1-3-5
さて、これから忙しくなるぞ、なんてボヤいているルフルの傍ら、何やら難しい顔をしているのは、ユミ。
「貴族……」
「ああ、ボクはこれから、貴族になってユミのアイデアを広めてこようと……」
「
禁制品。
言葉自体は、ノーカも知っている。
しかし、それは数が少ないから流通に乗せてはいけない、例えば食材や、植物なんかを指していた。
不思議がるノーカと同じく、問いかけられたルフルも首を傾げている。
「禁制品……。言葉は知ってるけど、食べ物とかのことを言ってるのかな?」
「ううん。えぇっと、魔道具? ってもので、使うときの代償が、例えばその人の命とか、そんな感じの危ないやつで」
「うーん……。魔道具自体は高価だけど、あるにはあるからねぇ。でも、危険な魔道具……。うぅん」
うんうん唸るルフルの顔を、不安そうな顔で見ているユミ。
「危ない魔道具、ない?」
「ごめんね、話を聞いたことはないかな。そもそも、魔道具はものすっごく高価な宝石の、
しゅーん、明らかに落ち込んだ様子のユミに、ルフルは慌てている。
何か言おうと、頭をフル回転させているのがわかるのが、ノーカにとっておかしかった。
やがて、何か聞いた話でもあったのか、あ! と明るい声で指を立てる。
「そういえば! 見た目を変えられる道具っていうのが、最近輸出が多いって聞くね」
「道具?」
「そー。魔道具じゃなくて、道具。どこに行くかまでは聞いてないけど、多分行くとしたら
「聖都?」
「ほら、近々毎年恒例のパレードの時期だから。そこに華やかさを加えるために、色を変えたりとか色々するんじゃないかな」
ユミがパレードの話に食いついた。
ルフルは意味ありげに、しかも、と付け加えるものだから、余計に身を乗り出して聞いている。
「今年は、聖女様が参加するんだって聞いたよ。だから、一層気合が入ってるんじゃないのかな」
「聖女様って、なーに?」
「うーん、説明が難しいな……」
「それはわたしから説明しましょうか」
ノーカは口を挟む。
ルフルはいいアイデアを思いついた瞬間のように、ぱっと顔を明るくさせる。
「おお! それならユミ、ノーカに教えてもらって。歴史とか地理とか、彼ならとっても詳しいから!」
ルフルのパスで、ユミはノーカに体を向ける。
「教えてください!」
「良いでしょう。聖女様とは、ある使命を持って生まれてくる女性のことで、皆、各々に特別な力を持っていたと言われています」
「特別な力?」
「ええ。ある時代の聖女様は、飢饉を防ぐべく生まれてきて、作物を短期間で育てることができる力があったと言われています」
光のない時代の聖女様は、明るい光魔法を分け与えることができる力があったという。
気候変動が激しく、作物も枯れてしまうほどの気温差が生まれた時代では、気温を調整できる聖女様が。
魔物が大量発生した時代の聖女様は、勇者様を見つける力があったと言われている。
「このように、聖女様方は、その時代に起こる厄災に対抗できる力を持って生まれてきて、その時代の人々のためにその力を奮っていたと伝えられています」
「すごい人たちだったんだね!」
「ええ。時代によっては、神の遣いとも言われていた方もいらっしゃったとか」
「神様の、お遣い……」
彼女は、その単語を繰り返し、噛み締めていた。
忘れまいとしているように。
「……そろそろ、日が落ちますね」
彼女のお迎えがやってくる時間だ。
名残惜しそうに手を振るルフルに手を振り返すユミ。
その背後で、来客のベルが鳴った。
相も変わらずその人は、仮面にざんばら頭だった。
変わったことと言えば、薬草の匂いを体全体に染み込ませてやってくることだろうか。
「
そして彼は、相も変わらず少女のことを【ウミ】と呼ぶ。
「あの。実は彼女の名前は……」
「いいの」
親切心から、発音の勘違いを正そうとした所を、ユミに止められる。
彼女は首を振り、満面の笑みでノーカに告げる。
「テオには、ウミでいいの」
「……そうですか」
もしかすると、二人の関係性で呼び方が決まっていたのかもしれない。
水を差すことにならずに済んで、ノーカは安堵した。
それはそれとして、初日からずっと気になってたことを、苦言として旅人に申告することにする。
これは二人の関係性がどうであれ、無視できない問題でもあった。
「旅人さん」
「なんでしょうか」
「せめて服くらいはまともなものを用意してあげたほうがよろしいかと。いつまでもあなたのお下がりでは……」
形が崩れている、言ってしまえばみすぼらしい格好を、子供とは言え女性にいつまでもさせているのは、外聞が悪い。
そう言外に伝えれば、彼は非常に、非常に居た堪れない雰囲気を醸し、申し訳なさそうな声音を発する。
「……それ、作ったのはわたしなんだ……」
気まずい沈黙が流れる。
沈黙に耐えられなくなったのか、彼はポツポツ話し始める。
「ウミの服を買いに行くこともできなかったから……わたしのマントの予備をですね……こう、切って貼って……」
「それで服にしたのはすごいと思いますが、いささか不器用がすぎませんか」
一枚の布を服にする方法という知識はあるのに、あまりにも不器用すぎる。致命的に不器用すぎる。
気まずさに耐えられなくなったのか、心做しか小さく見える彼を見て、思わず口元が綻ぶ。
「……懐かしい人を思い出しますね」
「懐かしい人?」
「ええ、その方は、利発なくせして手先が不器用なんて弱点があったのですよ」
どうにも、その方と彼の姿が重なって見えるのは、きっと気の所為だ。
性別も、出生だっておそらく違うだろう。
それに、あの方は、こんなその日暮らしの旅なんてするはずがないのだから。
「昔、とある貴人の家庭教師をしていたことがあったのですよ」
思わず語りだしてしまうのは、夕日に当てられた懐かしさから。
瞼を閉じれば、今でも昨日のことのように思い出せる。
「
あの方も、そういえばこんな、白みがかった髪色をしていたような気がする。
美しくまっすぐ伸びた白銀の髪に、幼少ながら将来性を感じさせる、睫毛の伸びた黄金色の瞳。
彼女が大人でも困惑するほど大量の勉強や、その他努力をされていたのは、
真の博愛主義とは、あの方のような心持ちでいられることを指すのだと、その時はひどく感銘を受けたことを覚えている。
「それがいつの頃か、我が強く出るというのでしょうね。手が付けられないほど横柄に、ワガママになってしまわれた」
いつ頃だっただろうか。
彼女は突然、人が変わったようになってしまわれた。
その前日までは、変わらず賢く、慈愛に溢れた女性であったのに。
「名を変えたいと言いだしたり、ご自身がやりたくないことをやらせようとしてくる人々を解雇したり。やりたい放題でした」
思わず、ため息が漏れる。
情けなさに浮かべた笑みも、きっと崩れていることだろう。
「わたしも、その解雇の憂き目に遭った人間ですよ」
その前日までは、ノーカの授業は本当に楽しいと言っていたその口で、わたくしに逆らうやつは、だれであれクビにせよと、苛烈な言葉を吐くものだから。
ノーカは失意の中、その国を出ることになった。
「保護者も保護者で、彼の方が身近であった者に殺されかける憂き目に遭ったためか、飛び出すワガママを諌めもなさいませんでしたし……おっと」
これは不敬に当たってしまいますね。
そう漏らした言葉に、旅人は首を小さく振る。
わたしは何も聞いていない。と、世を弁えた発言をし、ノーカを安心させた。
「……貴男がその方の不興を買ったとして、悪い授業をしていたようには、到底思えません」
「そうでしょうか」
「ええ。ウミを見ていれば分かります。……毎日楽しそうだ」
待っている間、暇になったのか孤児院の子供たちと遊んでいるユミを見て、彼は、仮面の下で目を細めた気がした。
「……貴男に教えてもらえたその人は、少なくとも幼少期は幸せだったと思います。きっと、何かボタンを掛け違えただけなんでしょう」
「そうでしょうか」
「ええ。絶対に、そう思っているはずです」
「そうだったら、とても嬉しいことですね」
子供たちの笑い声が聞こえる。
影が段々伸びていく。
近所の家から、野菜たっぷりのミルクスープの匂いが漂ってきた。
「……ユミさんの習得速度は目を見張ります。あとは応用として、不自由しない程度の敬語を学んでいただき、終わります。あと、少しです」
「そうですか。ありがとうございます」
向き合って会う目と目。
仮面の奥の瞳は夕日のせいか、懐かしい黄金色に見えた。
「それではあと少し。よろしくお願いします。
「……はい。任されました」
互いにふ、と笑い合う。
夕陽は
「……それはそれとして、服は、お店で購入した方が無難です」
「……ええ、そうします」
薄っすら悲哀の見える仮面の旅人の肩を軽く叩き、わたしは彼を慰めるのであった。