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「そお?嬉しいなぁ・・・褒められたよ、俺」

「春香、店長大丈夫かな。誰かと話し始めたけど」

「大丈夫でしょ。そっとしときましょ。さすがに今日はご苦労様だわ」

「ホントだね・・・」 本気を出せば、超がつく逸材なのに。残念ながら能力と精神力が統一していない。

「えっ・・・ちょっと何それ」

「え?」

突然、春香が隣にいるわたしの手を掴み、拭いていたグラスまで泡まみれになった。

「あっ!ちょっと何すんだっ!」

「何よこれ」

春香はわたしの手の甲を顔に近づけてまじまじと見た。

「何が?」

「ほら」

向けられた自分の手の甲を見て、驚いた。
わたしの親指の付け根には絆創膏が貼ってある。今日の昼間、お湯に浸かった時にチクリと痛みを感じ、見ると小さな切り傷があったからだ。爪で引っ掻いたような小さな痕。
化膿しないように念のため絆創膏を貼っていたが、その絆創膏のまわりの皮膚が赤黒くなっている。

「えっ、なにこれ・・・」

「店に来た時こんなじゃなかったわよね?」

「うん、てかさっきまでこんなの無かったのに」

「てかそもそも、どしたのコレ」

「いや、わかんないんだけど、たぶん爪で引っ掻い・・・」

──脳裏に、彼女の顔が浮かんだ。
あの時、携帯を落とした時、あまりの冷たさに驚いて気づかなかった。彼女の爪は長く鋭かった。

「雪音?」

それに、このアザ。覚えがある。思い出す時間は必要はなかった。

「あー・・・シクッたかも」

「なにが?」

「うん」

「ん?何がよ?」

「わたしが死んだら、財産は春香にあげるわ」

「・・・はあ?」

「あ、あげるけど1ヶ月の酒代にもならないよ」

「・・・あんた、何言ってんの?大丈夫?」

至って"正常"だったが、春香の本気で心配している顔を見て、事の重大さを実感してきた。

「大丈夫、ちょっと別の事考えてたわ。まず、早く片付けて帰ろ」


──早坂さんに、なんて伝えよう。出来るだけダメージを少なく伝えるには、何て言えばいい。すぐに言わなかったこと、怒られそうだな。

このアザのことより、そっちのほうが心配だった。

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