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開戦

 カルミアはその時、いつも通り惰性的に晩酌をしていた。
あらゆることに対して感じる退屈を、酒は少しだけ緩和してくれる。

でも、酒は根本的な解決をもたらしてくれるわけではない。

「やはり私には愛が必要だわ……。私が幸せになるには、それしかない」

そんなことを考えながら物憂げにグラスを見つめていると、ふいに部屋にある魔晶石が建物内への侵入者を検知して赤く光った。

カルミアは突然のことに呆気にとられ、一瞬ボーっと魔晶石を見つめたが、すぐに冷静さを取り戻して棚から青い水晶を取り出すと、それを食い入るようにじっと見つめた。

この水晶はこの建物内のどんな場所でも映し出すことのできる、監視カメラのようなものだった。

建物の入り口を映してみると、そこにはトリカブトやなんでも屋、他十数名の姿が確認できた。

「一体どうやってこの場所を突き止めたの……? いや、原因究明は後ね。愛するキリンさんがわざわざ会いに来てくれたんだもの。お出迎えしなくっちゃ」

カルミアは自分の頬が意識せずとも綻んでいくのを感じていた。

「やっぱり私、キリンさんのこと大好き」
上機嫌でそう呟くと、今度は緑の水晶を取り出して、それに話しかけた。

この水晶は連絡用で、トランシーバーのように使うことができる。
カルミアは素早く組員に指示を飛ばした。

時間帯もあって寝ていた者が多かったが、彼らは素早く準備を整えた。

カルミアの部屋は最上階、十階にある。
「ここに来るまでに、うちの従業員たちが人数を削ってくれるでしょうけど……。運よくキリンさんだけここまで来てくれたりしないかしら」

そんな希望を抱き、カルミアはわくわくしながら侵入者の到着を待った。


 一方、カブトたちは何事もなく一階を通過して、二階に差し掛かったところで足止めを食らっていた。

一階は事務所的な部屋ばかりで、今は誰もいなかったから問題なく進めたのだが、二階からはギフトの従業員たちが暮らすスペースで、寝起きのギフト組員が俺たちを迎撃してきたのだ。

俺たちは廊下で一進一退の攻防を繰り広げていた。

流石暗殺組織の本拠地と言ったところか、敵は全員当たり前のように武器を持っている。

エネルギー弾、実弾、手榴弾などが爆音を轟かせながら飛び交っている。

こんな夜中に近所迷惑も甚だしいが、この辺は工場地帯のような感じであまり住宅はないから、そこそこの騒ぎは許されるはずだ。

「クソッ。敵の弾幕が厚すぎて全然先に進めない」
俺が愚痴ると、隣にいたレンジが
「上の階からもどんどん増援が来るぞ。長引いたらジリ貧だ。どうする?」
と訊いてきた。

数的には負けているが、自警団連中の実力が総じて高いため状況は拮抗している。

今のところは奇襲したこともあって、こちらが少し押しているくらいだが、ここは敵の本拠地だ。
長引けばこちらが不利になるのは分かりきっている。

クソッ。
想像以上に相手の動きが早かった。
こんなにすぐ迎撃されるとは。
一体どうしたものか……。

その時、元監守が
「おい! トリカブト、なんでも屋! お前らは先に行ってボスを潰してこい! ボスが消えればこいつらも少しは大人しくなるだろ?」
と俺たちの耳元で叫んだ。

銃声やら爆発音やらでうるさいし、俺たちはみんなガスマスクをつけているので叫ばないと聞こえないのだ。

「先に行けって言われても、ここ突破しねぇと先には進めねぇだろうが!」
レンジが答えると、元監守はすぐ近くの窓ガラスを銃で撃って割った。

「外から見た時、そこの窓のすぐ横には配管があった。それを伝って登れ。落ちて死ぬんじゃねぇぞ?」
俺とレンジは唖然として元監守の顔を見つめた。

「ほら、さっさと行けよ。自警団の奴らは優秀だからな。お前ら二人くらいいなくなっても大丈夫だ」
「……恩に着る。行くぞレンジ」
「おう」

俺たちはこの場を元監守たちに任せ、窓から外に出て配管を登り始めた。

重装備なため結構苦労するが、少しずつ確実に上に向かっている。

最近の夜は冷えるが、装備のおかげで寒さはあまり感じない。

俺たちは極力皮膚の露出がないようにしているのだ。
これには当然毒針対策という目的がある。

更には高性能ガスマスクも装着している。
これも毒対策だ。

ついでに、全員に毒消し草という薬草を配布しておいた。

なにせ相手は毒殺専門の殺し屋集団だ。
このくらいの対策は最低限必要だろう。

ともかく、毒対策の装備のおかげで夜風にさらされながらも俺とレンジは凍えることなく、順調に建物側面の配管をぐんぐん登った。

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