バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

乃々果

 塾の今年最後の授業だったけれど、私はサボって友達グループとカラオケに行くことにした。茜は塾に行くとのことだったので、さっき電車でお別れをした。私はドリンクバーで飲み物を汲んでいた…筈なのに、気付いたら駅の下り階段を降りていて、もう少しで転げ落ちるところだった。危ない。時計を見ると、時間が1時間近く巻き戻っていた。
 うーん、茜の奴、またやったな。茜は時間遡行者である。ところが本人は未だそのことを自覚していない。私は時間を移動することはできないが、時間が巻き戻ったり、世界線の乗り換えがあったりしたら、それに気づくことができる。小学校低学年の頃から茜は何度か時間を巻き戻している。本人に都合の悪いことがあった時に無意識にやらかしているようなので、巻き戻しに気がつく私はその度に驚くことになる。
 先日は、好きな先輩に告白するから見てて、と言って、茜はその先輩に向かっていった。しかし、どうにもうまくいかず、3, 4回時間を巻き戻した挙げ句、とうとう告白自体を止めてしまった。似た光景を何度も見せられた私は、良い迷惑だった。後で茜に確認したら、どうやらその先輩が好きだったことも忘れてしまったようだった。
 ただ、今回の時間巻き戻しは初回から1時間近い。異常である。いつもであれば、精々数分から10分程度の巻き戻しから始まって、何度も繰り返すと徐々に巻き戻し時間が長くなっていくことが多い。偶に茜は、彼女にとって正しい世界線をうまく選ぶことができずに、何度も何度も時間を巻き戻すことがあった。中学の受験の時には、確か7回巻き戻していた。最後の方は、殆ど丸1日巻き戻していた。何度も同じ試験を繰り返し受けさせられた私は、かなりうんざりしたのを覚えている。私は自分の近くの時間・空間であれば、分岐した世界線のある程度先までは予測できるので、そういう場合は茜の所まで行って、何とか彼女が正しい世界線を選択できるようにサポートすることにしている。「エンドレスエイト」は御免被りたいので。今回も、茜に何が起こっているのかを確認した方が良いだろう。

「ごめん、茜に渡すものがあったの忘れてた。多分塾にいると思うから、私もそっちに行くことにする。誘ってくれたのに、急に付き合えなくなってごめんね。また来年宜しくね」
と、友達に告げて、塾に向かうことにした。
 さて、茜はどんなことになっているのやら…

しおり