2-1-10
「万物を見通す水晶の眼……」
「それと、魔力を集める装置ね」
テオが品物を復唱する声に合わせる魔王。
魔力を集める装置と聞いて、イルは思い出した。
「そういえば、聖都で……」
「聖都? そこがどうしたの」
いち早く食いついたのは魔王。
その勢いに気圧されながらも、イルは説明する。
露天商で格安で売りに出されていた玻璃付きのペンダント。
その裏に、魔力を転送させる魔法陣が描かれていたこと。
そのペンダントの入荷先が、リガルド王国の中であること。
魔王の圧に怯えながらも、包み隠さず話されたイルの話に、魔王は顎の下を抑えながら、考え事をする時のように視線を下へ向ける。
「それは確実に、魔力を集める装置に転送されているね」
「分かるのか」
「それしかないでしょ」
「何のために」
「何のためだろうね」
魔王は薄ら笑いのまま、思いついたように。
「でも、集めた魔力は膨大な力になり得るよ」
「どのくらいの」
「量にもよるけど、辺りを焦土にして、魔物が跋扈する不毛の地にするくらいなら簡単だよ」
テオの首から、汗が一筋流れるのが分かる。
冷や汗だろう。
「それは、とんでもない武力になりうるな……」
「でしょう? 僕たちはそれを生活するためのエネルギーにしか使ってこなかったけど、使い方を間違えると、そういうことにもなりかねないね」
愚かだね。魔王は言う。
ああ。テオは肯定する。実に愚かだ。と。
「その魔力を集める装置。それは今どこに?」
「盗んだやつの大元はわかってる」
「ならば、何故取り返しに行かなかった?」
テオが心底不思議そうに首を傾げれば、返ってくるのは魔王の失笑。
「取り返しに行くにも、場所が悪すぎたからさ」
加えて。彼は胸元に手を当て、空振りさせる動作をする。
「僕らの生命線でもあった、万物を見通す眼が、今や盗人の手元だ。僕が動こうとすれば、すぐに分かってしまうだろうね」
「ならば、わたしたちが動くことも筒抜けではないのか?」
その疑問に、魔王は首を振る。
「分かりやすく万物を見通すとは言ったけれど、詳細には
「何が違うんだ」
「知覚しているかしていないか」
彼は待機していた蝙蝠翼のメイドに目配せをする。
彼女は直ぐ様、ハンカチーフとその辺に飾ってあった石を手に、魔王へと渡す。
魔王は手渡された石に、ハンカチーフをふわりとかける。
「この中には、何がある?」
「何って……石だろう?」
「そう。今、テオはここに石があることを知覚している。……目を閉じて」
言われるがまま、目を閉じ仮面ごと視線を伏せるテオ。そのすぐ前で、両手を使い両目を塞ぐウミの動作を見届け、直ぐ様イルも目を閉じる。
やがて、目を開けてと言われると、そこには先ほどと同じくハンカチーフの掛けられた片手が。
「この中には、何がある?」
言葉に詰まる。
透視ができるのであれば分かるであろうその質問に、テオは納得したように頷く。
「あることが分かっていれば、それが何なのか見ることができるけど」
「そう! そもそもあるかどうかすら分からなければ、あの眼は見ることすらできない!」
意図が通じて何処となく嬉しそうに言葉を弾む魔王に、つまり。とテオが締めくくる。
「わたしたちが動いていることを知られなければ、その眼は私達を捉えることができない」
「そのとおりだよ。僕は持ち主だし、警戒されてても不思議じゃないけど、テオ。君は」
テオと同じ黄金の輝きが、眼前にいる者たちを射抜く。
「まだ、テオとしての君は、認識すらされていない」
人によっては無礼とも取れる発言に、テオは含み笑いをこぼす。
「チャンスだな」
「ボーナスタイムかもね」
笑い方が似ている。
仕草も、どことなく。
彼は、テオを双子の妹と言った。
顔の造形は恐らく似ているのだろう。
イルは漫然と、そんなことを感じていた。
それはつまり、テオに傷がなく、仮面をかぶっていなければ、最初の影武者と似た顔立ちになっていても不思議ではないということで。
(テオ氏が仮面被ってて、本当に良かったですねぃ!)
そうでなければ、性別すら超越した、絶世の傾国が生まれていたに違いない。
イルは身内煩悩で、そんなことを考えていた。
そんな荒れ狂うイルの脳内はさておき、テオは笑い声を引っ込めて魔王を見据えた。
「……それを取り返せば、わたしたちに協力してくれるんだな」
「もちろん。人間は大っきらいだけど、恩義を無視するようなことはしないと約束しよう」
皮肉げに綴られた言葉に、イルは無意識に喉を鳴らす。
「どこにあるのか、大体の場所は分かっているのか?」
魔王は頷く。
僕の推測が正しければ、と前置きをした上で、彼はその場所を言う。
「リガルド王国、王城その内部」
魔王は両手を膝の上で組み直す。
「そのどこかに、それらはある」
朗々と突き付けられた難題に、イルはとうとう頭を抱えた。