情報屋の息子
カブトやレンジが配管を登っている時、元監守たちは変わらず銃撃戦を繰り広げていた。
お互い一歩も譲らず、膠着状態が続いている。
「おい! ……えーっと、お前の名前なんだっけ?」
元監守は情報屋の息子に声をかけたが、名前が思い出せなかったため、まずは名前を訊いた。
「レイです」
「そうか。レイ、この状況どうしたらいいと思う? 俺はそういうの考えるの苦手なんだ」
レイは少し悩む素振りを見せた後、答えた。
「トリカブトさんたちがボスであるカルミアを殺せば、おそらく彼らは戦意喪失するでしょう。しかしそれを信じて待っているだけでは、いずれ押し負けると思います。数は相手の方が多いわけですからね」
「おう。だったらどうすればいい?」
「分かりません」
レイは即答した。
「……は!? 分からないってなんだよ!?」
元監守は一瞬遅れて声を上げる。
レイは肩をすくめた。
「元々の予定では油断しているであろう相手に、それも夜中に奇襲することで一方的かつ迅速に制圧していくはずだったのですが、予想以上に相手方の対応が早く、本来奇襲によって得られるはずのアドバンテージはすでに失っています。こうして足止めを食らっている間にも相手は冷静に次の一手を考えていることでしょう」
レイの冷静なお手上げ宣言に、元監守は呆然とした。
「ど、どうすりゃいいんだよ」
「必死に耐えるしかないです。……ですが、一つだけ言えることがあるとすれば、全方位に気を配ることですね。この建物がどういう構造なのか、詳しいことを俺たちは知りません。隠し通路などがあって、突然背後から敵が現れる可能性もあります。ちょうどあんな感じで」
レイは勢いよく振り返ると、一階から階段を上ってきて背後に迫っていたギフトの従業員を撃った。
元監守が感心したようにヒューっと口笛を吹く。
「よく気づいたな」
「気配を感じたので。それと、今ので確信しました。この建物には隠し通路があります。今の人はそれを使って一階まで降り、階段でこっそりと二階に来て俺たちを挟み撃ちにするつもりだったのでしょう。多分また来ます。階段の方に意識を向けていてください」
元監守とレイは自警団10名に加わって廊下で銃撃戦をしながら、背後にも警戒した。
その後、何人か一階から上がってきたが、いずれも元監守とレイによって撃退された。
廊下での攻防が始まり、すでに十分が経過していた。
元監守やレイや自警団員たちが使っているのは、自分の魔力を消費して撃つエネルギー弾であるため、使い続ければ自分の中の魔力が枯渇する。
魔力というのは、不足すれば身体に不調をきたす。
侵入者側は全員、へばってきていた。
対するギフト従業員たちは実弾を使っている。
毒殺専門の暗殺組織であるギフトとしては、あまり銃を使うことを想定していない。
それに加え、本拠地であるこの建物での戦闘など基本的には考えられていないため、銃弾の蓄えも少ない。
両者疲弊してきていて、飛び交う銃声の音量は段々小さくなっていた。
そんな時、レイは寒気を覚えて振り返った。
一階から誰か上ってくる。
しかも、それは今までのような相手ではない。
おそらくギフトの幹部、間違いなく実力者が来る。
レイはそれを直感的に悟った。
「元監守さん。また来ますよ」
「ああ。なんかやばそうだな」
二人は階段の方に銃口を向けた。
しかし、二人分の人影が現れても、彼らは引き金を引くことができなかった。
階段を上ってくる男女二人組……その男の方と目が合った途端、引き金に触れている元監守たちの指が硬直したのだ。
「……仲介屋」
元監守は口を小さく動かして、そう呟いた。
そしてもう一人の方にも目を向けると、恨めしそうに睨みつけた。
「テメェは俺の手を針で刺してきやがった女だな。確か名前は、ベラドンナだったか」
「その節は、私とトリカブトのデートを邪魔してくれてどうもありがとう」
ベラドンナは微笑んだ。
元監守は鼻で笑う。
「礼には及ばねぇよ」
余裕があるように振る舞っているが、実際元監守の脳内はパニック状態に近かった。
ヒガンバナやベラドンナに銃口を向けているのに、撃てない。
レイも同じ状況らしい。
困り眉で自分の指先を見つめている。
それを見抜いたのか、ヒガンバナは煽るように言った。
「撃てないだろう? 脳が『撃て』という命令を出しているのに、引き金にかかる指が動かない。何故だと思う? それは、お前らが俺の催眠にかかっているからだ。さっき俺と目を合わせただろう? 俺は目を合わせた相手を催眠状態にする魔法が使えるんだ」
元監守は試しにもう一度だけ引き金を引こうとしたが、指が動かなかった。
どうしたものかと元監守の表情が険しくなっていくのに対して、レイの顔は無表情に近づいていった。
「元監守さん、肉弾戦いけますか?」
レイはガスマスクを若干ずらし、小声で元監守に問いかけた。
元監守は目で答える。
「コソコソしてるけど、内緒話?」
ベラドンナがからかうように言った。
二人は何も答えず、ただ鋭い視線をベラドンナたちに向ける。
そしてタイミングを合わせ、同時に走り出し、敵との距離を全力で詰めた。
ベラドンナは二人の行動を見ても余裕の笑みを浮かべたまま動こうとしない。
ヒガンバナは向かってくる二人を真剣な表情で見据えているが、ベラドンナ同様動く気配はない。
元監守はベラドンナに、レイはヒガンバナに、ほぼ同時に殴り掛かった。
ベラドンナは元監守の攻撃を舞うように躱し、ヒガンバナはレイの拳を鮮やかに受け流す。
二人は追撃せず、距離を取った。
「こいつら、殴り合いでも普通に強そうなんだよな……。なんなんだよクソが」
元監守は苦い顔で愚痴った。
しかし、レイは対照的に口元を綻ばせていた。
マスクで表情は見えないが、レイから自信ありげな雰囲気をなんとなく感じ取った元監守は、
「何か分かったのか?」
と訊いた。
レイは小さく頷く。
「俺たちはさっき催眠されて銃が撃てなくなりましたよね? でも今は、攻撃すること自体はできた。このことから推測すると、ヒガンバナの催眠魔法には何かしらの制限があります。制限なく相手の行動を支配できるのなら、指を動かせなくしたように、殴る動き自体をできないようにすることもできるはずですからね」
ヒガンバナは不愉快そうに眉をひそめた。
図星だろう、と思ってレイは続ける。
「そしてその制限というのは察するに、一つの動作しか操れないというものです。更に重要なのが、もう一度目を合わせない限り、おそらく操る動作を変えることができないということです。今もまだ銃を撃とうとしても指は動かないし、その他の動きには何も変化がないのが証拠です」
「……チッ。なんでそこまで分かるんだ」
悪戯を見破られた子供のように、ヒガンバナは不貞腐れた。
レイは淡々と答える。
「俺には情報を取得する魔法が使えるんです」
元監守は
「へぇー。情報屋の息子らしい魔法だな」
と素直な感想を漏らした。
「そうは言っても、何も知らない状態からは使えませんけどね。ある程度情報を集めた後、その情報に付随する情報を芋づる式に知ることができるというか……まぁ今俺の魔法について説明する必要はありません。現状理解しておかなければならないのは、ヒガンバナともう一度目を合わせてはならないということです」
「了解」
元監守は頷き、敵の足元あたりに視線を向けた。
「銃は使えないので近接格闘主体になります。相手は強いので頑張りましょう」
状況にそぐわない『頑張りましょう』という言葉に苦笑しながら元監守は構えを取った。