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恋仲

 「ふぅー」

 息を整え包丁を一本打っていく。

 始めは加熱、叩きの工程。
 地金になる極軟鉄を赤くなるまで熱し、ハンマーで叩く。

 叩く度、火花が散り、額から汗が滲む。

 だが、いい感触だ。

 甲高くも乾いた音が鍛冶場に響き渡る。
 
 次に軟鉄と鋼の接合、そして鍛造。
 
 ホウ砂と酸化鉄を混ぜた接合材を振りかけ、鋼をのせる。またそれを再び赤くなるまで加熱しハンマーで叩き込む。

 ここから鍛造をしながら、おおよその形にしていき、鋼が縮むところまで温度を下げる。

 叩き込むこと温度を下げたことにより、不純物を出すのがこの工程の肝。

 うむ、上手くいっておる。いい塩梅だ。

 この工程を終えたら万力で挟み厚みを確認し、包丁本来の形からはみ出た材料を切り落としていく。

 よし、厚みも均一に出来ておるな。

 切り落とし形を整えられた鋼が赤くなくなり、少し黒ずんできたら、再びハンマーで叩き鋼を締め成形し、水で冷やす焼き入れと熱した油で冷やす焼戻しを行う。

 これでようやく仕上げ工程にいける。

 集中し過ぎているのか、途中から師匠の視線も周りの音も気にならない。

 今、聞こえるのは己の呼吸と鍛冶をする音のみ。

 静かに呼吸を整え、仕上げ工程へと移っていく。

 自然と体全体に気合いが入る。

 ここからは焼き戻りが起こらないように、集塵機の設置された場所へ移動し荒い砥石で仕上げる工程から、紋様を付ける化粧研ぎ、バフ掛けを行う。

 ゴーグル越しでもわかる。

 これは儂が今まで打ってきた得物の中で、一番の出来だ。化粧も上手くいっておるし、歪みも全くない。
 加護なしだからこそ、一つ一つの工程を丁寧に取り組めた結果だろう。

 念の為、磨き終えたのでゴーグルを外し、歪みが欠けなどがないかを確認する。

「うむ、問題ない」

 問題がなかったので木槌を使用し柄入れする。

 そして最後。

 銘切り。

 これを終えれば儂の魂を込めた包丁が出来上がる。


「ゆくか――」
 

 ――儂が刻印器で銘切りをしようとした時。


 師匠が割って入った。 

「よし、ちょっとまて」

「ですが、師匠まだ……銘切りが」

「わかってら、銘切りはあとだ。まず、俺に見せてみろ」

「わかりました」

 何故、銘切りの前に止めたのだろう。

 確かに今まで銘切りはしたことはない。

 だが、鍛冶と比べて難易度は低いのだ。

 ここで打ち損じるようなヘマはせん。

 儂が師匠の対応に疑念を抱いていると、出来た包丁片手にとんでもないことを口にした。

「っと、そうだな……言っておくが、これで俺を納得させれなかったら悪いが破門だ。ここを辞めてもらう」

「もし納得して頂けれなかったら、わ、儂は辞めねばならぬのですか?」

 突然、辞めなければいけないとはどういうことだ。
 もしやこれ以上儂に成長が見込めないということなのか?

「ったりめぇだ。娘を貰うだの、店を継ぐなんて冗談でも口にしちゃいけねぇ! 俺はまだ現役だしな」

「いや、それはママさんが――」

 これはさすがに理不尽過ぎる。

 まだ、将来に見込みがないと言われた方が腑に落ちる。

 そもそもこの件について、儂は一度も肯定しておらん。

 もちろん、雪ちゃんと交際したい気持ちはあるが。
 
「ゆーちゃんは関係ねぇ……これは漢と漢のぶつかり合いってもんだ! ドンテツよぉ、お前さんは逃げるのか? 雪子のことが好きなんだろ? ここに来て尻尾巻いて帰るか? どうするよ!」

 逃げる? この儂が? 勇者パーティ守りの要のこの儂がか。

 それは――。

「儂は……」

 覚悟を決めた。

「師匠……儂は逃げん、望むところだ! その代わり、儂が勝ったら師匠には一線を退いてもらうし、雪ちゃんも店も貰い受けるぞ!」

 しまった。

 えらい啖呵を切ってしもたの。

 どうやって、この場を治めるか。

 周囲を見渡すが、雪ちゃんは顔を真っ赤にしそれどころではなく、ママさんに限っては満面の笑みを浮かべている。

 もう引けんな。

 漢ドンテツ。ここで骨を埋める気持ちで挑むしかあるまい。

「おうおう! 口癖も初めて会った頃戻ってるし、なかなかのことを言ってくれるじゃねぇか! それでこそ、俺の弟子だ」

 師匠はニコッと微笑むと、儂の打った包丁を凝視する。

「ふっ、いいじゃねぇか……化粧もいい具合に入ってる。しかも、この速度よ。加護とか何とかの力じゃねぇんだよな。やっぱよ……」

「ありがとうございます! ですが師匠、儂ってそんなに早いんですか?」

「早ぇな。いいか? 本来、和包丁を打つのはな。一、二ヶ月掛かる」

「包丁一本に一、二ヶ月?!」

「ああ、そうだ。それが普通だ。けど、ドンテツ。おめぇはそれを遥かに超える速度で打った。ただ、早いだけじゃねぇ俺ら職人から見てもいい最高の一本をな……よしっ」

 少し寂しそうな表情を浮かべると、儂の手を握った。

 ゴツゴツとした、儂らドワーフよりも真摯に鉄と向き合い打ち続けた真の職人の手。

 魔法や加護を頼りに鍛冶をしてきた儂らの時間より、師匠が向き合ってきた時間の方がよっほど尊い。

 儂はそう思う。

「ドンテツ……銘切りを許す」

「し、師匠、ということは――」

「ああ……合格だ。月乃屋商店をお前に任したい。雪子とも仲良くやってくれ」

「つっちゃん……」

「へへっ、俺も親だからな……娘の気持ちを一番大事にしてぇ。ただ、うちは鍛冶屋。普通の家庭のようにおいそれと許可は出せねぇ……だが、こんな一本を見せられちまったらよぉ。許可しない方が野暮ってもんよ」

「お父さん……」

「まぁ……でも、あれだ。清く正しく、まずはお互いを知ってからだな――」

「うふふっ、つっちゃんたら! さっきも言ったけど、結婚じゃなくてお付き合いをするって話よ?」

「あ、えっ?! そうなのか!? いやでもよ、付き合うって言うなら、結婚するってことだろうよ! しかも、俺はドンテツと約束したんだぞ? 漢として、ケジメはつけねぇと」

「ふふっ、全くいつの時代よ。ドンテツちゃんはつっちゃんに迫られたから、ああ言うしかなかったの! つっちゃんたら、一度言い始めたら人の話を聞かないじゃない?」

 ママさんに図星を突かれたのか、先程まで饒舌だった師匠が黙り込む。

 やはり、ママさんは凄い。

 さすが雪ちゃんのママさんだ。

「それにね、私を口説いたのは幾つの頃だったかしら? 確か出会った瞬間にプロポーズされたような――」

「だぁああーー! お、俺の話はいい! もうわかった。 とにかく……あれだ。付き合うなら結婚するくらいの気持ちでいろってことだ」

「うふふ、もう無茶苦茶ね! まぁ、そこがいいんだけど」

 顔を真っ赤にする師匠をママさんは愛おしそうに見つめている。

 完全に二人だけの世界だの。
 何にしても、尊敬する師匠に認めてもらえて良かった。
 それに――。

「で、ではテツさん、改めてよろしくお願いします!」

「う、うむ」

 こうして雪ちゃんと交際することになったわけだしの。

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