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「とは言ってもなぁ……。使えたものは仕方ないし、使えないようにするなんてこともできないわけだ」
「……まぁ、確かにそうですねぃ」
「それに聞いた話では空まで届く光だったと聞いたが、それだけ威力の大きな魔法を使うことも早々無いだろう?」
「……確かに」
「つまり、その光の柱を目撃した人間を消せばウミの安全は守られるというわけだ」
「たしかに……って、駄目に決まってるでしょぃ?!」
「駄目か」
「テオ氏大分動揺してますねぃ?!」
小さな舌打ちとともに顔を背ける友人の仮面から覗く耳が、僅かに赤みを帯びている。
柄にもなく動揺を見せたことに対して、多少なりとも照れていたようだ。
「テオ氏って結構そういうところありますよねぃ……」
「そういうところってなんだ、何か文句でもあるのか」
訳知り顔で呟けば、不服そうな声音で文句を言ってくる。
それが心底おかしく思え、からかい混じりに口を開こうとした瞬間。
部屋の扉が思い切り開かれた。
「テオ! 起きてた!」
「ウミ。いい買い物はできたか」
「うん! これね、すっごいキラキラしていて、きれいだったの」
イルの予想通り、少女は洒落物を買ってきたようだ。
それはとても小さな、ロケットペンダント。
女の子が好みそうな色相豊かな花の絵が絵付けされていて、ぱっと見は高価そうな印象を受ける。
「ウミ氏、お小遣いで足りましたぃ?」
「うん! これね、すごく安かったんだ」
「安い?」
イルは首を傾げる。
どのくらいの値段で安いと言っているのか分からないが、少なくとも小遣いの範囲は出ていないだろう。
となると、このロケットペンダントは相当安いことになる。
少女には、一般的な子供が買い食いで数軒回れるだけの小遣いしか渡していないから。
「イル」
「何ですかぃ」
テオが少女に聞こえぬよう、小さな声で耳打ちをしてくる。
イルもそれと悟られぬように、こっそり応答をした。
「いくら渡した」
「屋台で数軒分買い食いができる程度でしてぃ」
「にしては、随分小洒落たものだ。イルの見立ては?」
「少なくとも、それの十倍はしてないとおかしい装飾ですぜぃ」
「だよな。しかも、妙な気配がある」
「魔法的にですかぃ?」
「ああ。本当に僅かだが、魔力が引っ張られる感覚があるんだ」
「それって……」
「恐らく、
何のために。
そんなことは分かるはずがない。
ひとつ確かに言えることは、おそらくこれは
「ウミ、それを見せてくれないか」
「ん? うん!」
嬉しそうにペンダントを見ている少女から、テオはそれを預かる。
ペンダントを開けると、中には銀張りの板が埋め込まれていた。
「これは……」
銀張りの板に、テオの仮面が鈍く映る。
テオはそれに、指を当てた。
「……やっぱりか」
「テオ? どうしたの?」
テオは少女を見る。
仮面の下では、苦虫を噛み潰したような顔でもしているのだろう。
「ウミ、これは……」
とても、とても言い辛そうな気配を察し、イルは横から口を出す。
「珍しいですねぃ。
「玻璃?」
少女の興味が、こちらに逸れた。
チャンスとばかりに、テオに目配せをする。
テオは小さく頷き、体に隠しながらペンダントの分解を始めた。
「そそ。玻璃ってのは、姿写しの板ですぜぃ。ここいらでは滅多にお目にかかれないどころか、お目にかかれたとしてすごく高いんですよぃ」
「高いって、どのくらい……?」
少女の目がワクワクと輝いてくる。
「そうですねぃ……。ウミ氏に渡したお小遣いの、かるーく千倍はかかると思いますよぃ」
「千倍?!」
少女はギョッとした。
イルは更に畳み掛ける。
「それもそのはず、遠すぎて滅多に交易ができない東の国で作られているものになりましてぃ。運んでくる運輸費も併せて、莫大な金額がかかっておりましてぃ」
少女は恐る恐る挙手をする。
「それなら、あのペンダントは何で安かったの……?」
イルはうーん、と悩んだような声を出してみせる。
テオはペンダントの蓋と玻璃の分解に成功し、今は慌てて元に戻している。
(もう少し時間を稼ぎますかぃ)
「そうですねぃ……。商売って実は色々ありましてぃ。例えば、大量に仕入れたから割引してもらうとか、独自に安く仕入れることができる販路を持っているとか」
イルは指折り数え、自分の手元に少女の視線を固定する。
テオがペンダントを無事に元の姿に戻し終え、かいてもいない仮面の汗を拭う動作をしていた。
「じゃあ、商人の秘密ってこと?」
「そうそう、秘密なんですよぃ」
少女の目がキラキラ輝き出す。
(あ、嫌な予感)
イルはこの旅路で学んだ。
どれだけ実現が困難なことでも、この少女がこの目をする時、必ずやろう、と発言することを。
「それ、聞いてみたい!」
「秘密って言葉の意味知ってますかぃ?!」
イルは天井を仰ぎ、叫んだ。