1-7-3
言われずとも分かる言葉の成り立ちを、どうでも良さげに頭に浮かべながら、サカニアは玄関先で応対していた。
「鉄臭い格好だね。まるで今から戦争にでも行くみたい」
顔は微笑んでいるものの、目が笑っていないことは、サカニアはとうに自覚していた。
それは物々しい鎧に身を包み、顔さえも頭部装甲で見えなくしている兵士たち。
サカニアは、話を聞きに来た態度ではない無礼者共と、彼らに烙印を押す。
「御託はいい。こっちは目撃情報を聞いているんだ」
「はいはい。……でもさ、おたくら、ここの国の人じゃないだろ?」
サカニアは、心底どうでもいいと言う風に首の後ろを掻く。
「よく国境で止められなかったね? 正規の手段で入ってこれたんだ?」
それとも、不法入国?
馬鹿にしたように鼻で笑うサカニア。
兵士たちの幾人かが殺気立つ。
「困るねー。一体どこの誰に教育されたの君たち? その人も、他の国に無断で入るなくらいは教えてあげたらいいのに」
常識でしょ?
言外に非常識を馬鹿にすると、堪えきれなくなった短気な兵士が、腰から剣を抜いた。
「馬鹿にするな! 我々はさる方の命を受け!崇高なる使命のもと働いている!」
「ふーん。で? 誰なのか知らないけど、君の言う崇高なる使命とやらと、不法入国するなってのは別の問題だろう?」
「キサマァ!!」
ブチギレた兵士は剣を振りかぶる。
サカニアはそれを見ていた。
「やめろ!」
太い声が玄関で喧しく響く。
剣を振りかぶった兵士が、別の兵士に突き飛ばされ、尻餅をついて倒れた。
「申し訳ない。若いが故に、血の気が多く」
「そ。で、目撃情報? たった今殺されかけたし、素直に言いたくはないなぁ」
サカニアがそう
中からは壮年の男が顔を出す。
「我々は隣国、リガルド王国からさるお方の命を受け、とある大罪人を探している」
「ふーん。さるお方って?」
「……聖女様だ」
男は非常に言い辛そうに口ごもった後、意を決してその名を口にする。
「聖女、ね」
サカニアの目がすっ、と細められる。
「それで? その大罪人ってどんな格好してるの? おたくらが国境越えて探しに来るなんて、どんなことしたらそうなるの?」
よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりに、男に突き飛ばされた兵士が身を乗り出して捲し立てる。
「その大罪人は愚かにも! リガルド王国第一王女であらせられる聖女様を排そうと企んだのだ! あれは恐ろしい所業だった!」
悦に入る兵士はサカニアの冷めた目に気が付かない。
サカニアは兵士にそのまま喋らせておくことにした。
「スライムの酸が入った瓶を手に持ち! それを聖女様に掛けようと目論んだのだろう! 聖女様の勇敢な反撃により、愚かにも己に降りかかることになったがな!」
サカニアは今日の夕飯何にしようと頭の中で考える。
大罪人より、最近食が太くなったテオのお腹を、どう満たすかのほうが重要である。
「うん、長いね。結論」
放っておくといつまでも喋りそうな兵士から視線を外し、サカニアは頭を取った男に声を掛ける。
男は悩みのタネと言いたげに顔をしかめ、こめかみを揉んだ。
「その大罪人を目撃してはいないか? 白銀長髪、齢十五か六くらいの女。顔に火傷痕が残っているはずだ」
「見てないね」
悩む素振りも見せず、サカニアはひらひら手を振る。
「そうか。協力感謝する」
「そ。一つ聞きたいんだけど、リガルドの兵士って仕事速いの?」
「何が言いたい」
「聖女を害した人間? すぐに探しに行くのも、自国内ならともかく、隣国だと手続きとかで時間取るから、すぐには無理でしょ?」
よっぽど運が良かったんだね、と感心して言えば、男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……件の事件から、五、六年が経った。大罪人は未だに見つかっていない」
「大変だねぇ」
心を込めもしない適当な言葉で労えば、男は苦い表情のまま、一礼をして去っていく。
金属のこすれる、ガチャガチャした音が遠ざかっていく。
サカニアは疲労感を感じ、脱力した。
「あ゛ー。今からご飯作らなきゃなのに余計な労力使ったー」
ズルズル玄関に座り込む。
あり合わせでいいやなんて思っても、欠食児童の量に合わせれば重労働なことに変わりはない。
「はああああ」
大きなため息一つ。
サカニアは立ち上がれないまま時間だけが過ぎていく。
「大罪人、ねぇ……」
思い浮かぶのは、無邪気な笑顔と黄金の目。
「……君が元気にスクスク育ってくれたら、他にはなぁんにもいらないんだよ……。本当だよ……」
サカニアは目を閉じる。
耐え難い疲労と眠気。
少しの間だからと言い訳し、サカニアは玄関先で眠りに落ちた。