第2話 みんなでプラモ作り
「なんだ?来てたのか。珍しいじゃねえか、茜がこんなところまで来るなんて。法術特捜ってそんなに暇なのか?オメエも作るか?プラモ」
そう言って目の前の城状の物から目を離して西園寺かなめは顔を上げた。非番の日に従姉に当たる彼女が何をしていても茜が口を出す必要はなかったかもしれない。茜は慣れない手つきで作業をしている茜にとっては従姉妹にあたるかなめに引きつった笑みを返した。
「ああ、いらっしゃい!茜ちゃん来てたの。作業に夢中で気付かなかったわ。サラ!お茶入れてあげなさいよ!そのくらい気が付かなきゃ島田君と上手くやっていけないわよ。もう一年も付き合ってるんだからそのくらいの気遣いぐらいできるようにならなきゃ駄目じゃないの」
目の前の人型機動兵器『05式特機乙型ダグフェロン』の仕上げに集中していた手元から目を離したアメリアが、汚れないように後ろに縛った紺色の長い髪を振って隣に座っているサラ・グリファン中尉に目をやってそう言った。
「えー!私が?それになんで正人の話がそこに出てくるのよ!二人で一緒に仲良くしているだけで私達は十分なの!だからこうして仲良くしてるってのにねえ……正人!」
そう言ったのはピンクのロングヘアーが目立つ運用艦『ふさ』の管制オペレータでアメリアの部下に当たるサラ・グリファン中尉だった。彼女は付き合っている技術部部長代理にして整備班班長の島田正人准尉の目の前の物から目を離してアメリアに抗議した。
「アメリアさん、サラをこき使うのもいい加減にしてくださいよ。こういう時はパーラさん……って今日は来てないか。あの人は気が付く人だからこういう時は率先してお茶を入れてくれるのにな。あの人が居ないとアメリアさんは面倒ごとを全部他人に押し付けるからな。パーラさんが居ると本当に便利なのに」
この場に居ないこの『特殊な部隊』唯一の常識人にしてほとんどの隊員から『使用人』として認識されている悲劇のヒロイン、パーラ・ラビロフ大尉は今日は出勤の日だった。そのことはまた面倒ごとを押し付けられそうなこの雰囲気の中で、今日が出勤日だったと言うことは彼女にとっては幸運なことなのかもしれなかった。
「じゃあ階級の低いの……ってことで、
かなめはそう言っていつも脇にぶら下げているホルスターの中に入った銃を叩くと、彼女の横で防塵マスクをして作業に集中している大柄な青年に目を向けた。
「……僕がですか?西園寺さんはいつだって僕に面倒ごとを押し付けるんだ。そして逆らうと『射殺する』って……言われてるこっちの身にもなってくださいよ。僕はいつでも西園寺さんの使用人扱いなんですから。いくら甲武国で一番偉い貴族だからってここは東和共和国です!貴族制なんかは有りません!」
青年は塗装用スプレーのコンプレッサーを止め、目の前の美少女フィギュアの塗装の作業を中断した。彼が遼州司法局の切り札とまで言われる『法術師』でありシュツルム・パンツァーパイロット、
茜は食堂を見回した。そしてその光景がとても休日に『男子下士官寮』の食堂で見られる光景ではないことを再確認した。
サラと島田は仲良くバイクのプラモデルを組み立てていた。隣のかなめの目の前にはどこで手に入れたのかも謎な姫路城の模型があり、ピンセットで庭園の松を植えているところだった。カウラが格闘しているのはタイガーⅠ重戦車であり、真面目な彼女は必死になってキャタピラを組み立てている最中だった。そしてアメリアは最近新発売になった誠の愛機、シュツルム・パンツァー『05式乙型』愛称『ダグフェロン』にウェザリングを施していた。
要するに彼等は非番をいいことにいい大人がプラモで遊んでいるのである。
「皆さんもお茶は飲みますか?」
誠の声で食堂の住人全員が手を上げる。そしてその勢いに押されて茜と一緒に食堂に入って来た茜の直属の部下カルビナ・ラーナ巡査までも手を上げていた。
「まったく!テメー等この良い天気に部屋でプラモかよ!もっと生産的な趣味はねーのか?将棋とか、カラオケとか、ドライブとか!もっと生産的な趣味を選べ。そんなプラスチックの塊を組み合わせるだけの作業のどこが楽しいんだ!」
あざ笑いながら茜を押しのけるようにして食堂にずかずか入ってきたのは東都警察と共通の司法局の勤務服に身を包んだ八歳くらいの少女だった。
「それは全部ランの姐御の趣味じゃないですか。そうだよな、大人がやるから変に見えるんだな。中佐殿、お子様な中佐殿ならお似合いなのではないですか?お子様がプラモを作っていても誰も不審に思わねえや。いいねえ、永遠に八歳児なんて。うらやましい体質の持主って奴だ」
松を植えるのに飽きたかなめが茶々を入れる少女はどこか育ちが悪そうな風にしか見えない。彼女の正体は司法局実働部隊副部隊長であり機動部隊隊長を兼ねるかなめ達の上司に当たる人物である。そんなクバルカ・ラン中佐はすぐにでも怒鳴りつけそうな勢いでかなめに向かって迫った。
「あのなー、そう言うことを言ってるんじゃねーんだよ。なんで部隊の掲示板全部にプラモ屋のコンクールの応募要項がなんで貼ってあったんだ?うちはそんなに暇か?そんなことしてる暇が有ったら体力づくりの為にランニングでもしてろ!神前も昨日は20キロちゃんと走ってるんだぞ。アタシ達の仕事は一に体力二に体力。体力がすべてに優先する職場なんだ!その自覚を持て!休日も体を鍛えるために運動を積極的にするくらいの心構えが望ましー!」
ランは自分の見た目にコンプレックスを持っていて、子供扱いされることが嫌いだった。戸籍上の年齢は一応、34歳である。誰もがそうは見えないと言うが、彼女が十年前の遼南内戦のエースであったところからしてもその年齢は妥当と言えた。そして大の酒好き、趣味もどこか親父臭い。どうしても年齢より上の感覚で生きている永遠の少女だった。
「あ、ランちゃん、プラモのコンテストのポスター貼ったのは私の仕業!なんだか、あそこのおもちゃ屋のおじさんと仲良くなったら、あっちこっちにポスター貼ってくれって頼まれちゃって。それでとりあえずうちに貼ってあるの。ランちゃんも作る?」
そう言ってアメリアが開き直ったように手を上げた。それを見るとランは今度はアメリアに向かって鬼の形相で歩いていった。
「クバルカの姐御。どたばた動かないでくださいよ!今デカール貼ってるところなんですから!ここの仕上げが肝心なんです!なんと言ってもバイクは見た目がかっこよくないと」
バイク好きのヤンキーである島田がピンセットでバイクをつつきながらつぶやいた。それをサラは笑顔で隣から見つめていた。
「ああ、クバルカ中佐もいるんですね。確か茶菓子が……」
先ほど指名されて厨房に茶を入れに行った誠がカウンターから顔を出した。その様子がさらにランをいらだたせることになった。
「まったく、テメー等には非番だからって緊張感がなさすぎだぞ!もっと常在戦場の心構えを持ってだな……」
説教を始めようとしたランをアメリアが遮った。
「ランちゃん。いくら不死人でそんなことを気にしてたら老けるわよって言われないからって非番の日まで説教をすることは無いでしょ?仕事は仕事。休みは休み。それで良いじゃないの」
口から先に産まれてきた女の異名を持つアメリアの前ではランは見たまんまの八歳幼女の様に扱われるしかなかった。