虫の知らせ
「はぇ~! それにしても色んな物があるんだねー! エスカレーターも長いし」
チィコはゆっくりと流れていく店内の様子に夢中や。
手すりに捕まり、キョロキョロと視線を動かしてる。
エレベーターという手もあったけど、チィコの見ながら上がりたいというたっての希望で、エスカレーターで六階まで向かっていた。
「ここは日本でも有名な百貨店やからな。あ、あんまり顔出したらあかんで? 巻き込まれたら大変やからな」
エスカレーターから身を乗り出したので、注意する。
「あ、ごめん! ついつい夢中になちゃった」
「ええよ、でも気を付けてな」
「はーい!」
「ふふっ、ええ子や」
チィコが興奮するのも無理はない。
さまざまなジャンル、ちゃんと考えられた導線。
続いてきている年月からもわかるように、地元民にもかなり愛されてる全国有数の百貨店や。
コンセプトも地元らしい【お客様の暮らしにちょっとした刺激を、心にわくわくを、未来を照らすオンリーワン百貨店】とかいうナイスな心意気も感じるしな。
「なるほど、各フロア毎にコンセプトを変えているのですね……勉強になります」
「って、カルファ?! なんで前におるん」
聞き覚えのある声に、顔を上げたらカルファがおった。
その手には百貨店のパンフレットがあり、僕の説明を聞きながら読んでたらしい。
「あはは……何故でしょうね」
何やろう。歯切れが悪いし目も泳いでる。
というか、気配も感じんかった。
あ、もしかして――。
「カルファ。君、まーた魔法つこたやろ?」
「つ、つつつつ、使ってなんかいません!」
「ホンマに?」
「ホンマにです。ほら、だって私、強制送還されていませんよね?」
「それは証拠にならへんな……」
なんでバレる嘘つくんやろう。僕やチィコが気配や匂いに気付かん時点で、何かしらの魔法をつこてるのは間違いないのに。
風の魔法が得意なカルファなら気配も匂いを消せる風の障壁を纏うなんかわけない。
しかも、この反応や。
動揺し過ぎで目は合わせられてへん上、僕の方言につられてるやん。
「今、本当のこと言うたら怒らへんけどなー……」
「……いました」
「なんて?」
「使いました」
「やっぱりな。怒らへんからなんでつこたか教えてくれる?」
「……はい」
エスカレーターで上がりながら、依然として目を合わなさないカルファの説明を聞いた。
「――ということです」
その話によると、ドンテツが急にお腹を壊してトイレに駆け込んでそのまま戻って来なくなったらしい。
それを勘ぐり自分を置いて僕らと合流したと考えたようや。
「やから、追跡《トラッキング》に気配遮断系の風の魔法をつこたん?」
追跡というのは、相手の痕跡を辿る僕のオリジナル魔法の一つ。使えるのは僕の他にカルファだけ。
「ええ……でも、まさかこちらにドンテツがいないとは……完全に見誤まりしたね。あ、気配遮断系の魔法はですね! |風の障壁《ウインドウォール》を応用した私のオリジナル魔法で――」
「いやいや、見誤るとか以前の問題やし。新作の魔法がどうのとか今は聞いてへん」
「ですが、かなりの自信作なんですよ? 体に纏っていても気づかれないですし、トール様がおしゃったように匂いも完全に遮断されますし」
「試行錯誤したことはわかった。けどや、使ってるん見られたら終わりなんやで、というか、そもそも|追跡《トラッキング》を使うなら、僕やなくてドンテツにちゃうん?」
魔法バカ過ぎる。ここまでくると一種の才能かも知れへん。というか、しれっと魔法使わざる得なかったように言うてるし。
「あれれ〜?」
「いや、とぼけてもあかんから」
あかん、泣かんくなったのはいいけど、何となくここまでは大丈夫。そんな自分ルールができてしもてる。
これやからカルファは。
そういえば、あっちでもこんなん多かったなー。
旅の道中で、何度も僕のオリジナル魔法教えて欲しい。
そう言われたから、命に支障をきたさないっていうルールを設けて教えたんやけど。
繰り返していくうちに、何度魔法を使用したら命に支障をきたすのか理解してたし。
そんでいつの間にか、命に支障をきたさない程度にからが意識が途絶えるまでに変わってたし。
無駄に頭が回る魔法バカ。
まぁ、長所でもあるんやけど。
「ねーねー、話はわかったけどさ。じゃあドンテツは?」
「あ、ホンマや、ちょいまちや」
スマホをポケットから取り出しドンテツに電話を掛ける。
――プルルル……プルルル……プルルッ。
《お客様のおかけになった電話は現在電波の届かないところにあるか、電源が切られております――》
「っあかん! 繋がらへん!」
「う〇こでしょうか……とても大きな」
「あー……だから、こんなに時間が掛かるんだね……」
「そんなアホな。う〇こやから電源切るん? というか、公共の面前でう〇ことか言うたらあかんから!」
「あの――トール様」
「なに? もう下ネタはいいで」
「大丈夫です。もう飽きましたから」
「いや、飽きたって自分が言うたんやん」
「コホン、そんなことよりもですね……なんでドンテツと電話ができるんですか? あの人、スマホなんて持っていなかったですよね?」
「あー……あれや、レンタルスマホ。連絡係として誰か持っておかんとあかんやろ?」
これはまた面倒くさいことになった。
まさか、このタイミングでドンテツに渡してたスマホの存在がバレそうになるとは。
「へぇー……レンタルスマホ……そんなものがあるんですねー……てっきり、ドンテツだけにスマホを渡したのかと思ってしまいましたよ」
「まさか、僕がそんなことをすると思う?」
「いえ、しないとは思いますが」
「ねーねー! トール! スマホ光ってるよ!」
――ブブッ。
チィコの声と同時にスマホが振動する。
どうやらメッセージが届いたらしい。
僕は画面をスクロールし確認する。
「これは……」
送り主は、ドンテツ本人やった。
ただ、このメッセージを誰かに見せるわけにはいかへん。これはドンテツの名誉に関わる。
「あ、ヒロおじからやわ。何やら至急の用事らしい。ちょっと連絡してくるわー!」
電話を掛けるフリをしてエスカレーターを降りた。
「ここは……四階か。えーっと、エレベーターはっと……いや、転移魔法使う方が早いか」
ドンテツから送られてきたメッセージはカルファが話してたように一階で用を足してた時の話やった。
やけど、う〇ことかそういうもんやない。
いや、ある意味では当たってるか。
とにかく、早く行かんと。
「よし……転移魔法でいこ」
意を決した僕はエレベーター付近から人目がつきにくい衣服が売られてるブースに移動し、試着室に入りすぐさま追跡魔法を発動した。
「|追跡《トラッキング》」
きらきらと輝くマナがドンテツの居場所を僕に知らせる。
「補足完了や」
転移魔法、万能に見えるけどいったことない場所やと、追跡を組み合わせないと転移ができない。
って、今現時点では僕しか使われへんので、このデメリットを知る人はおらんのやけど。
その内、カルファが使えるようになったりして……。
いや、まさかな。
「やなくて、早くドンテツのところ行かんと! 転移魔法発動……」
念の為、小声で転移魔法を使った。