反撃
マティアスのテントにあるイスにふんぞり返っているリカオンが口を開いた。
「そろそろだな」
「ああ」
「マティアス。お前、マクサ将軍だからといって手心くわえたりなんかするなよ?」
「するわけないだろ。奴は俺を殺そうとしてるんだぞ?」
「どうだか。お前は身内に甘すぎる」
リカオンはイスから立ってマティアスの肩をポンと叩いた。無意識に肩に力が入っていたようだ。リカオンはマティアスよりもマティアスの事を常に理解してくれている。
「ここはゲイド軍の国境付近だ。レティシアも不安がってるだろう。様子をみてくるよ」
「ああ、ありがとう」
リカオンがテントから出て行った後、マティアスは身の置き場に困って、リカオンが座っていたイスに腰をかけた。座ったと同時にテントの外から声がした。
「マティアス王子。マクサにございます」
「入れ」
マティアスは不自然にならないようにマクサ将軍を招いた。マクサ将軍はマティアスの前に立ってくだらない世間話を始めた。
話しの内容は、マティアスの結婚の事だ。マティアスは叔父のイエーリの取り決めで、トレント公爵のミエリン嬢との結婚が決まっている。
マティアスはミエリン嬢と一度だけ会った事がある。目がギョロギョロしていて頭がチリチリパーマで、笑うと歯ぐきが出る、あまり美しいとはいえない容姿の令嬢だ。
見た目がいまいちでも、心が美しければと思うが、性格も最悪だった。最近一番面白かった事が話題になると、ミエリン嬢は歯をむき出してギョホギョホ笑いながら、気に食わないメイドを折檻した話しを嬉々としながらしていた。
こんな女は心を読まなくても分かると思ったが、何かトレント公爵の弱みが握れないかと、ミエリン嬢の心を読んだ。
結果吐き気をもよおすような事実を知った。ミエリン嬢は美しい男が大好きで、裏で美しい男を奴隷として買い漁り、薬づけにして地下牢に監禁しているのだ。
ちなみに、マティアスはミエリン嬢のおめがねにかなっているらしく、イエーリからはマティアス殺害を請け負っているのにもかかわらず、殺さずに薬づけにして地下牢で飼う気らしい。
ザイン王国で奴隷を買う事は大罪だ。これはイエーリを糾弾する時に、同時にトレント公爵も一掃できる切り札になりそうだ。それまで地下牢に囚われている男たちが無事でいる事を願うばかりだ。
ミエリン嬢のような下劣な女と結婚するくらいなら一生独身でいた方が百倍ましだと考えていたのが、レティシアに出会って考えが百八十度変わった。
レティシアとなら結婚したい。いや、結婚してほしい。
マティアスの思考はマクサ将軍への追及から、愛しいレティシアへの気持ちに変わっていった。