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最終話

 俺はその時、レンジの墓の前で俯いていた。
心の中で、生前レンジが言っていたことを思い出していたのだ。

『復讐なんてやっても虚しいだけだ。半端な気持ちでやるなら、なおさらな』

お前の言う通り、復讐を遂げたって虚しいだけだった。

……いや、自分でも最初からそんなことは分かってたんだ。

生きる意味を失くした俺が、それでもこの世にしがみついているための言い訳。
それが俺の復讐だった。

……終わっちまった。
考えたこともなかったよ。

もしかしたら考えないようにしてたのかもしれないけどさ。

復讐が終わっても、人生って続くんだな。

カルミアを殺したあの日から、俺は毎日死のうとしては、その度に思いとどまるってのを繰り返してた。

結局俺には人を殺す覚悟も自分を殺す勇気もなかった。
それさえあればお前を助けられたかもしれないのにな。
ずっと後悔してるよ。

でも……いくら悔やんだってお前は生き返らない。
だからさ、ありきたりだけど、俺はお前の分も生きることにしたんだ。

手始めに、お前が語った夢をお前の代わりに叶えようと思ってる。

「オレンジなんて、珍しいお供物だね」
突然背後から話しかけられ、俺は腰を抜かしそうになった。

振り返ると、情報屋とその息子である店番、それに小さな女の子がいた。
俺に話しかけてきたのはこの女の子だろう。

「おにーさんもお墓参り?」
「え、あ、ああ。そうだけど……」
俺が困惑しながら返事をすると、情報屋が微笑んだ。

「よう。奇遇だな。ワシらも墓参りしてもいいか?」
情報屋が外出している姿を見たのは、その時が初めてだった。

あの場所に引きこもって書類と睨めっこしている姿しか知らなかったから、外で情報屋に会うのがとても奇妙なことに感じられて新鮮だった。

「それはもちろん構わないが、その女の子は一体……」
「ん? ああ。ワシの孫じゃ」
「孫!? あんた孫がいたのか」
俺が驚くと、店番が
「娘です」
と言いながら女の子を抱き上げて肩車した。

「ああ。そりゃ情報屋の孫ってんだからお前の娘だろうけど……」

女の子は店番の頭頂部を手すりのように掴みながら
「私はおとーさんの娘で、おじーちゃんの孫だよ。名前はルビン」
と自己紹介した。

「おにーさんは、なんでも屋さんと知り合いだったの?」
ルビンは小首を傾げながら質問してきた。
俺は墓をちらっと見て答えた。

「こいつとは、親友なんだ」
「へぇー。あ、そういえば、おにーさんはなんていう名前なの?」
ルビンは次々に質問してくる。

俺はなんと名乗ろうか悩んだ。
俺は兄であるサインの弟、コインとして生まれた。
そして家を追い出されてからはキリンと名乗り、脱獄してからはトリカブトとして生きてきた。

結局俺は
「コインっていう名前だよ」
最初の名前を採用した。

キリンは失恋し、トリカブトは復讐を終えた。
もうあいつらの役目は終わりだ。

また新しい名前を考えても良かったが、コインという名前を親友がいい名前だと言ってくれたことが、俺にとって重要な意味を持っていた。

これから俺は、もう一度コインとして生きていこう。

「学校の先生になるのが今の夢なんだ」
俺は訊かれてもいないのに、自分の夢を打ち明けた。
誰かに聞いてほしかったのだ。
そうすることによって覚悟が決まる気がした。

唐突な俺の宣誓にも動じず、ルビンは
「そっか。じゃあコイン先生だね」
と言った。

「コイン先生か……。そうなれるように頑張るよ。今のところはただのコインだけどね」
「コインっていうのは、裏と表があるものだよ」
ルビンは子供とは思えないほど真剣な顔で言った。

「そ、そうだね」
俺はその雰囲気に圧倒されていた。

「そして子供っていうのは、無意識に相手がいい人か悪い人か嗅ぎ分ける本能がある。だから子供を相手にする職である教師を目指すなら、コインの裏面を決して見せず、表面をなるべく友好的に見せる努力が必要だよ」

自分も子供であるということを忘れているような発言に、思わず笑ってしまいそうになる。

それと同時に、こんなに小さいにもかかわらず、あまりにもしっかりしていることに若干恐怖した。
情報屋たちは一体どんな教育をしているんだ……。

ルビンは続ける。
「そのためには、笑顔。笑顔だよ。笑顔が大事なんだよ。ほら、笑って。おにーさんずっと暗い顔してる」

指摘されて、初めて気が付いた。
トリカブト時代の名残か、表情筋に力が入っている状態がデフォルトになってしまっている。

ルビンはお手本を見せるように優しく微笑んだ。
「リラックスして。そんな暗い顔してたら、なんでも屋さんもきっと悲しいと思うな」

ハッとした。
そうだよな。
自分の墓参りに来た奴が辛そうな顔をしているなんて、嬉しくないに決まってる。

笑顔、笑顔だ。
俺は頭の中でレンジの人懐っこい笑顔を思い浮かべ、それを真似するように口角を上げた。

「……んー。ぎこちないけど、まぁいいんじゃないかな」

ルビンの微妙な反応に、情報屋が豪快に笑う。
それにつられるように店番も笑い、肩車されているルビンもケタケタと楽しそうに笑いながら足をバタバタさせた。

俺はなんだか気恥ずかしくて苦笑いをしていると、ふと、情報屋たちの笑い声に混じってレンジの笑い声が聞こえた気がした。

反射的にレンジの墓の方に視線を向ける。

……そういえば、静かなのが苦手だとお前は何度も言っていたな。

今まで墓参りに来るたび、暗い顔で鬱々とした雰囲気を放ちながら黙って手を合わせたりしてごめん。

今度からは笑顔を心掛けて、明るく楽しい話をするよ。

学校の先生になれたら、やかましくて手のかかる生徒の話をたくさん聞かせてやろう。

なぁ親友。
俺、頑張るからさ。
見守っててくれよ。

俺は精一杯の笑顔でレンジの墓に笑いかけた。

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