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トイレでハプニング

「おお! トール! これで助かったぁぁー」

「って、あぶな! なんやこれ!?」

 転移した先のあまりの惨状に、反射的に浮遊魔法を使う。

 僕が転移した場所は、一階の男子トイレ。

 百貨店ということもあって大理石調の床に清潔感のあるトイレやったはずなんやけど。

「えっ……なんでこうなったん?」

 床から膝下くらいまで水が溜まってる。
 それどころか土魔法で出入り口は封じられ、個室トイレの一つが大破していた。

 やばいもんを目にしたら、絶句する。

 それは自然の摂理。

 僕だってそうや。魔王とか初めて対峙した時、ヒロおじの全力を見た時、その凄さに絶句した。

 でも、まさか日本のトイレでそれを味わうとは。

 いや、意味合いはだいぶ違うけど。

「と、トール早く助けてくれんか、儂のケツに強烈な水がだな――」

「うん、それは送ってきたから知ってる」

 ドンテツが送ってきたメッセージは「用を足し終わって水を流した後にケツに強烈な水が……」やった。

 それでメッセージが終わってるもんやから、初めてのウォシュレットに戸惑ってるとは思ってた。

 よく海外の人が日本来たら驚くとかもよく聞く。

 やけど、これはない。

「あ、あのだな。儂も自分でどうにかしようとしたんだ! 水を止めようと、横のボタンを押したり、手で押さえたり……だが、無理だった……」

 全身ずぶ濡れで今にも泣き出しそうなドンテツが言う。

「手ぇか……そうかいな……」

 ホンマは怒りたい。

 とはいえ、全身ずぶ濡れのドンテツを見る限り、必死に止めようとしたのは間違いないし、出入り口を魔法で固めて塞ぎ水を漏れへんようにしてる。

 おかげで被害状況は、土魔法で大破した一室と水浸しトイレ。

 そして、見るも無惨な姿となったドワーフだけ。

「しゃーないなもう……ちょっと下がってて」

「わ、わかった!」

「|創造《クリエイト》、|清掃《クリーン》」

 右手でトイレを修復しつつ、左手で水浸しとなったトイレを綺麗にする。ついでにドンテツも。

「……見事だ。一時はどうなるかと……儂う〇こ塗れのまま……ズズッ」

 なんか鼻水を啜る音が聞こえたけど、そっとしておこう。間違いなく心の傷はデカい。

 水って言うても、普通の水やないしな。

 う〇……いや、これ以上はええか。

「どうする? 一応、綺麗になってるけど、|買い物《かいもん》続ける? 僕的には、一回帰るのもありかなと思うけど」

 ホンマは、カルファもチィコも楽しみにしたやろうから、全員で|買い物《かいもん》したい。

 とはいえ、ドンテツの気持ちを考えたらそうもいってられへんしな。

 まぁ、どっちも不服そうな顔はするやろうけど。

 でも、理由を話したらわかってくれるやろ。

「……儂は、大丈夫だ。お主に綺麗にしてもらったしの。 まぁ、当分外で用を足そうとは思えんが」

「そ、そうかそうか。まぁ、あれや。今度一回使い方教えるわ。家のやつで」

「あ、いや大丈夫だ。もう横のボタンは押さん……絶対にの……」

「ははは……まぁ、そうなるか」


  
 ☆☆☆



 五階にあるたこ焼き屋。

 あの後、無事合流できた僕らはデカいタコ、外側はカリッとして、中はとろとろで有名な老舗【はっちゃん亭】に来ていた。

 お昼時ということもあり、ソースの酸味を感じる香ばしい匂いが立ち込めてるし、元気な店員さんの声、お客さんの賑やかなやり取りも聞こえる。

 席は鉄板で調理するのが見えるカウンターに、敷居のある半個室が数席ほど設けられており、お一人様でも、家族連れでも利用しやすい感じや。
 
「うふふ♪ では、やはりう〇こ塗れになっていたのですね」

「くそっ……こやつにだけは知られたくなかったのに」

「くそって! うふふ……」

「ぐぬぬぬっ! 勝手にツボりよって!」

 ドンテツはテーブルに置かれた手拭き用のおしぼりを強く握りながら、悔しそうな顔をする。

 それに対し正面に座っていたチィコが立ち上がり、デリカシーに欠けるカルファを注意した。

「まーまー、そんな怒らないで! カルファもあんまりしつこいはよくないよ? 自分が言われたら嫌でしょ?」

「チィコはええ子やなー。ホンマ、もうカルファとどっちが歳上かわからへんわ」

 ホンマ学校に通ってから尚の事、何がだめで良いか、自分で考えれるようになってる。

 将来が楽しみやな。それに引き換えカルファは――。

「そんなー……私は、齢二百五十のエルフ族王女ですよ? もちろん、チィコは可愛いですし、賢いとは思いますが……私だって褒めて欲しいです!」

 チィコの隣でドンテツのことを嘲笑いながら、メニューに夢中やったのに、今は御主人におねだりする子犬のような態度になってる。

 なんというか日進月歩って感じやな。
 まぁ、僕やドンテツにチィコの前やからというのもあるやろうけど。 
 そうはいっても、チィコにとっては一番近い同性。
 その友達とも交流もある。
 となると言うことは言わんあかん。

 それにこのままやと、自分のせいやないのにただ笑われてる終わるドンテツが不憫過ぎるしね。

「ああ、もう……年齢をかさにきたり、せんかったりややこしいなー……凄いところはちゃんとわかってるけど、もう少し自重はせなあかん!」

「うえーん……トール様が怒ったー!」

「カルファ、泣くだけじゃだめなんだよ。いけないと思ったところは謝らないと。トールがね、怒るのはカルファのことを思ってなんだから」

 立派、立派過ぎるわチィコ。

 まさかここまでの成長があるとは。

 学校に通わせて正解やった。

 僕が|心の汗《はなみず》を啜り泣くのを我慢していると、ドンテツが隣で何の恥じらいもなく全く同じ反応を見せた。

「ズズッ……立派になったの」

 あかん。こうなると、収拾がつかへん。

 そういえば、あっちの世界でもこんな日々やったな。

 チィコが子供らしい部分を見せると、すぐ涙ぐむ。
 戦わず言葉で説得することを覚えた時なんかは、二人して号泣したっけ。

 カルファ、チィコが娘なら、ドンテツは父親って感じか? いや、それやったら僕が母親になるやん。

 チィコはともかく、二百五十歳の娘に、髭面のおっさんが相手ってありえへんわ。

 僕のノーマルやし。

 って、僕までカルファの影響受けてるやん。

「どうかしたの? ボーっとしてさ」

「あ、いや何でもない。なんか僕ららしいなって思っただけや」

「ふ~ん、確かにらしいかも♪」

 チィコは「褒めてほしい」と泣くカルファと、自分を見て、涙ぐむドンテツを見て微笑む。
 
 世界を救うんもええけど、こういう日常でしか得られへんものってある。

 色んな面倒くさいことがあるけど、皆でここにおれて幸せなんかもな。 

「あはは! トールったらまた、ボーっとしてる! 早く注文しようよ」

「ごめんごめん、はよ注文せなあかんね」

「私も注文したいです! イカ焼きというもの」

「たこ焼き屋に来てイカ焼きを頼むとか、本当によくわからんセンスだの……あ、儂はビールで」

「いいんです! 自分が食べたいものを食べるこれが究極贅沢なんですから! って、貴方もお酒頼んでいるではないですか!」

「いいんだ。これが究極の贅沢だからの♪」

「こんのぉ、酒グルイ髭モンジャラドワーフ!」

 自分の真似をされ、先程のドンテツと同じ反応を見せる。
 やけど、ドンテツは相手をすることなく、テーブルの端に置いてるドリンクメニューに釘付けや。

 性格は全く違う。

 でも、案外似てるのかも知れへん。

「ふぅ……ほな、注文するで」

「「「はーい」」」

 やっぱり、皆おっきな子供やな。

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