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聖地へ

 天気は晴れ。梅雨というジメジメする嫌な時期も明けた気温も上がりすぎない、お出掛け日和の日。

 私、カルファは念願の有給休暇を取得し舞香さんと遠出をしていた。

 行き先は、東京の秋葉原という場所。

 私が住まう場所から新幹線という、とんでもなく速い電車でおおよそ三時間。

 飛行機という鉄の塊に翼を生やした物で、空を飛ぶと一時間半ほど掛かるようだ。

 泊まる予定であれば、新幹線で電車の旅を満喫してみたかったのですが、今回は日帰りなので、私達が移動手段に選んだのは飛行機。

 服装については現地に着いてから、かなり歩くということなので、歩きやすいクリーム色のワイドパンツに通勤用に買った履き慣れたスニーカー。
 それに黒のTシャツ、ジャケットスタイルだ。

 荷物に関しては、表に憧れの的である宇宙の帝王様、裏に【尊敬から愛へ 〜その形、千差万別〜】の推しカプが描かれた缶バッチ付きの小さい痛バのみ。

「まさか休んでも給料が貰えるなんて、夢のようです。そして、初めての飛行機! 年甲斐もなく胸を躍らせてしまいます」

 私と舞香の座席は、ちょうど機体の真ん中にあたる窓際二席。

 ありがたいことに初めて飛行機に乗るのだからと、舞香が手配してくれたのです。

「あははー! 大袈裟ですよー、カルファさん! この国ではそういったルールが設けられているんですから。でも、飛行機に胸を躍らせるのは完全に同意です」

「では、なかーまですね!」

「はい! なかーまです!」

「うふふ♪」

 つい最近まで、ただ見たことない技術に文化。それに感動を覚えていただけでしたが、こんな日が来るとは。

「どうしたんですか? 急に笑って。あ、もしかしてこっちの席が良かったですか? すみません! 勝手に席を決めちゃって」

 私の視線に驚いた舞香が言う。

 口には出しませんが、座席の位置よりもただこの時間が不思議思えて仕方ないだけ。

 トワルフの森、牙の国《ガムラス》、常闇の国《オクタヴィア》、そして、ルーテルア王国。

 冒険の果てに辿り着いたのが、この柔らかく優しい日常なのだから。

「大丈夫です。幸せだなと。しみじみしてしまっただけですので」

「そ、そうですか? それならいいんですけど。もし、飛行中に気持ち悪くなったりしたら、遠慮なく言って下さいね! CAさんに言いますから」

 この子が、私の友達で良かった。

 純粋で優しい。関われば関わるほどにそう感じる。

 それに――。

「で! どうします? ソッコーでサイン会に突撃しますか? まさか、亀川影先生と設楽ミント先生が同じ日にサイン会を開くとは……それに抽選で当たるんですよ? 一体どんな善行を積んだら、こんなダブルチャンスが舞い込んでくるんですかね? はっ! もしかして魔法ですか?」

 舞香さんは足元に置かれた手作りの痛バから、スマホを取り出し言う。

 そう、これでわかるように舞香は最高の|オタク友達《心の友》なのです。

「魔法なんてとんでもない! 今、使ったらトール様もヒロおじ様も飛んできますよ! それにですね、こういうイベントに不正をするなんて魂が拒絶します」

「そうですよね! カルファさんがそんなことをするわけないですもん」

「です! そんなことをしてしまっては、両先生に会わせる顔がないですから!」

「グッジョブです! 私、そういう信念を持ってオタクをするカルファさんが大好きです!」

「ふふっ♪ オタクたるもの、作品に対して恥ずかしくない人でなければいけませんから」

 亀川影先生は、宇宙の帝王様の生みの親で少年誌でメガヒットを出し続けてた偉大な先生。
 特にメカニックの作画や、ギャグの中に戦闘だったり、家族の絆に友情など異なるテーマを織り込むのがとても上手く素晴らしいお方だ。

 設楽ミント先生は、言わずともしれた私の最推し作家さんであり、もはや神。

 トール様似の主人公である佐久間祐希君と、ヒロおじ様似の想い人である垣倉正人が織りなすオフィス純愛ピュアBL【尊敬から愛へ 〜その形、千差万別〜】を手掛けている尊きお人である。

「着く時間にもよりますよね……亀川先生が十三時で、設楽先生が十六時ですか……着く時間は――」

 ジャケットのポケットからスマホを取り出し、イベントの時間を確認する。

「成田に十一時頃ですよ!」

「でしたね! そうなると、亀川先生の方に行ってから、設楽先生のサイン会に向かいましょうか。亀川先生のイベントの方が秋葉原駅から近いようですしね」

 亀川先生のサイン会会場は、アニマイト秋葉原店。
 アニマイトは日本屈指の小説、漫画アニメ、ゲームなどのグッズを取り扱うお店で。

 秋葉原店は、一階から七階までがアニマイトとなっている。そして、サイン会は二階の特別ブースにて開催予定だ。

 舞香さん曰く、この日本に住む方で知らない者はいないらしい。

 設楽先生の会場については、その少し先にあるトル河屋という中古品も取り扱うフィギュアホビーに力を入れているアニメ雑貨店の八階で開催予定となっている。

「はい! それで問題なしです。それにしても良かったですよね。確かそのスマホトールさんにプレゼントしてもらったんでよね?」

 舞香さんの言うように、このスマホはトール様からプレゼントされた物。

 私が舞香さん遠出をすることを話したら、その三日後に用意してくれていた。

「そうですね。ちょうど三日前に「もう個人用を渡しても大丈夫やろう。というか、心配やし。女の子だけで大丈夫かいな?」とか言われて、手渡されました」

「あははー! トールさんらしいです、その言い方! でも、すぐ契約して渡すなんてできないし、きっと三日前どころかもっと前から準備していたに違いないですよ! なんというか……そう、まるでお母さんみたいです!」

「なるほど、トール様がお母さんですか……うふふ! その通りかもしれませんね」

 昔から、トール様はその特殊な出自もあってか面倒見が良かった。
 私とドンテツが揉めたら、必ず仲介役となりますし、チィコがお腹を空かせたら、持っている食材で素早く料理を作ってしまうのだ。

 その上、私が頼み込めば自身のオリジナル魔法であっても、隠すことなく教えてくれますしね。
 
 ただ、何となく私に厳しいような気もしますが。

 そういえば、今更ですが、何故私達の同行することを許可してくれたのでしょう……?

 気まぐれ……それとも私達のことを考えてでしょうか……。

 そんなことを思い浮かべていると、機内アナウンスが流れた。

 《皆さま、今日も脱兎スター航空七百七十便、成田行をご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長、ススギタケヒコ、私は客室を担当いたしますサトウハナコでございます。まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。
成田空港までの飛行時間は一時間二十五分を予定しております。ご利用の際は、お気軽に乗務員に声をおかけください。それでは、ごゆっくりおくつろぎください》

「い、いよいよですね……」

 実のところ、とても怖い。

 空港に着き、搭乗ゲートから飛行機を見た時から、これほどまで大きな鉄の塊が魔法を使わずして、空を飛ぶと言うのですから。

 いくら原理を理解しようとも、体が拒絶してしまう。

「い、一応、念の為なんですけれど……衝撃緩和の魔法使っておきましょうか?」

「いや、カルファさん……それは――」

「あははー……ですよね」

 舞香さんの言葉により、何とか冷静さを取り出した私は、機内アナウンスの指示に従いスマホを機内モードにし、祈るように目を閉じた。

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