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真実

 レンジの話を聞いた後、俺たちはしばらく静かに酒を飲んだ。

そして
「さて、そろそろお開きにしようぜ。あんま飲み過ぎると明日に響く」
レンジがそう言ったことで、レンジの恋バナを聞くの会はひっそりと幕を閉じた。


 翌日。
俺たち三人は情報屋に向かうことにした。
クレームを入れるためだ。

情報屋が敵じゃないと保証した仲介屋がギフトの人間だったのだから、俺たちには当然文句を言う権利がある。

店に到着すると、俺は店番に
「買った情報に誤りがあったから文句を言いに来た。情報屋に会わせろ」
と詰め寄った。

店番は困惑した表情を浮かべながらも奥に通してくれた。

情報屋のいる部屋へとノックもせずに入った俺は開口一番
「クレームだ。あんたから買った情報が間違ってた。慰謝料を寄越せ」
と言った。

情報屋はポカンとした顔で俺たち三人を見ると
「なんだなんだ。とりあえずまぁ座れ。そして落ち着け。話はちゃんと聞いてやるから」
と言ってソファを勧めた。

俺たちが情報屋の対面に腰を下ろすと、情報屋は
「仲介屋がいないな。その代わりにいるお前は確か……監守だった男だな?」
と元監守に確認した。

元監守は感心した様子で
「俺のことも知ってるのか」
と言った。

「ワシは情報屋だからな。……それで、今日はクレームを入れに来たとのことだが、まずは具体的にどの情報が間違っていたのか聞かせてくれ」

レンジがすかさず答える。
「この前、あんたに仲介屋の野郎が敵か味方か確かめてもらっただろ? そしてあんたは仲介屋を味方だと判定した。でも、あいつはギフトの人間だったんだ」

情報屋が信じられないというように目を大きく見開く。
「そんな馬鹿な……。仲介屋は確かに嘘をついていなかった。一体どういうことだ……?」

レンジはその反応を見てため息をついた。
「こっちが訊いてんだよ。……念のため確認だけさせてくれ。あんたが買収されて嘘をついたってことは絶対にないんだよな?」

「当たり前だろ! この仕事は信用が命だ! 目先の利益なんかのために信用を捨てるわけがないだろう!」
情報屋は声を荒げた。

俺はヒガンバナの言っていたことを情報屋に伝えることにした。
「仲介屋は『催眠毒を使う俺は情報屋の天敵だ』と言っていた。この発言について何か思い当たることはないか?」

情報屋は顎に手を当て、考え始めた。
そして徐々に表情を険しくさせていき、ついには
「クソッ! やられた!」
と叫んだ。

「あんたが騙された仕掛けが分かったのか?」
俺が訊くと、情報屋は不本意そうに頷いた。

「それを説明する前に、ワシの魔法がどんなものなのか、今一度確認しておくぞ。ワシの魔法は、相手の言っていることが真実かどうか見分ける。これは大丈夫だな?」

俺たちは首を縦に振った。
そんなことは当然知っている。

この魔法を使っていたのに情報屋が騙された理由が分からないのだ。

情報屋は俺たちに一つ質問してきた。
「真実と事実の違いを知っているか?」

俺たちは少し考え込み、結局レンジが一番早く答えた。
「真実は主観的、事実は客観的に正しいこと、みたいな感じだっけ?」

「まぁ大体そんな感じの理解で充分だろう。ここで重要なのは、ワシが使う魔法は『真実』を見分けるということ、そして真実には主観的な解釈や理解が含まれているということだ」

「うーん……。よく分かんねぇ。もう少し分かりやすく言ってくれねぇかな」
元監守の要望を受け、情報屋は噛み砕いて説明した。

「真実っていうのは本人さえ正しいって思い込んでいればそれで正解だということだ。例えばワシが自分のことを世界で一番イケメンだと信じていれば、ワシの中でそれは真実ということになる。だが、現実はそうではないだろう? 客観的に見れば、つまり事実としてはワシは世界で一番イケメンというわけではない」

元監守は納得したようだ。
「あー。なんとなく分かった。要するに、そいつの中で真実だったとしても、それが事実かどうかは別問題ってことか」

「そういうことだ。そして仲介屋はこの違いを利用した。それが催眠毒ってわけだ。あいつは自分自身を催眠したんだろう。『自分はトリカブトたちの味方だ』という催眠を自らに施すことによって、それはあいつの中で真実になった……クソッ! ワシの魔法にこんな抜け穴があったとは……」

情報屋は仲介屋に対する怒りをあらわにした。
「信用を揺るがされた。営業妨害だ。許せない……」

そして怒りに満ちた目を俺に向けてくると
「おいトリカブト。お前の全財産の半分を寄越せ」
と言ってきた。

「は? 何を言っている。やるわけないだろう」
俺は当然そう答えたが、情報屋の次の言葉で考えがひっくり返った。

「それでワシが持っているギフトの情報を全部お前にやろう」
「! ……本気で言っているのか?」

以前ギフトのアジトの場所の情報がいくらなのか尋ねると、情報屋は金貨1000枚だと答えた。

それを考えると、ギフトについての全ての情報が俺の全財産の半分……俺の貯金が大体金貨200枚くらいだから、金貨100枚くらいか。
破格もいいところだ。

「ギフトに殴り込みに行く際は、ワシの倅も同行させよう。あいつも少しは役に立つだろうからな。ワシのコネを使って自警団も出動させるように交渉する。……その代わり、絶対にギフトを潰せ。それが条件だ。どうだ? この交渉、乗るか?」
「……ああ。願ってもない申し出だ」

俺と情報屋は互いの手を取って固く握った。
交渉成立だ。

いよいよ俺たちはギフトに乗り込む。
それも、情報屋の全面協力を得て。

待っていろカルミア。
すぐ会いに行くからな。


 三日で準備を整えた。
情報屋は自警団と交渉し、10人の応援を派遣するように取り付けた。

俺とレンジと元監守は休息を取ったり、武器の調整をしたりして戦いに備えることに時間を使った。

情報屋がくれた情報によると、ギフトのアジトは十階建ての建物らしい。
その建物まるごと全部ギフトのアジトだ。

場所はレンジが囚われていた倉庫の近くで、情報屋の息子が案内してくれる予定になっている。

作戦は、夜中に奇襲して油断しているところを一網打尽にする。
今夜決行だ。


 午前1時。
俺、レンジ、元監守、情報屋の息子、それに自警団の応援10名は情報屋に集合していた。

店内に他の客はいない。
この場にいるのは、これからギフトのアジトに突入する仲間だけだ。

皆一様に張り詰めた顔をしていて、空気がピリピリしている。
その中でも、情報屋の息子である店番は特に緊張しているように見えた。

普段から表情の変化が乏しい奴なので余計にそう見えるのかもしれない。

そんな店番は、わざとらしいくらい大きな動作で一度だけ深呼吸をした。

すると気持ちが切り替わったのか、毅然とした態度で
「さて、皆さん準備はよろしいでしょうか」
と呼びかけた。
俺たちは無言で頷いた。

そして諸々の最終確認を済ませ、
「では、参りましょうか」
という店番の合図で、俺たちはギフトのアジトに向けて出発した。


 目的地に近づくにつれて俺たちの間に流れる緊張感は徐々に増していき、アジトが目と鼻の先にまで迫った頃には、それは足元をおぼつかなくさせるほどのものになっていた。

目の前の十階建ての建物は、大量殺人犯の巣窟だ。
灰色の外壁にあるシミが死神のように見えてくる。

思わず足が(すく)む。
重力が倍になったように、踏み出す一歩一歩が重く、憂鬱なものになっていく。

しかし、ここまで来て怖いから帰るなんてことはありえない。

俺たちは敵のアジトの手前まで来たところで立ち止まり、互いの顔を見て頷き合った。

さあ、ついにお前の喉元まで迫ったぞカルミア。

俺は自分の覚悟を確かめるように頬を叩いた。

それからレンジにアイコンタクトで合図して、二人で息を合わせて鍵がかかっている建物入り口の扉を同時に蹴破った。

しおり