鉄を打つ
儂の名はドンテツ。鉄の国アイアンに工房を持つドワーフ族だ。
歳は三十ちょうど。少し前までは歳がわかりにくいと言われておったが、最近は何も言われなくなった。
儂が若いということが知れ渡ったのか、それとも皆が儂の顔を見慣れて何も言わんくなったのか……。
まぁ、何にせよピチピチの若人であることは変わりない。
今でこそ注目を浴びることはなく、魔法も使う機会がないが、これでも元勇者パーティの守りの要を担っておった。
そんな儂だが、今日で月乃屋商店という鍛冶屋と商店を営んでいる店で働きもう半年くらいになる。
ようやく加護を付ける癖を直し、鍛冶師としての腕一本で得物を打てるようになった。
打てるようになったことで、鉄に対する師匠の真摯な姿勢に尚の事頭が上がらない。
だが、その師匠よりも頭が上がらない存在がいる。
それは家庭をやり繰りする雪ちゃんのママさんである雪緒さんだ。
ママさんは、どうやら儂が雪ちゃんに好意を抱いていることを察しているようで。
ことあるごとに「雪ちゃんをお嫁にするなら」や「この月乃屋商店を継ぐには」などを口にする。
だが、儂らはまだ付き合っておらんわけだし、店を継ぐのなどまだまだ師匠も現役。
そもそも雪ちゃんの気持ちはどうなるのだ。
とはいえ、カルファのように所構わず話題を振るわけではなく、儂と二人になった時のみ小声で聞いてくる。
配慮ができる人ではあるが、少し苦手ではあるやもしれん。
「むう……一体、どうしたものか」
ここ最近は、鉄を打っていてもこのようなことばかりが頭に浮かぶ。
しかし、今は鉄のことに集中しなければならぬ。
カルファ的に言うと、この間も給料が発生しているわけだからの。
だから、儂は今日もハンマー片手に鉄を打つ。
――カーンカーン。
鍛冶場で鉄を打つことに夢中となっていると、透き通るような声色が響いた。
「テツさーん、今日も精が出ますね!」
振り向くとそこには接客用の巫女のような服装をした雪ちゃんがいた。
今日も素敵だの。
何より、控えめな笑顔がいい。
それに予想外のことが起きた時のお転婆な感じ。
だが、鉄を打つ時は儂ですら感嘆の声が出るほどの集中力。
そう、この何とも言えないギャップ。
儂は雪ちゃんが間違いなく好きだ。
「テ、テツさん……そんなに見つめないで下さい……さすがに恥ずかしいです」
「ぬわぁ! すまん。わ、儂としたことが――」
「あらあら、今日もお熱いね! 早く付き合えばいいのに」
儂らのやり取りを見ていたのか、ママさんがニコニコしながら、店の方から鍛冶場へと歩いてくる。
付き合えばいいなどと、実の母親が口にするとは……この国の恋愛事情は進んでおるな。
儂らドワーフなんぞ、両想いであろうとも三度礼を尽くした後、その親族に恋人になる許しを乞う。
それが認められるとようやく交際を始めることができる。
だが、これで終わりではなく、その後にまた親族によって工房が将来安泰なのか酒は強いのかなど。
この日本で言うところの身辺調査のようなものが行われるのだ。
なので、儂としてはこの日本くらい自由な方が嬉しいのだが。
しかし、そうはいっても、やはり一番は雪ちゃんがどう思っているかが大事で――。
そんなことを考えながら、ふと後ろを向いた。
「むう?!」
そこにはまんざらでもない態度をしている雪ちゃんがいた。
顔はほんのり色づき照れているように見える。
「お母さん、付き合うって……そ、そんなテツさんの気持ちもあるんだかさ……その――」
「あははー! どう考えたって両想いじゃないの! どっちにも焚き付けていたけど、このままじゃ埒が明かないからね! もういっそのこと今から付き合いなよ!」
「「い、今?!」」
たまたま、儂と雪ちゃんの声が重なる。
交際したいとは思っておった。
だが、今とは――。
ママさんの大きな声が聞こえたのか、店番をしていた師匠が血相を変え駆けてきた。
「おい! 待てって! 雪子はまだ、二十八だぞ? 結婚には早ぇっての」
なかなか盛大に勘違いしておる。
師匠は鍛冶や雪ちゃんのこととなると、全く冗談が通じん。まぁ、冗談というか……まだそんな関係ではないというのが儂の本音なのだが。
「つっちゃん! いい? 時代は進んでいるの! そもそもまだ結婚とは言ってないじゃない!」
「言ってなかったか? いや、もうそんなことはどうでもいい! ドンテツ! 今から一本打ってみろ! おめぇが一番だと思える一本をな。ただし、妙な異国の何だったけ? 加護とかいうやつは絶対に使うな! お前の鍛冶師としての腕のみを俺に見せてみろ!」
「わ、わかりました! 師匠」
視線に佇まい、間違いない真剣な時の師匠だ。
こうなると、その前に笑っていようが怒っていようが泣いていようが全く関係ない。
ただ、儂が鉄に対して真摯に向き合っているかだけ見る。
ちなみに加護については、それとなく誤魔化している。
儂の国で秘伝とされる技術とかなんとかと。
この世界は便利なことにそれっぽい動画を見せれば、大体の人が納得してくれるのだ。
こういった対応はあまり感心されたものではない。
その事は理解しておる。
だが、儂はどうしても明かさねばならん時が来るまでは、このまま貫くつもりだ。
「よし、では始めます!」
「おう、見せてみろ!」
眼光鋭くする師匠の視線を背中に受けながら、まずは準備をする。
緩んでいたつなぎを結び直し気合いを入れ、分厚い皮手、皮製のエプロンの紐もキツく締める。
そして、鍛冶用のゴーグルを付けた。