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第六十八話 電子ドラッグ

「今回の潜航はヨーク、サダオミで行います。ミツミ、ヒューノバーは補助に。お手元の資料をご覧ください」

 私がそう言えば、皆揃って手元のデバイスに目線を落とした。

「今回の潜航対象者はカイナ・バイパー。種族イエネコの獣人、二十七歳、男性です。以前の暴動での無差別殺人により警察より逮捕拘束。薬物依存も確認され、今回の潜航には警備の方々が付きます」
「潜航の目的は?」
「警察からの要求としては、薬の出どころにマフィアグループが絡んでいる可能性を見つけてほしいとのことです」

 この国の犯罪とマフィアの繋がりは切っても切れないものなのだろうか。そうなんだろうなあ。と少しばかりなんとも言えぬ顔をした。潜航を色々扱ってきたものの、かなりの数でマフィアグループの犯罪に巻き込まれている気がする。治安悪すぎはしないか。今更だが。

「薬の出どころって言ってもねえ。警察的には製造場所も突き止めたいんだろうが、末端の購入者に潜った程度で突き止められるかい?」
「いえ、一応幹部格との繋がりがある可能性があるとのことです。どう言った繋がりなのかは不明ですが、防犯カメラの映像で接触があったのを一度確認できたそうで」
「一度の接触と言っても、トカゲの尻尾切りになっていそうな可能性もありますがね」

 サダオミの言葉にその可能性の方が高いだろう。しかし警察としては微々たる可能性でも喉から手が出るほど欲しいらしい。今回の潜航に関して、潜航班へ警察側から出ていない情報は確実にありそうだ。

「ま、サポートよろしくね」
「よろしくお願いしますね」
「はい」

 ヨークとサダオミが潜航室へと向かい、私とヒューノバーは椅子にかける。

「警察側は何か潜航対象者に関して、マフィアとの繋がりがあるって確信があるのかなあ」
「あちらが出していない手札はあるんだろうけれどね。潜航班と警察ってあまり仲は良くないから」
「捜査している同士なんだし、軋轢あるって結構業務に支障きたしそうなものだけれど」
「昔色々あったそうだよ」
「後で教えてよ」

 ヨークとサダオミが警備員二人に監視されつつ潜航を開始したようだ。サダオミのかけている補助用のメガネから映像が送られてきた。

『第一階層は、ここは街中みたいだねえ』
『アルテンシア通りですね』

 以前行ったことのある通りらしい。前に見た綺麗に整備されたものではなく、暴動が起こった後の様子のようだ。店のガラスが割れたり、ボヤが発生していたり。地面に血痕が散らばっていたりと殺伐としている。倒れ込んでいる獣人や人間の姿も確認できる。

 ヒューノバーが二人の言葉に返事を返す。

「バイパーの無差別殺人はアルテンシア通りで起こったそうです。現場かと」
『なるほどなるほど。普段なら対象者を探すのが定石だろうけれど、相手は興奮して接触した際にこちらが傷を負う可能性があるからねえ。スニーキングミッションだよサダオミ』
『はいはい。ミツミさん、対象者は確か、犯行後どこかの店で立てこもっていたと聞いています。どちらに?』
「はい。リコリスというブティックですね。その場所から三分ほど北に歩いた場所に」
『了解しました。行きましょうヨーク』
『はいはい』

 気怠げに返事をするヨークに紳士のような佇まいのサダオミ。この夫婦、ちょっと自分のヘキに引っかかる。とにやけそうになる顔をどうにか真顔にする。伊達にオタクをやっていなかったのである。
 二人が目的の店へと向かうと、店の前には警官が大勢集っていた。あー邪魔くさいのがいるねえ。とヨークが愚痴をこぼした。

「サダオミ、変装するよ」
「ええ」

 二人がそう言うと、一瞬瞬きをすると警官の服装に早着替えしていた。え! そんなことできるの初耳なんですが!? とヒューノバーを見ると平然としている。後で問い詰めようと心に決める。

『一番上のヒトはっと。あのヒトかな』

 警官の中のトップを一瞬で見抜いたヨークがそのヒトの元にゆく。姿勢を正し敬礼をする。

『警部、交渉人として派遣されました。ヨーク、サダオミです。現状のご説明を願えますか』
『おお、待っていた。人質が数名店内に拘束されている。無差別殺人の末の立てこもりでな。狙撃手の手配は?』
『既に配置に着いたと』
『よし、交渉の方を頼む』
『はっ』

 ヨークが返事をしてサダオミの方を振り返ると、ちょっろ、と嘲るように笑っていてサダオミにどつかれていた。まあバイパーの心理世界なのだから警察の存在があやふやな方が行動はしやすいだろう。

「人質と言っても現実ではないから、殺されたとしてもダメージは誰にも行かないよ」
「まあそうなんだけど、見てて気持ちのいいものではないでしょうよ」

 ヨークとサダオミは店内に堂々と入って行く。あの芝居は警察を突破するためだけだったのか、潜航班の制服に戻っていた。

 店内の奥の方にバイパーの姿があったが、まだこちらには気が付いていないようだ。二人はかかっている服の影に隠れ様子を窺っている。バイパーはうなじに手を伸ばし、かちゃかちゃと金属の当たるような音を立てていた。かしょ、と何かがハマったような音がすると、バイパーは笑い出した。

『ありゃ電子ドラッグだねえ』
「電子ドラッグ、ですか」
『マリアムさんたちと同じですよ。外部補助デバイスを脳に繋いでいるのでしょう。回数に限りがありますが、デバイスを通してヒトに多幸感を与えるドラッグです。依存性もそれなりに』
『伸すなら今だね』

 二人は揃って頷くと、サダオミが影から飛び出して行った。眼前でやっと気が付いたバイパーは抵抗する間もなくサダオミに投げ飛ばされた。ヨークは人質を解放し、倒れ伏したバイパーを転がして後頭部を確認する。

 後頭部にある外部補助のデバイスを弄ると、カードのようなものを取り出した。何も書かれていない小さな黒いチップだ。

『警察側もこれの存在は知っているだろうが、こいつ、経口接種なり通常の薬物反応も出ているんだろう。相当な依存症のようだね。警察が知りたいのは、恐らくこのチップの出どころだろう』
『今はまず、次の階層への入り口を探しましょう。あるのならば店の奥でしょう』

 店のバッグヤードの方へ向かった二人は早々に次の階層への入り口を見つけた。歪な螺旋階段のような下層へ降る階段を踏み出した。

「ねえヒューノバー、さっき二人、早着替えみたいなことやってたよね」
「ん? うん」
「あんなこと出来るって知らなかったんだけれど、もしかして別人になるとかもできるの?」
「いや、変装は可能だけれど、別人を装うのはかなり難しいよ。ミツミならもしかしたらできるかもしれないけれど、サダオミさんでも難しいらしいからね」
『ある時は厳格な警察官に、ある時は可憐な令嬢に。ってね。自分自身なら年齢を変えるくらいは潜航班の奴らなら大体できるよ』
「へええ。……よくよく考えたら、小さな頃の自分とかも出てきたりするんですもんね。なら可能か」

 結構自由度が高いらしい。そう言うこともっと早く知りたかったのだが。子供の姿ならば多少は潜航対象者の警戒も緩くなるだろうし、小さい分スニーキングは結構楽になるのではなかろうか。

 歪な螺旋階段を降ってゆく二人は、次はどんな階層に出るのかと妄想大会を始めていた。緊張感ないな〜と思いつつも、私もコーヒーと持ち込んだ菓子バーを貪っていた。ヒトのことは全く言えないのであった。

 そうして階段を降り切り、二人は歪な扉から第二階層への入り口を開いた。

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