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変な奴

 目を覚ますと、夕方でした。
そして、私の隣にはバウワウと男の子が座っています。

年下っぽい男の子が体操座りでうつらうつらとしています。

……なんで男の子が隣に座っています?

寝惚けていた頭が働きだして、徐々に意識がはっきりとしてきました。

その時、バウワウがゆっくりと私の顔を見て
「あ、起きたんだねアルマ。じゃあ僕は寝るよ。おやすみ」
と言って目を閉じてしまいました。

「ちょっとバウバウ!? ど、どういうことなの? この男の子は誰なの?」

私がバウワウの体を揺すっていると、男の子がのんびりとした動作でこちらを向き
「あぁ。良かった。やっぱり死んでるわけじゃなかったんだ。おはようございます」
と言ってきました。

私は反射的に自分の身を抱くようにしながら後ずさりました。

な、なんだこいつ……。
私に話しかけてきました。

警戒心をむき出しにして睨む私を見て、男の子は苦笑いを浮かべました。

「どうしてこんなところで寝てたんですか?」

質問されました。
寝起きの私には適切な答えが思い浮かびませんでした。

「ちょ、ちょっとバウワウ。助けて……変な奴が話しかけてくる……」
再びバウワウの体を揺すってみましたが、彼はスヤスヤと眠っています。

「あ、その猫ってお姉さんのペットですか? 僕が近づこうとしたら、シャー! って威嚇してきて、なんだかお姉さんを守ってるみたいでしたよ」
変な奴はさらになんか言っています。

変な奴曰く、どうやらバウワウは寝ている私を守るためにずっと起きていてくれたみたいです。

私が起きたので、バウワウは限界を迎えて今寝ているのでしょう。

それを思うと、無理やり起こすのは可哀想になって、私はどうしていいか分からなくなりました。

とりあえず……まずは軽くジャブでも打ってみましょうか。
様子見です。

「あなたは誰ですか?」
私が訊くと、変な奴はニッコリと笑顔になりました。

「やっと話してくれましたね。僕はリアンといいます。この町で漁師をやっている父親の息子です」

「あ、そうですか。私はアルマと申します。口の悪い婆ちゃんの孫です」

変な奴改めリアンは再び訊いてきました。
「アルマさんは、どうしてこんなところで寝ていたんですか?」

「え、あー。……不思議なこともあるものですね?」
「え?」
やばいです。
ここで倒れることになった過程を説明しようと思ったら、どうしても私の現状を話さなくてはなりませんが、私が聖女であるということがバレるわけにはいきません。

そして寝起きの頭では上手い誤魔化し方が思いつきません。

万事休す。
こうなれば戦うしかありません。

パンチとキックを繰り出してこの少年を倒し、逃げるしかありません。

私が心の中で戦う覚悟を決めた時、リアンがまた質問してきました。

「あのクジラ、何者なんでしょうね」
リアンは海の方、この町に迫っているクジラの方を見ました。

きっと私が質問に答えなかったので、まずは緊張をほぐすべく他の話題を持ち出してきたのでしょう。
私も彼の視線の先を目で追いました。

やっぱり不思議な光景です。
海の向こうからクジラの背に乗っかっている陸地が迫ってきています。

見ようによってはこの世の終わりのような絶望感がある光景ですが、何故だかあまり恐怖はなく、ただただ不思議だと感じます。

「昔、父親が教えてくれました」
リアンはクジラをじっと見つめたまま話し始めました。

「あんなに巨大なクジラが泳いでも波が発生しないのは、クジラが水を操る魔法を使って波が起こらないようにしているんだって。知ってました?」

「聞いたことがあります。海底都市はそのクジラの魔法によって存在しているとか」

「らしいですねー。不思議ですよね。クジラがもし死んじゃったり魔法を急に使わなくなったりしたらどうするつもりなんでしょう」
「さあ……」

海底都市というのは、海の底にある都市のことです。
言葉の通りですね。

その場所だけはクジラの魔法によって海水が避けて通るから水没しないらしいです。

なんだか想像がつきませんが、そういう場所があるんです。

だからクジラがいなくなれば大変なのですが、その都市には未だに人が普通に暮らしているらしいです。

反対に、人がいなくなってしまったのがクジラの背に乗った国です。

この二つの場所には、クジラによって成り立っているという共通点がありますが、片方は滅んでいて、もう片方は健在です。
この違いが何によってもたらされているのかは分かりません。

私が教会に引きこもっていたから世間に疎いというのもありますが、クジラに関することは偉い人たちが何故か世間に隠したがるのです。

そんなことを考えているとリアンは
「いくら波が立たないからといって、あのクジラが沖合まで来てるっていうのに漁に出たら危ないじゃないですか。だからこの町の漁師は今みんな暇してるんですよ。それで、いつも父親に仕事を手伝わされてる僕もやることはないんですけど、なんとなく暇つぶしで海岸を散歩してたらアルマさんが寝てたもので」
と言いました。

「なるほど。それで、呑気に寝ている私にいたずらしてやろうと思って近づいたらバウワウに邪魔されたわけですね」

「違いますよ! そんなガキみたいなことしません! ちょっと心配になって声をかけてみようと思っただけです」

「そうですか? そう言えばあなた、おいくつなの?」
気づけば私は自然と会話っぽいことができていました。
リアンは素直に答えました。

「17です。お姉さんは?」
「『女性に年齢を訊いたら地獄に落ちろ』ということわざをご存知ない?」

「ないですね。まぁ嫌なら答えなくていいです。でも、年頃の女性がこんなところで寝てるのは危ないですよ」

「確かにそれもそうですね。今夜こそは宿にでも泊まってゆっくりと疲れを取りたいところです。この辺りに宿はありますか?」

私が訊くと、リアンは得意げに頷き
「知り合いが宿をやってますよ。案内しましょうか?」
と言ってくれました。

最初は変な奴だと思いましたが、結構いい子みたいです。

「是非お願いします」
「では、行きましょうか。もうそろそろ日も落ちるので、ちょっと急ぎましょう」

ということで、私はリュックを背負い、寝ているバウワウを抱き上げました。
そして歩き出したリアンの背中を追いました。

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