転移魔法
「まずは|風絶《ふうぜつ》」
念の為、匂いや音、気配を消すオリジナル魔法を使う。
「そして|追跡《トラッキング》」
詠唱と同時に、きらきらと輝くマナがカツラの位置と頭頂部の位置も知らせる。
「よし! 捉えました」
周囲の方々は、先生の頭頂部が突然光り出したことで慌てふためいている。
ここでやめるわけにはいかない。
次だ。次の工程に。
扉から扉へ繋げるイメージで。
「つ、繋がった……あとは扉を開けて移動させるだけだっ!」
私が力を込めた瞬間。
亀川先生の頭頂部は光り輝きバリッという音が響いた。
そして目を開けたら――。
「カ、カルファさん……やりましたよ! 成功です!」
喜ぶ舞香さんに、頭を確認する先生、首を傾げるファンの方々、先生を心配するイベント関係者の姿が舞い込んできた。
どうやら、私は転移魔法に成功したようです。
まだ、とても短い距離ですし、カツラということもあり実感は湧きませんし、周りの視線が刺さる気もしますが。
けれど、これで大きな一歩を踏み出せました。
あとはとにかくバレないように特訓すれば、いずれトール様のようになれるはず。
「って、カルファさーん、あれここにいるはずなのにいない……なにこれ?!」
あ、そうでした。風絶を解除していませんでした。
――パチン!
トール様のように指を鳴らし、魔法を解除する。
「ふぅ……」
「あ、現れた! いや、認識できた? とにかく成功しましたよ!」
「うふふ♪ どちらでも。これで一件落着ですね」
「ですね! というかあんまり喜ばないんですねー? もっと喜ぶのかと思ってました!」
「いえ、尊敬する亀川先生の役に立てた上、習得したかった転移魔法を大したことはないと言えども、成功させたわけですから、とても嬉しいですよ? ですが、まだただ使えただけですからね」
「なんていうか、その……カルファさんって、魔法の事になると、いつもに増してストイックになりますよね?」
「ストイックなんてとんでもない。ただ好きだからですよ♪ 推し活と何も変わらないです。って……あれ? 何か忘れているような……」
「あっ! そうだ設楽先生のサイン会ですよ! えーっと時間は……」
「あぁ……どうやら間に合わないですね」
二人して、スマホを取り出し時間を確認するが、無情にもサイン会の受付終了時間まで五分前。
いくらここから近いと言えども、歩いて五分以上は掛かる。
「ですね……仮に間に合うとしても、魔法を使わないとですし……今、使った転移魔法とか」
「いえ、さすがにカツラで成功したから、人間も大丈夫とはならないですよ……それに、これは完全に私情ですからね……あははっ、はぁぁ……ー」
私達が現実の非情さに打ちひしがれていると、それを掻き消すような大きな咳払いが響いた。
――コホン!
咳払いの方向に顔を向けると、射殺すような目で睨む亀川先生がいた。
もしかして……全部聞こえていたのでしょうか。
それとも、魔法を気取られたとか。
トール様でも、気付けない隠蔽魔法を施して挑んだわけですし、それはないですよね。
「な、なんか先生怒ってません? 私達を親の仇かってくらいに睨んでますよね……」
隣にいる舞香さんもその視線に気付いたようで、青い顔をしている。
「何故でしょうね……」
二人で顔見合わせていると、案内係の方が促す。
「次の人、どうぞ!」
まずは私がとんでもない圧を放っている、亀川先生の前に立った。
「……君が直してくれたんだろ? カツラ……あ、僕の本ある?」
亀川先生は私と後ろにいる舞香さんを交互に見ると微笑み、下向きボソボソと呟く。
思いもしなかった指摘に虚を突かれながらも、痛バから亀川先生の本を取り出し、先生の前に差し出した。
「あ、はい! 本あります! ですが、カツラはその――」
「別に……否定しなくてもいいよ。あ、本預かるね。買ってくれてありがとう。あー、あと設楽先生のサインだっけ欲しいんだよね? ちょっと声掛けとくから、一階で待っといて。後ろの子の分もだから、二人分か」
「えーっと……って、ええ!?」
「しーっ! 静かにね。良い物見れたし、お礼だよ」
「良い物って……」
気掛かりな発言を問いただそうとした時。
タイミング良く、案内係の方の声が響いた。
「では、次の人ー!」
「ふふっ、次回作も楽しみにしていて下さい」
「あ、ありがとうございます! 楽しみにしています!」
私がお辞儀をすると流れるように、後ろにいた舞香さんにもサイン書き何事もなかったことのように終えた。
そして、この後。
一階で待っていたらマネジャーさんらしき人が設楽先生のサイン付き書籍を二人分手渡してくれたのです。
☆☆☆
窓から夕日と鱗雲が見える機内。
行き先を告げる機内アナウンスが流れる。
行きと同じように私が窓際で、舞香さんがその隣。
見える景色の違いからなのか、それとも今日が楽しかったからなのか、どことなくさみしい。
けれど、初めて味わう感覚ではない。
どこかで味わった同じような明日を過ごしたいという何だか不思議な気持ち。
そうだ。トール様やドンテツ、チィコと冒険を終えた時と一緒だ。
彼ら以外に私がこんなことを思うなんて。
「楽しかったですねー! カルファさん」
「……ええ、そうですね」
「まーた、ボーっとしてる! さては好きなのことで頭がいっぱいでしたね? もしかして魔法ですか? いや、推し達ですかね?」
「い、いえ! あ、いえ……案外そうかもしれませんね」
「わーい、大当たりー! また来ましょうね!」
「はい、是非!」
トール様、私は今好きなことでいっぱいです。
何度も思いますが、この世界に来て良かった。