「……そういえば、朝日」
俺は朝日が泊めてくれても、たぶんこれだけは許せない。たぶんだけど絶対にだ。
「んぁ……どうしたの、玲」
朝日は、あくびを噛み殺しながら俺に聞いてくる。許せない……これだけは。
「いや……お前が前にさ俺に言ったこと覚えてるか?」
覚えていたら朝日は確実に言うはずだ。こいつは嘘をつくことができない性格をしているからな。
「ああ、この間コーラをコーヒーで割ったやつにカルピス入れるとタピオカミルクティーの味がわずかにするような気がするってやつ? 正直あんまり美味しくないのに勧めたのは悪いと思ってる……ごめん」
「違う。っつーかタピオカはいつ錬成した?」
料理やお菓子作り自体はお世辞抜きで上手だというのに好奇心に忠実というか……稀にコ◯クカワ◯キも真っ青なゲテモノ料理人と化する。
とはいえ、朝日も一般的な味覚を持っているようで自身で錬成したダークマターの処理に四苦八苦していたのはいうまでもなく、最近はコッ◯カ◯サキ化することがめっきり無くなった。
そう考えると、出会ったばかりの頃に似非タピオカミルクティーを飲まさせられた挙げ句、それ以上に独創的なものも食べさせられたのも今となっては良い思い出なのかもしれない。
――出来ることなら思い出したくはないけれど。
「じゃあ、あれかな。ゲームのハメ技がYボタンを長押ししたら発動するって言ったけど、本当はYと十字の上側を同時に押して発動するってやつ」
こいつは俺を一体なんだと思ってるのだろうか。そんなことで怒るほど俺の沸点は低くない。むしろ炭化タンタルくらいは沸点が高い自信がある。
というか自分の妹と対戦させて俺が一方的に負け続けるのを見て、ケラケラと腹を抱えていたのを忘れたんだろうか?
途中から美咲ちゃんに気を遣われて気まずかったのは記憶に新しい。まぁ、ハンデありとはいえ一勝はできたから良しとするか。
そのハンデも片手操作かつアイテムの使用禁止というあんまりなものだったのだが、勝ちは勝ちということで。
「……違う。ついでに言うが、たしかそれはスクリーンショットだったはず」
「そうだっけ? また違うのか。そうなると……あれぐらいっか思いつか無いな」
俺は他にも何かされたのだろうか?
「俺の家ではカレーに桃が入っているってやつでしょ? ごめん……りんごだったよ」
たしかに、言われた記憶がある。家でやってみてやけに汁っぽいカレーになったことを覚えている。しかも翌日食べようとしたらカビが生えていたというおまけ付き。
ちゅーか、それ以前にカレーのCMで、りんごとハチミツとろーり溶けてるってフレーズがあった気がする。そんなにりんご好きなの?
「ちげーよ。そんなんじゃなくて……」
「そんなんじゃなくて?」
なんでこいつはどんどん墓穴を掘るんだろう。
『雉子も鳴かずば撃たれまい』ならぬ朝日も言わねば怒られまいって諺がそろそろ俺の辞書に追加されてもなんら可笑しくはない。
「……前に言ってたじゃんか。『玲は演技派だね』って」
そう、真希ちゃんに対してしくじったことの原因の二割くらいはこいつにあると言っても過言ではないのだ。残りの八割……仏滅とか?
「……あー、それか。たしかに言ったかもしれない。ごめん」
はぁ。謝られてしまうと怒るに怒れない。
これは山月記の李徴の自虐と同じで、自分が駄目だと認識しているところを相手より先に自分から指摘することで責められないようにする一種の自己防衛の方法なのだろう。
それが、こいつの場合は先に謝っておくというだけだ。
「……クッキー焼いてくれたら許す」
「玲……野郎のツンデレに需要はないよ」
「……るせぇ」
べっ別にあんたのクッキー食べたいわけじゃないんだからねっ!――キモいな、俺。
一人寂しく脳内でテンプレのツンデレごっこをして遊んでいると
「ただいまー!」
と元気な声が聞こえてきた。その後に、「お邪魔します」という嫌というほど聞き覚えのある凜とした声も聞こえてしまった。
「いらっしゃい」
朝日は帰ってきた二人に挨拶をした。まぁ挨拶は人としての基本だもんな。俺も、挨拶をしよう。
……メガネよし髪型よし服装よし。
家を出たときとはカンペキに異なる容姿だ。流石にバレないだろう。
「こんにちは」
おおっ? やっぱり俺って演技派なのでは?
さっきは無理に英国紳士を演じて、変態紳士になってしまったんだろう。そうに決まってる。じゃなきゃ気持ち悪いなんて言われないはず。
それはそうと、少なくとも真希ちゃんに気づかれてはいないようだ。これ勝ち確か……と思ったのだが。
「およ? 玲さん着替えたんですね」
まさか一番の敵は美咲ちゃんだったとはね。いや、あんなに可愛くて優しい美咲ちゃんが敵な筈がない。てことは……味方撃ち?
というか……真希ちゃんはなぜ気づかなかった?
「あ……、そうだっ! 玲さん聞いてくださいよ」
美咲ちゃんが顔をりんご飴と同じくらい赤く染め、目には涙を溜めている。
――嫌な予感がする。いつも元気で天使のような微笑みを浮かべている女の子が泣きそうな時点でろくなことはないだろう。
「えっと……この子、真希ちゃんっていうんですけど、この子が泊まる予定だった家の人が真希ちゃんを一人置いて友達の家に泊まりに行っちゃったらしいんです。酷いと思いませんか?」
「あ、うん、酷い奴もいるんだね」
そう言ってはみたが、正直身に覚えしかなくて困る。泊まり云々は知らないが家に置いてったのは間違いないし。もしかして:俺
体温がどんどん下がっていく。そして、冷や汗は止まらない。
「美咲さん……わざわざ、あんな人の為に怒る必要はないわ。
やだなぁ。怖いなぁ。めっちゃ怒ってるじゃないですか。
ちらと見ると真希ちゃんはとても良い笑顔をしている。ただ、これまでで一番瞳が冷めきっていた。
「なんで? そんな人酷いよ! ムカムカしないの?」
たしかに気になる。なぜ今朝みたいにあからさまに不機嫌じゃないのだろうか?
人前だから怒っているのを見られたら恥ずかしいのだろうか。そう考えると少しかわいく見えてくる。
あと、ムカムカって
「たしかに腹立たしいけれども平気よ。だって……今からいくらでも叱れるのだもの……ね?」
そう言った彼女の
ただ女子に怒られるだけならば「ごっめーん☆」とか「てへっ☆」で済むだろう。
問題は、その女子に運慶・快慶作の
ぽかんとしていた美咲ちゃんもどうやら察したらしく、じとりと俺のことを見ている。
朝日に助けを求めようと目線を送るも、視界に映るのはくすっと笑いを必死にこらえ、少しでも突いたら吹き出しそうな腹黒野郎だけだった。
今から謝れば許してもらえるのか、いや許してはもらえないだろう。
教科書に載っていそうな反語のような事しか考えつかなくなってしまうほどに俺には余裕がなくなっていた。
『適当と書いて
「……ごめん。真希ちゃん」
謝罪会見でも形式上は謝っているが本心は本人にしか分からない。
――すなわち謝るという行為自体が大切なのであってそこに至るまでの経緯とかはそこまで大事ではないだろう。
「本当に申し訳ない。許してほしい」
我ながら情けない。今の俺の姿勢は日本の伝統的な文化であり、大人になるための
そして、世のお父さん方がお母さん達に対して
「
なんか、ちょっと意味が違った気もしたが……まあいいや。よくないけどね。まず、許されてないし。
遊◯王のキャラクターは死んでしまうことが次回予告でされているが、俺に至っては、「今回 小鳥遊死す」って言うのもセルフサービスだし、次回じゃなくて今回だし、カードを持ってないから死んだ場合の死に至った理由が無いしと三拍子揃ってしまっている。
そんな、つい最近ハマったアニメと自分との相違点を探していると
「赦しませんが、今回だけはチャンスをあげます。私の……お願いを聞いてくれたら貸しって事にしてあげます」
チャンス……なんて甘美な響きなんだ。あの姉さんの影響を濃く受けた魔王《真希ちゃん》からその言葉を引き出すなんて金輪際ありえないし、たぶん次はそもそもない。
「ありがとう」
ありがとうって言ったもん勝ちだよね。
なぜそう感じるのかについてのメカニズムは全く知らないけど、ありがとうって聞くと、『やっぱり今の無しで』って言うことは至難の業になるもんね。
つまり、この勝負、俺がもらった!
……と思ったのだが。俺は残念ながら
だから、仮にボールが揃ってもなんでも叶えてあげることはできない。要するにチャンスをものにできない。
――やっぱり、俺の負けじゃねえか。
「はいっ俺の勝ち。なんで負けたのか次回までに考えといてください」と炭酸飲料のCMのコラ動画を
何ひとつ聞いていなかった。どうしよう。
就活生御用達のメ◯ンテとか、スベスベマンジュウガニを食べてくださいとか、肺の空気を全て吐ききってくださいとか、そういった類がお願いだったら実質おわりなのだが。
許してと 願ってみたが 叶わない
もう手遅れだ はよ諦めろ
……どっちにしろ俺はもう駄目なんだね。
俳人にはなれそうもないな俺……廃人にならなれそうだけど。
自分の将来に何とも言えない不安を感じていると肩をポンと叩かれた。
「まぁ、あれだ。がんばれよ」
どういう意味だってばよ。おっと、うっかりと好きなキャラクターの言葉遣いになってしまった。
いっけない。これだとオタクだと勘違いされかねない。
俺は、オタクと言えるほど詳しいわけではないから俺をオタクとしたら真のオタクの方に失礼だと思うんだ。
そんな、誰得だよ! としか言われないであろう謎理論を考えている間に日は暮れていた。