第六十一話 森の中の手記
「えー、今回の資料をご覧ください」
潜航室の監視室でマリアムの声に、カリアム、ヒューノバーと共に手元のデバイスに目を落とす。
「今回の潜航対象者はライル・メティリー、二十一歳、人間の女性、強姦被害に遭われた方です。一般の医療機関にて治療中でしたが、心理潜航を行い治療を試みましたが、担当のセラピストによればかなり強固に下層へ潜らせるのを拒み犯行のあった記憶のある階層まで潜るのが難しいらしく、こちらに依頼が来ました。今回潜っていただくのは、ヒューノバーさん、ミツミさんです。よろしくお願いします」
「はい」
「どう言った状況で強姦被害に遭われたのですか?」
顔あげてマリアムにそう問うと、二ページ目に移って欲しいと言われる。
「家への押し入りですね。玄関のロックをハッキングして侵入され、寝ているところを、って感じです。ちなみに三人ほどの複数犯とのことです。強姦の末に、暴行や性器への異物挿入によって子宮破壊までされています。かなり凶悪犯だと見て警察も今回の潜航で犯人を特定できるのならと。犯人は獣人であると見ていいそうです。被害者の反応から、獣人への恐怖が見て取れるとのことで」
聞いていて恐ろしくなる。この国は人間への差別が強い地域もあるとは聞くし、ヒトをヒトとも思わない獣人も存在しているのだろう。自分が被害者と同じ立場であったのなら、確かに強く心を閉ざしてしまうだろう。
「ではお二人とも、よろしくお願いします」
マリアムにそう言われヒューノバーと共に潜航室の方へと移る。
「今回も頑張りますか〜」
「あくまでも犯人の特定だから、無理はしないでねミツミ」
「ん、そっちもね」
ヒューノバーと潜航対象者を挟んで向かい合って座る。左手を対象者の胸元に乗せて意識を集中する。目を閉じれば淡く緑色の光が視界を包むこむ。眩いほどに光り、消えていく光に目を開ければどこか、公園のようだった。
空は鈍色で小雨が降っている。じめじめとした空気を感じつつ、隣にヒューノバーが並んだ。
「どこかなここは」
『恐らくライルの生まれ育った地域の公園ですかね。どこかに居ると思いますよ』
「探してみようか」
カリアムの声が耳のデバイスから聞こえ、広い公園をヒューノバーと共に歩み始める。曇天の空から降る雨が少々鬱陶しく感じたが他人の心理世界なのだから贅沢は言っていられない。しばらく辺りを見回しながら歩いていると、レインコートを着た金髪の女の子が駆けてくるのが見えた。
声を上げて泣きながら私たちの横を通りすうぎて行ったが、大きな音を出して転んだと思うと大声で泣き出し、引き返し駆け寄って大丈夫かと確認する。
「大丈夫?」
「うぇ……うあああああ……」
『あ、その子恐らくライルですね』
潜航室で見たライルは茶髪の女性だったが、今目の前に居るライルは金髪だ。そういえば地球に居た時に聞いた話だが、幼い頃金髪の子供は成長するにつれて髪色や体毛が変化していく人も居るらしいと聞いたことがあったな、と思い出す。ライルもそうなのだろう。
見た感じ四、五歳くらいか。地面にうずくまったままだったライルを起こしてやると、両目からぼろぼろと涙を流している。何があって泣きながら走って来たのかと思うと、ライルがやって来た方からライルの名を呼ぶ男性の声が聞こえた。そちらを見ると傘を刺した茶髪の人間の男性の姿があった。
「あ、親御さんですか?」
「ああ、その子の父です。ライル、ママが待ってるよ。帰るよ」
「やあああだあああああ!!!」
「お昼ご飯食べないとママが怒るぞ」
「お腹減ってないいいい! まだ遊ぶうううう!」
ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶライルに、子育てって大変そうだなとうずくまって丸くなるライルを見てそう思う。ヒューノバーが抱き上げるが、大粒の涙を流し、鼻水も流しと顔面が大変なことになっている。ヒューノバーがライルをあやしている間に情報を集めておくか、とライルの父に話しかけた。
「あの、お父さん。ライルちゃんは何歳で?」
「五歳です。やあ、すみませんあやしてもらって……最近環境が変わったので色々ストレスが溜まっているようで……」
「環境、ですか」
「再婚して新しい母親に中々慣れないようで、癇癪を起こすことが多く」
ライルは五歳ほどの頃父親の再婚で継母が出来たそうだ。向こうにも連れ子がおり、慣れるのに時間が掛かっているとのこと。散歩に連れ出したものの帰宅拒否をして走って父親から逃げていたそうだ。
『それは情報にある通りみたいですね。幼少期に親の再婚で兄が二人出来たそうです。現在の記録では兄弟仲は悪くはないと書いてありますが』
マリアムの声になるほどねえ。と何か聞けることはあるかと考える。あくまでもライルの心理世界なので、父親に聞くにしてもライルの心象によるものではあるが。
「ライルちゃん、お母さんとは仲は悪くはないんですか?」
「良好だと思いますが」
「そうですか」
「ぱぱあ」
「あ、お父さんのところ行くかい?」
ライルが泣き止み出したのかヒューノバーの腕の中で父親に手を伸ばしている。ライルを父親に渡し、ありがとうございます。と父親が言うと去って行った。
「第一階層で得られるのはこんなもんか」
「次の階層の入り口を探そうか」
『遊具とかあります? あるならそこら辺じゃあないでしょうか』
遊具が遠目に見えるのでヒューノバーと芝生を踏みながらそちらへと向かう。ブランコや滑り台などの遊具に混じってドーム型の潜って遊ぶ遊具の中が怪しいなとそちらへ向かう。中が下層への入り口になっていたので、そう時間もかからず見つけ出した。ヒューノバーと共に遊具の中に入れば、階段になっていたのでヒューノバーと共に降ってゆく。
「マリアムさん、ちょっと気になったんですけど」
『はい、なんですか?』
「ライルは自宅で被害に遭ったそうですけど、防犯カメラとか無かったんですか?」
『ああ、ありましたよ。けれど監視カメラの映像はハッキングして改竄されていたものらしくて、犯人の姿は全く』
「……犯人が犯行に及ぶ前に下調べをしていたような痕跡もなかったんですか?」
『ええ、なかったそうですね。そちらも改竄されていた可能性があるとのことで、調査中らしいです』
「そうですか。ありがとうございます」
「何か気になることでもあった?」
「なんとなく疑問を聞いただけだよ」
こつこつと階段を降ってゆけば、光が見えて来た。第二階層に降りきって光を潜ると、森の中だった。
「うわあ、なんで森に」
『ライル、十五歳ほどの頃に一時的に樹海でさまよっていた時があったそうです。自殺未遂をしようとして失敗したらしいですね』
「はあ、自殺未遂ですか」
木々が風にざわめく音と鳥の囀りが聞こえる。こんな場所で情報を得れるのかと疑問に思っていると、どさ、と後ろから何かが落ちる音がした。振り向けば恐らくライルが地面に倒れ込んでいた。
「ライルさん!」
ヒューノバーが駆け寄ってライルに意識があるのか確認し始めた。ライルの意識はないようで、ヒューノバーが声をかけるが起きる気配はない。
『ライル、当時捜索隊に運良く見つけられたようで、見つけられていなかったら目覚めてから再び自殺しようとしていたんでしょうね』
この状況で情報収集は……と思ったが、ライルの近くにバッグが落ちているのを見つける。ライルはヒューノバーに任せ、バッグを漁るとこの惑星ではアナログだろう手帳を見つけた。
何か記述はあるだろうか。と手帳を開いてみる。カレンダーに予定が書き込んであるのと、ひと言日記のようなものが書き込んである。
遡りながら読んでいると、兄弟間で何かしらあったようで、兄弟だろう名前を名指しして不満や愚痴などが書き綴られている。精神的に不安定になっているように感じ、良いことが書いていることもあれば、後悔や叱責なども書き綴られている。そうして不安定になり始めたらしい日たどり着くと、兄弟に強姦をされた。と涙のしみと共にそれだけ書かれていた。それ以前は日記は真っさらで、この日から書き始めたようだ。
もう一度書き始められた日から最新の日まで読み直してゆく。大体何があったのかを把握し、日記を閉じた。
「ヒューノバー、次の階層に行こう」
「……そうだね。何か情報は得れた?」
「うん。下階へ行きながら話すよ」
ヒューノバーはライルを地面に横たえ立ち上がった。下層への入り口は大きな木のうろにあり、そこから下層へと向かった。