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1-7-4

 ――赤い。熱い。
焦土の中に業火が広がる。
積み上がる鉄くず。積み上がる屍。

 泣き叫ぶ中に雄叫びが。
啜り泣きの中に断末魔が。
国土が焦土に。剣戟が響く。

 喧騒は最早喧騒ですら無く、ただ竜の猛りと鳴って広がっていく。

 黒煙が登る。焦げた臭いが登る。炎の柱が立ち昇る。
人々が逃げ惑い、喚き、怒号が響く。

 民の中に揃いのマントが見える。
揃いの模様が刺繍されたマント。
獅子の双頭。鷲の羽。茂る青葉に世界樹の枝。
それらが深い刃物傷で切り刻まれた模様。

 揃いのマントを纏った彼らは、怒りを顔に浮かべ、怒鳴りながら、泣きながら、鉄を纏った人らと剣を交える。

 マントの彼らはひとり、またひとりと凶刃に(たお)れていく。
殺戮、殺戮、殺戮。

 しかし彼らも、鉄を纏った人らを斃していく。
ひとり、またひとり。
刺して、燃やして、灼けついて。

 赤の中、異様に映える白銀色。
揃いのマントを誰よりも着こなし、誰よりも最前線で鉄を纏う人々を斃していく。

 背の高い、男のように見える人。
杖を振り回し、時には物理で、時には魔法で。
血を流し、血を流して、彼は屍の上を駆けていく。

 その先にあるものは。

 それを手に取った彼は、こちらを振り向く。
白い仮面。その奥に、見慣れた黄金色。

 炎の中に立つ人は。

「――テオ」

―――――――――――――――
―――――――――
――――
――

「――ニア」

「シャカニア!」

 目が覚める。
ひどく悪い夢を見た。
否。ひどく悪い、自分の使命を悟った。

 サカニアは頭から血の気が引くのを感じていた。
これが自分の運命なら、神とはなんと残酷なことをしてくれるのだろう。

 心配そうな顔で覗き込む、ふたつの黄金色を見て、サカニアは彼女を抱きしめた。

「シャカニアー? くるちよ?」
「テオ、テオ。ワタシの愛しい娘。願わくばそのまま、真っ直ぐに育っておくれ」

 ぎゅうぎゅうに抱きしめると、空いた肩の隙間から、テオがあぷあぷ顔を出す。

 ――テオがここに来てから、五年が経つ。
人間ならば、とっくに自立していてもおかしくない年頃であるが、テオはまだ幼いままだ。

 サカニアとすれば、五年なんて本当に短い時間であるし、その間で急激に大人びる人間の生態もよく分からない。

 それでも、テオの図体は大きくなるし、身体つきも大人っぽくなってきた。
ただ、顔の火傷痕と幼い言動はそのままで、今日まで生きてきた。
 彼女の背中には、薬草がたっぷり詰まった小さな背負子(しょいこ)
薬の師匠となったメェリャの手伝いをしてきたのだろう。

「テオ、お手々洗ってきなさい」
「はーい」

 メェリャに言われ、とてて、と洗面台に向かうテオの背中に、彼女は更に声を投げかける。

「オヤツは戸棚の三番目にあるわよー」
「はーい!!」
「なんで君知ってるんだい……」

 言ったはずのないオヤツのありかを言い当てられたサカニアに、言い当てたメェリャが心配そうに額に手を当てる。

「サカニア、アナタどうしたの? 帰ってきて早々に目に入ったのが、アナタが倒れている姿だったのよ」

 テオなんて泣きそうになってたわよ。
さらにそう言い募るメェリャ。サカニアは苦い顔で俯く。

「なんでもない。ただ……」

 メェリャの袖に縋り、顔を近付けて囁くほど小さな声で呟く。

「なんて残酷な運命(さだめ)を課してくれたのだろうと、神を呪っていたところだよ」

 メェリャは何も言わず、サカニアを抱き寄せる。
ひたすら頭を撫でられ続け、それがひどく心地良い。

「……テオね、あの子すごく物覚えがいいね。もう主要な薬草と毒草の見分け方を覚えていたよ」
「うん……」
「それにね、あの子どうやら魔法の才能があるみたい。枯れた薬草の群生地に水を出してあげてたよ」
「うん……うん……」
「次からは魔法の使い方も教えてあげようかなぁ。絶対、私よりもすごい使い手になるよね」
「うん……そう思うよ」
「そこはメェリャの方がすごいって言ってほしかったが?」

 サカニアはメェリャの腕の中でウトウトとしながら、ぼんやりした口調でぽつぽつしゃべる。

「……大丈夫だった?」
「んー? 元気元気」
「……ううん。リガルドの、兵士が」
「そんなの来てたん? 物騒すぎない?」
「……テオを、探してて」
「……どうして?」
「……聖女を、害した罪人だって」

 サカニアを撫でる手が一瞬止まる。
怯えるように縮こまるサカニアに話しかけるメェリャの声は、殊更優しく聞こえてくる。

「サカニアは、テオがそんな事すると、本気で思ってる?」
「まさか!」

 上体を勢いよく起こし、サカニアは否定する。

「テオが大罪人? あり得ない! 一体どうしてそんなことになったのかなんて分からないけど、テオはそんなこと、絶対しない!」
「落ち着け落ち着け。そうだね、私もそう思うよ」

 でも、とメェリャ。
肯定しつつも現実をサカニアに突きつける。

「リガルドの兵士がテオを探しているのは確かなんでしょう?」

 サカニアは無言で頷くしかない。
メェリャは少しだけ難しそうな顔をして立ち上がる。

「……サカニア。今まで、面倒を見てくれてありがとう」
「……なに、いきなり」

 メェリャは微笑む。
とびっきり、寂しそうな笑顔で。

「私、テオを連れてここを離れるよ」
「……え?」

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