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 暖かな陽の光。
そよ風でも感じそうな、さやさやした草の動き。
野ウサギが野を駆け、小鳥が(さえず)り、熊も昼寝をする。
穏やかな昼下がり。

 牧歌的なその光景の中。
こじんまりとした小さな小屋が。
爆発した。

 木窓は割れ、轟音に驚いた動物たちが、一目散にその場から離れていく。
建付けの悪い扉が、ぶらーんと、蝶番一枚にぶら下がっている。

 小屋の外。洗濯物を干していた少女が、慌ただしくドタドタ駆けつける。

「もー! ししょ、また?!」

 少女はひび割れた窓を開け放ち、煙で蔓延した室内を明るく照らす。
その中で咽る、一人の女性を師匠(ししょ)と呼び、眉を寄せる。

「あっはっはぁ。ごめんごめん。ご飯作ろうと思ったんだけどぉ……」

 ご飯、と言う割には、それは真っ黒な固形物にしか見えない。
端的に言えば、炭になっている。

「ご飯はテオが作るから! ししょはお茶でも飲んでて!」
「それがねぇ、テオー。お茶も何でか、カップから離れなくってねぇ……」

 困ったように笑いながら、女性はカップを逆さに振る。
中にこびりついたゼリー状の何かが、プルンプルンと揺れている。

「ししょ! お茶いれるの、禁止! スライム作り出すの、何回目?!」
「あのあの、テオさん? 魔法の使い方がうまくなったのは師匠嬉しいけどわざわざ椅子に縛らなくてもいいと思うなー?」
「ししょ、動いたら食べ物だめにするから動かないで」
「はぁい……」

 水でできた紐で両腕を椅子に固定された彼女は、項垂れて大人しくなる。
よし。なんて言いながら、彼女の弟子は手際よく料理を作っていく。

(あ、砂糖がもうなかったっけ)

 机の上を見ると、空の砂糖壺が目に入る。
弟子は今料理に夢中。
彼女は、縛られていない足でこっそりと椅子ごと移動する。

(もー少し……)

 こっそりこそこそ移動していく。
砂糖が入った棚までもう少し。

「あっ」
「えっ?」

 思わず出た声。
振り向く弟子。
躓いた足。
コケる体。

 ……床にぶち撒けられる、砂糖の予備。

「し……」

 弟子の体がわなわな震える。
あ、まずい。
彼女は呑気に、そんな事を考えた。
僅か数秒後。

「ししょー!!!!!」

 弟子の雷が落ちた。



「大体ししょは! テオがやんないでって言ったことばっかやる!」

 くどくど説教され十分ほど。
最近言葉が達者になった弟子が、まだ怪しい滑舌を使いながら懇々と話し続けるのを、彼女はぼーっと聞き流していた。

 弟子(テオ)とこの小屋に来て、二年……、いや、そろそろ三年になろうか。
見た目は15、16の娘ではあるが、その言動はひどく幼い。

 とはいえ成長していないわけでもなく、年々、日毎に口が達者になっていく。
そんな弟子を見て、彼女は子育てというものはこういうものなのか、と日々感じ入る。

 そんな弟子は最近、顔にできた傷を気にして仮面をつけ始めたばかり。
その傷がいつできたのか、彼女には知る由もないが、仮面をつけ始めたのは、普段よく遊ぶ弟子の友人の態度が発端になったのをこの目で見た。

(思春期ってものなのかなぁ)

 自身が健全な幼少期を送ったと言えない彼女は、恐らく健全であろう成長過程を辿る弟子を見て、染み染みと思う。

「ししょ! 聞いてるの?!」

 とはいえ、口ばかり達者になって、最近は説教が多くなったと感じないこともない。
もっとも、彼女がしっかり生活能力を身につければそれで済むことなのだが。

「聞いてる聞いてる」
「ほんとー?!」

 むきー! と可愛らしく怒る弟子を見て顔が思わず綻ぶ。

「もう! シャカニアのお手伝い、もう少ししておけばよかった!」

 弟子が度々口にする『シャカニア』という人名。
ここに来る前、身の回りの世話をしてくれた彼女の友人、森の人(エルフ)のサカニア。

 彼なのか彼女なのか、ついぞ分からないままではあるが、記憶にあるサカニアに呼ばれる自分の名前が、もう懐かしく感じてくる。

 途端に、寂しくなった。
普段名前を呼ばれないことが、これほど寂しく感じることだとは、彼女は思いもしなかった。

 だからこそ、彼女は弟子に話を持ちかける。

「テオ」
「なに?」
「私のことは、物を教えているとき以外は名前で呼んでくれないかな?」

 突然の要望に、弟子は疑問符を頭いっぱいに浮かべて首を傾げている。

「ししょは、ししょじゃないの?」
「ううん。私は、メェリャ。テオの薬の師匠であると同時に、メェリャってひとりの人間でもあるんだよ」
「よくわかんない」

 弟子はまだ、情緒が幼すぎたためか、日頃名を呼ばれない生活について想像ができないようだ。

「とにかく! 師匠はたまには名前で呼ばれたいのです!」

 強引に話を区切る。
切った後に何も言わなかったためか、弟子が周りをおろおろと回っている。

 その様子がおかしくて、同時に可哀想に感じてしまい、メェリャはもういいよ、と声をかけようとする。

「メェリャ?」

 その言葉をかけるよりも先に、弟子の口から自身の名が飛び出した。
メェリャは途端に嬉しくなる。

(我ながら、なんて単純)

 そんな事を思いながら、彼女は弟子(テオ)を抱きしめた。

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