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ニコちゃん先生6

『そういえばお前って昔、なんでも屋だったよな。やっぱり依頼って聞くと昔を思い出すのか?』などと元監守に訊かれて俺が思わず笑うと、元監守は不思議そうな顔をした。
「なんで笑うんだよ」

俺は苦笑いしながら答えた。
「オールがこんなことを言っていた。『兄ちゃんに聞いたんだけど、先生って昔、なんでも屋って仕事をしてたんだろ?』ってな。お前が俺のことを話したんだろう?」

いらないことをベラベラ喋りやがってという意味を口調に込めたつもりだったが、元監守はそれには気づかず得意げに頷いた。

「お前と知り合いだってことを話したら、色々訊かれたからな。答えてやったんだ。どんな関係だったのか訊かれた時は、俺がお前の上司だったって答えておいたぞ」

俺は失笑した。
なんだよ、答えておいたぞって。

俺は呆れながら言った。
「監守と囚人じゃ、まぁ上司と部下みたいなもんかもな」
「ああ。父としての威厳を見せつけてやった」
元監守は嬉しそうに胸を張った。

自分の父親が昔、学校の先生の上司だったということを知って、はたして父親に対する威厳を感じるのかは不明だが、本人は満足そうなので放っておく。

でも、一つだけ明確に事実とは異なる点があるため、そこは訂正しておかなければならない。

「自分の息子に俺のことをどう話そうが勝手だが、間違っている部分は訂正させてもらおう。俺がやっていたのはなんでも屋じゃない。便利屋だ。なんでも屋だったのはレンジだよ」

「あ、そうだったな。悪い悪い」
元監守はヘラヘラしながら謝ってきた。

「あ、ちょうど名前が挙がりましたね。本日お伺いしたのは、まさにそのレンジさんのことについてなんです」
店番がそう言ったことで、俺は嫌でも興味が惹かれた。

「レンジがどうしたんだ?」
「近々レンジさんの三回忌があります。その後にみんなで食事をするのですが、去年の一周忌の時はトリカブトさんは食事に参加されず、すぐ帰られたでしょう? 今年は参加されませんか。父が久しぶりにあなたと話したいと申しておりまして」
「……ああ。そうだな。じゃあそうしよう」

情報屋も、裏稼業から手を引いた俺に対して色々遠慮してくれているのだろう。
基本的に連絡を取ろうとしてくることはない。
俺も正直それでいいと思っている。

生きている世界が違う以上、積極的に関わるのはお互いにとってリスクになる。

しかし普段交流を持たない分、こういう機会に昔話に花を咲かせるのも悪くない。

それはさておき、一つ気になるところがある。
「なぁ、店番。俺はもうトリカブトじゃないんだ。その呼び方は止めてくれ」
「そうでしたね。失礼しました。コイン先生」
店番はペコリと頭を下げた。

「お前だって、レイのこと店番って呼び続けてんじゃねぇか」
元監守がツッコミを入れてくる。

「店番は今でも情報屋の店番だろ。でも俺はもうトリカブトじゃない。その名前は卒業したんだ」
「ふーん。……俺はいつまで経っても元監守だけどな」

「お前には新しい呼び名ができたじゃないか。なぁ、オールのお父さん?」

俺がからかうように言うと
「へいへい。そうですねコイン先生」
元監守は不貞腐れたように答えた。

それが面白かったのか、店番が嬉しそうな顔で笑った。

「お前、笑うんだな」
元監守は若干引き気味に言った。

「俺だって笑うことくらいありますよ」
「へぇー。……ところでよ」
元監守は興味なさげに話題を変えた。

「あれからもう二年も経つんだな。時間経つのって早いよな」

元監守が言っているのは、当然ギフトのアジトを襲撃した時の話だ。

あれから二年。
確かに早い。
しかし、俺は当時の出来事を昨日のことのように思い出せる。

俺がカルミアを殺した後、戦意喪失したギフトの連中は投降し、自警団の奴らに連行された。

何人か逃げた奴もいたらしいが、主要なメンバーは全員捕まえたらしい。

ベラドンナやヒガンバナたちは務所にぶち込まれている。

ギフトは巨大組織だったため、残党についての対処やら事情聴取やらで裁判は長引いているとか、誰かが言ってた。

ギフトを潰したことで、俺の名前は業界の人間に知れ渡ってしまった。

英雄扱いとまではいかないが、無駄に一目置かれることになり、俺はなんだかむず痒かった。

だから俺はもうトリカブトを名乗らない。
下手に名前を出すと、変なトラブルになりかねないからだ。

「ん? ちょっと待て。なんであいつがいなくなって二年後なのに三回忌なんだよ。しかも去年は一周忌だったじゃねぇか。なんかおかしくねぇか?」

元監守は唐突にそんな疑問にぶち当たり、頭を抱えた。

「えーっとですね。故人が亡くなった日を一回忌として……」
レイが元監守に説明しているのを、俺は聞き流した。
昔のことを思い出してしまったせいで、なんだか話に集中できなかったのだ。

元監守はレイの説明を聞き終え、
「ふーん」
と、分かっているのかいないのか不明な、曖昧で適当な相槌を打った。

それから
「おっと。なんか話し込んじまったな。俺、そろそろオール連れて帰るわ」
と言って席を立った。

「俺も用件は伝えたので、そろそろ失礼しようかと思います」
店番もそう言って立ち上がったので、
「見送りくらいはするよ」
俺も腰を上げ、伸びをした。
グギギと体の奥から音が聞こえてくる。

最近は、おっさんになったなと実感する機会が増えた。

ふとした時に体のどこかでパキっと変な音がなって不安になるし、物の名前をド忘れすることも多い。

レンジと一緒にギフトのアジトで配管をよじ登ったのが懐かしい。

たった二年前のことなのに、随分と昔のことに感じる。

時間は、流れてみればあっという間だ。
そして脳っていうのは過去を美しく見せたがるものらしい。

レンジと過ごした、短いけれど大切な日々を思い出そうとすれば、それは必ずセピア色に映る。

だが、それは年々輪郭がはっきりとしなくなっていくのだ。

最近はレンジの人懐っこい笑顔を頭に思い浮かべようとしても、古ぼけた写真のようにぼやけて見えるようになってしまった。

やはり自分の記憶だけでは限界がある。
だからこそ、人は墓参りに行くのだろう。

声を忘れても、姿が思い出せなくなっても、その存在は決して忘れないために。


 応接室を出て、廊下を歩き、外に出た。
グラウンドでは、オールやルビンたちが大声で笑いながら駆け回っている。

「うちのガキは本当に元気がありあまってやがるなぁ」
元監守は無邪気に走り回る息子のことを見て、嬉しそうに目を細めた。

「ルビン、そろそろ帰ろうか。……あれ、聞こえてないですね」
店番は困り顔で微笑んだ。

満面の笑みでオールを追いかけまわしているルビンを見て、俺は彼女との出会いを思い出していた。

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