ボクの魔法でちょちょいのちょいだ」と得意気に言っていたハズだ。
だとすれば、この教室の鍵だって、彼の魔法でちょちょいのちょいと開ける事が出来るのではないだろうか。
「なるほど! その手があったか!」
なるほどと言うか何と言うか、出来れば自分で気付いて欲しかったところではあるが。
とにかくハッとしたようにポンと手を打つと、タロは早速とばかりにいつものペロキャンステッキを取り出した。
「任せろ、タロー! こんな教室の鍵、ボクの魔法でちょちょいのちょいだ!」
「あはは、頼りになるよ」
いつもいつもロクでもない魔法ばかりだと呆れていたが、まさか彼の魔法がこんなにも頼もしく見える日が来るなんて!
初めて期待の眼差しをタロへと向ければ、彼は杖を高々と掲げてその呪文を口にした。
「ペケポンペケポン! 開け、ゴマー!」
そしてその瞬間だった。
ボンっと音を立てながら、その杖を白い煙が覆ったのは。
「うわっ、な、何、何っ!?」
「ふふん、これで鍵を開けるのだよ」
「え……?」
何だか思っていたのと違う事が起きている気もしなくはないが。
白い煙が消えた時、得意気に笑うタロが握っていたのは、ペロペロキャンディのステッキではない。
代わりに彼が握っていたのは、柄の付いた細長い針金状の道具だったのである。
「何、それ……?」
「む、知らんのか? これで鍵をこじ開けるのだよ!」
「いや、そうじゃなくって……」
ふふん、ともう一度得意気に笑うと、タロはその針金を鍵穴に差し込み、ガチャガチャと鍵を開けるための作業をし始めた。
「あの、何をしているの……?」
「む? 何だ、タロー、本当に知らんのか? これはピッキングと言う行為で、鍵を使わないで鍵を開ける方法だ。本来であれば、もう一本別の道具が必要になるのだが、ボクは天才故、このピック一つで開ける事が可能なのだよ。ふふん、さすがボク!」
「いや、あの、ピッキングは知っているんだけど……。あれっ? それって魔法?」
「む? 魔法以外の何だと言うのだ?」
「え? えーっと……あの、僕の家の鍵ももしかしてそれで……?」
「当然だろう。まあ、ちょっと待つと良い。すぐに開けてやるからな」
「……」
違う! そう言うんじゃないんだ! 魔法で扉を開けるって言うのは、きっとそう言うんじゃないんだ!
やっぱり何かが違うタロの魔法に、「タロって魔法使いじゃなくって、手品師か何かじゃなかろうか」と、太郎が疑い始めた時だった。
カチンと軽い音が聞こえたのは。
「開いたぞ、タロー。ふふん、どうだ、ざっとこんなもんだ!」
「うわあ、本当に開いちゃったよ……」
「何だ、その言い方は! タロー、まさかキミ、ボクの魔法を疑っていたのではあるまいな!?」
「えっ!? あ、いや、そうじゃなくって……あの、その、何か僕が思っていた魔法と違ったから……」
「む? これ以外にどんな魔法があると言うのだ?」
「いや、良いんだ、別に……」
「?」
やっぱり何か納得がいかないが、とにかくこれで中に入る事が出来るのだ。
細かい事は気にしないでおこうと思う。
「まあ、良い、とにかく入るぞ! タロー、キミはヒナコのスマホを、ボクはヤツの財布を探すのだ!」
「はあ!? 財布!? 何言ってんの、駄目だよ、タロ! いくら清野とは言え、他人のお金を盗るだなんて! それじゃあ泥棒と一緒だよ!」
「安心しろ、盗るのはお金じゃない。クレジットカードだ!」
「余計悪質だよ!」
「ふん、冗談だ。まったく、ユーモアのない男はモテんぞ、タロー。何でキミはこんなにもノリが悪いのか……」
「そんな危ない冗談になんか乗れないよ!」
何で自分が悪いみたいになっているのだろうか。
律儀にマジレスをして来る太郎に呆れた溜め息を吐くと、タロはガラガラと音楽準備室の引き戸を開けた。
どうやら本当に開いたようだ。
「ほほう、ここがホクロ毛のアジトか……。ふむ、意外にも片付いておる」
清野のアジト、もとい、音楽準備室の中は意外にもキレイに整頓されていた。
机の上にあるのは小さい本棚と、一つに束ねられた何らかのプリントくらいで、他のモノは乗っていない。
その代わりと言っては何だが、周囲にあるいくつかの本棚の中に、楽譜や資料やらがギッシリと詰まっている。
こうして見ると、普通の音楽教師の準備室だ。
「でも、これ何の臭いだろう? ねぇ、何か変な臭いしない?」
「タバコではないのか? ほら、ゴミ箱に吸い終わったヤツが捨ててあるぞ」
キレイに整頓された部屋の中に充満するヤニの臭い。
どうやらそれはタバコの臭いだったらしい。
タバコの吸い殻を発見したタロは、その表情を顰めながら、同じような表情をしている太郎へと視線を向けた。
「ここでタバコを吸う事は許されているのか?」
「知らないよ。僕、先生の決まり事とかって分からないから。でもタバコの臭いってちょっと苦手だな。ねぇタロ、窓開けても良い?」
「構わん」
ゴホゴホと咳き込みながら窓に近付くと、太郎はその扉を開いた。
瞬間、心地よい風が中に入り、その苦手な臭いを掻き消してくれる。
ああ、気持ちが良い。
「あれっ、晴れてる。太陽も見えてるよ」
「む? ホットドッグの頃から見えていたぞ?」
「え、そうだったっけ?」
太陽の光を受けて煌めく雨露達を眺めながら、太郎はうーんと考え込む。
すると背後から、彼を急かすタロの声が聞こえて来た。
「そんな事よりもタロー、さっさとスマホを探すのだ! 晴れていたか雨だったかなど後でも良いだろう!」
「あ、う、うんっ、そうだねっ!」
つい、ぼんやりと外を眺めてしまったが、確かにそんな事をしている場合ではない。
タロの声にハッとして振り向けば、そこには、さっきのピックで机の引き出しの鍵をこじ開けようとしているタロの姿があった。
どうやら彼は、その引き出しの中に妃奈子のスマホがあるのではないかと、考えたようだ。
「こんな引き出しに鍵なんか掛けているのだ! きっとヤツの財……否、妃奈子のスマホはこの中にあるハズだ!」
訂正。
その引き出しの中に清野の財布があるのではないかと、考えたようだ。
「タロ……今のも冗談だよね?」
「もッッ!? もももももちろんだ! はははは、タロー、キミも冗談の分かる良い男になったではないか! ははははははッ!」
「……」
吃り方や、乾いた笑い声が気になるのだが。
とにかく太郎が白い目を向けた時、丁度カチンと軽い音が鳴った。
「む! 開いたぞ、タロー! スマホもきっとこの中だ!」
(『も』って何……?)
タロの言葉の一部が気になるが。
しかし、今はスマホの方が優先だ。
授業が終わるまでにスマホを見つけ出し、ここから撤退しなければ清野が帰って来てしまうのだから。
「タロ、あった?」
しかし太郎のその問いに、引き出しの中を一通り見終えたタロは、ふるふると残念そうに首を横に振った。
「いや、ここではないようだ。小銭一枚入っていない」
「……スマホは?」
「スマホもない」
(何でスマホの方が、おまけ扱いになっているんだろう……?)
念のためにと太郎も確認してみるが、やはり鍵付きの引き出しの中には、それらしいモノは見当たらない。
どうやら違う場所にあるようだ。
「タロ、他の場所も探してみよう!」
「うむ、そうするしかあるまいな」
妃奈子から奪い取ったそのスマホ。
保管するのなら、この教室のどこかにあるハズだ。
他の引き出し、棚の中、ゴミ箱の中や植木鉢の鉢の下……。
ありとあらゆる場所を、二人は探し回った。
思い付くまま手あたり次第に、探し尽くした。
「お、楽譜と楽譜の間からエロ本発見」
「何見付けてんの!?」
「む、DVDもセットか。家では見れんから、そのパソコンを使って見ておるのだな」
「戻して! 見なかった事にして!」
「えーと、濡れたあ……」
「止めて! 読まないで!!」
「お、部屋の角にミイラ化したダンゴムシがゴロゴロおるぞ!」
「ちょっ、何拾ってんの!? 止めて! こっちに持って来ないで!」
「ふむ、意外と掃除が……見ろ、タロー! ここにぶくぶくと太った蜘蛛の主がおる! 犯人はコイツだ!」
「だから持って来ないでってばッ!」
「知っているか? 蜘蛛は餌を食べる時、その体液を……」
「真面目に探してッッ!」
そんなやり取りを交わしながら教室中を探してみたものの、妃奈子のスマホは見付からない。
これだけ探したのに見付からないとなると、まだ探していない場所があるのか、探し方が足りないのか、それとも……。
「駄目だ、タロ。全然見付からないよ」
「ふむ……これだけ探してもないと言う事は、隠し場所はこの部屋ではない可能性も無きにしも非ずか……」
探しても、探しても見付からない事態に、太郎が溜め息を吐きながら椅子に腰を下ろせば、タロが腕を組みながら、うーんと考え込む仕草を取った。
「タロー、この部屋以外に、ホクロ毛が隠しそうな場所はないのか?」
「うん……清野の机がここにある分、教務室に清野の席はないから……。ここ以外には考えられないんだけどな」
「ふむ……」
音楽準備室と言う名の清野のアジトであるこの教室が、彼にとってスマホを隠すには最適な場所である事は間違いない。
しかし、こんなに探しても見付からないのだ。
それならば、他の場所に隠してあると考えるのが自然だが……。
でも、その隠し場所がこの教室以外には思い付かないのだ。
一体清野は、この教室以外のどこにスマホを隠したと言うのだろうか。
「は! そうだ!」
「え、どうしたの、タロ?」
何か思い付く場所でもあったのだろうか。
うんうんと考え込んでいた二人のうち、先に声を上げたのは意外にもタロの方であった。
「魔法だ! ボクには魔法があったのだった!」
「え、魔法……って?」
「闇魔法の一種だが、失くした物を見付けると言う、便利な魔法があるのだよ!」
「ええっ、そんな魔法が使えるの!?」
「ふふん、ボクを誰だと思っている? 大天才魔法使い、タロ・ヤマーダ様であらせられるぞ!」
(そう言うんなら、一番最初に思い付いてよ、それ……)
そうすれば、こんなにクタクタにならなくて済んだのに。
「まあ、任せろ、タロー! このボクが、ちょちょいのちょいと見付けてやるぞ!」
「えー……?」
いつの間に、ピックからペロペロキャンディに戻したのだろう。
しかしその魔法の杖を持ちながら、自信に満ち溢れた笑みを浮かべるタロに、太郎はじっと疑いの眼差しを向けた。
「今度こそ大丈夫なの?」
「なぬっ!?」
その一言が心外だったのだろう。
失礼なその言葉に、タロは怒ったようにして声を荒げた。
「何だ、その言い方はっ! それではボクの魔法がいつも失敗しているみたいではないかっ!」
「失敗しているって言うか、何かいつもズレているって言うか?」
「ズレているとは何事か!? キミはボクの魔法に何か不満があるとでも言うのか!?」
「何って言うか、不満だらけなんだけど……」
「何をーッ!?」
「だってキミの魔法には、絶対何かしらの厄介事が付いて来るじゃないか」
「厄介事っ!? そんなモノがいつ付いて来た!? ボクは役に立つ魔法しか使った覚えはないぞ!」
「……。まあ、良いけどさ。とにかく、スマホを探すんだよ? いい? 妃奈子ちゃんのスマホだからね? 間違っても清野の財布なんか探さないでよね?」
「………………。キミはボクをバカにしているのか!? そんな事は分かっている! 当然だろう! ボクはヒナコのスマホを取り戻すためにここにいるのだからな!」
(じゃあ、今の間は何なんだよ?)
不満は多々あるが、それでもこれ以上は言い争っていても仕方がない。
分かっているんなら良いけどさ、と仕方なく納得してやれば、タロはプリプリと怒りながらも、その杖を大きく振り上げた。
「見ていろ、タロー! ボクが華麗にヒナコのスマホを見付けてやる! そしてそんな無礼な暴言は、ニ度と吐かせなくしてやるんだからなっ!」
「うん、是非お願いするよ」
今に見ていろと言わんばかりに吐き捨てると、タロは声高らかにあの呪文を口にした。
「ペケポンペケポン! 来たれ、ヒナコのスマホ―!」
こんな魔法で妃奈子のスマホを見付ける事が出来るのだろうか。
タロが呪文を唱え終わると同時に、シンと静まり返ったその教室。
しかし、室内が静まり返っただけで、それ以上何かが起こる気配はない。
もしかして失敗だろうか?
そう思った太郎は、杖を振り上げたまま固まっているタロへと声を掛けた。
「何も起こらないけど……。もしかして失敗?」
「む、何を言うか!」
またしてもその一言が心外だったのだろう。
タロは杖を下ろすと、ムスッとした目を太郎へと向けた。
「ボクの魔法に、失敗と言う言葉はありえん! まあ、待っていろ。すぐにスマホがやって来る!」
「やって来る? それって、妃奈子ちゃんのスマホに足が生えて、スマホの方からこっちに来てくれるって事?」
「うむ、似たような事だ!」
「ふーん………」
何か変な魔法だな。いや、これくらい変な方が、魔法っぽくて逆に良いのか。
と、太郎がそう思っていた時だった。
『な、何だ、これは!?』
廊下の方から、男の驚く声が聞えて来たのは。
『か、体が勝手に……ッ、一体どうなっている!?』
バタバタと廊下を走る音とともに、徐々に大きくなって来る男の声。
どうやらそれは、こちらに近付いて来ているらしい。
その近付いて来る音と声に、太郎は訝しげに首を傾げた。
「ねぇ、タロ? 何か声が聞こえるんだけど。それに、足音も段々こっちに近付いて来ているような気もするんだけど……?」
「ああ、スマホの歩く音だ。もうすぐこちらに到着するのだろう」
「じゃあ、この声は何?」
「スマホの声じゃないのか?」
「スマホって喋るの?」
「え? 喋らないのか?」
「こっちの世界のスマホは喋らないんだけど……」
「……」
「……」
あ、何かものすごーく嫌な予感がする……。
顔を見合わせて、二人がそう思った時だった。
「何だ一体!? どうなっている!?」
やっぱりと言うか、何と言うか。
ラスボスが登場した。