第六十話 ランドリーでの井戸端会議
「今日酒どのくらい飲んでたの?」
「……二本」
「ねえ、絶対少なく見積もってるよねえ。ねえ」
「あはははははは」
売店へとミスティと向かう道すがら、ミスティの肝臓の心配をしつつ話をしていた。絶対こいつもう何本か酒瓶開けてるよな。と思いつつもストレス過多な秘書室勤めなのもあり強くは言えない。私だったら確実に酒に逃げるし違法ダイブにも手を染めるかもしれない。そう思うとミスティはメンタルは強い方なのだろう。散々話をしてきて人となりを知っているので今更ではあるが。
無機質で殺風景な廊下を夏休みの夜中にコンビニに向かうかの如くなゆるゆるスタイルサンダル付きで二人で歩いていると、角を曲がったところで見慣れた背中が見えた。
「あれ? ヒューノバー?」
声を上げるとこちらの声に気がついたらしいヒューノバーが振り返り、虎の顔に花でも飛んでいそうな笑みを浮かべた。獣人たちの表情の変化にも慣れたものだなと頭の隅で考える。隣にはエンダントもおり、休日だったし遊んでいたのかなと想像する。ヒューノバーの服は若干サイズ的にキツそうなTシャツでぱつぱつだったが、恐らくエンダントの私物を借りたのだろう。頻繁に遊ぶ仲ならば部屋着くらい置いておけばいいものを。
「ミツミ! ミスティも。こんばんは」
「はいはいこんばんは」
「あ、エンダントさん、こんばんは」
「こんばんはっす」
二人揃って仲がいいものだが、どこへゆくのかと聞くとエンダントがランドリーに行くので付き合いに行くらしい。なんでもエンダントの分とヒューノバーの置いていた服がエンダントがぶっかけたエナドリで大層濡れて洗いに行くそうだ。だからそのスタイルなのかと合点がゆく。
行先は同じか。と私も洗濯物が入った籠を少し掲げる。
「エンダントさんここ住みですもんね」
「はい。ミスティさん……もですよね」
「私は外注してるから」
「え、そんなサービスあんの?」
「ふふ、秘密」
いいなあ、洗濯自分でしなくていいの。後で無理矢理聞き出してやるかと考えつつ、先に売店に行ってくるからと、二人とは一旦別れた。
「ミスティ、エンダントさん知っているんだね」
「居住区に住んでいれば大抵顔見知りにはなるわよ。まあ仕事上も付き合いはあるから」
「ほおん」
「初めてグリエル総督と会った時、狐の獣人居なかった?」
「……居たかなあ」
「物覚え悪いわねえ。まあそのヒトが開発部のトップなんだけれど、結構目にかけてもらってるらしいってのは聞いて、それで認識した感じね」
「……改めて思うけれど、やっぱり総督府のヒトって人間に好意的なヒト多いよね」
「理由が気になる?」
「まあ……、なんでだろうとは思うけれど」
「覚えてたら酒の席にでも話してあげるわよ」
「酒の席がランドリーってのも侘しいね」
「いいじゃない、夜中のランドリーって結構好きよ」
「自分で洗濯しないくせに」
ほほほ、とおどけて笑うミスティの肘鉄を食らわせたところで売店にたどり着く。酔い止め、酒類、おつまみといつもの飲みと変わらないものを籠にぶち込んでいくミスティに、やはり健康診断の時に何か引っかからないか心配だな。と気持ち薄目で眺める。
その後、購入したアイス片手にランドリーに向かうとエンダントとヒューノバーが椅子に座って談笑していたようだ。
「さっきぶり〜」
「……すごい買い込んだね?」
「ほぼミスティが飲み食いします」
「違うわよ! この四人で飲みましょうって買ったのよ!」
「そんな気遣いをミスティが……」
「アンタ引っ叩くわよミツミ」
両手で口元を覆って驚きの表情をすればミスティがキッと睨んできた。からかうのはこれくらいにしておこう。でないと酒瓶で脳天をかち割られる。
「アンタ私のこと殺人鬼と思ってるの?」
「やべ声に出ちゃった。はいはいヒューノバー、エンダントさん。ミスティの金で買った飲み物どうぞ。ソフトドリンクね」
「ありがとう」
「どもっす」
「なんであんたらミツミに礼言ってんの。私の買ったものよ」
「人徳の違い……」
「ああん?」
ひゅーおっかねえ。とさっさと洗濯物を洗ってしまおうと洗濯機に服や下着を突っ込みにゆく。この時代、洗濯機は洗い乾燥たたみまでやってくれるので楽である。たたみ作業が発生していたら私の部屋は今頃服で散乱していたことであろう。洗濯機に服を突っ込んで戻って置いてある椅子に座りミスティから酒をもらう。小さくごうんごうんと動き出した音を聞きながらアイスを食べ切り、かしゅ、と缶を開けた。
「ヒューノバーは今日はどうしてここに?」
気になっていたことを聞けば、エンダントとボードゲームをやっていたそうだ。現在の仲はやはりいいのだな。過去は色々あったのだろうが。ヒューノバーの心理世界に潜った時に聞いたエンダントへの懺悔を思い出した。
「ミツミは今日は何かしていた?」
「部屋でSNSずっと眺めてたかな」
「この子私たちが構わないと、この総督府で一生をSNSを眺めるだけで終わるわよ。ヒューノバー、アンタもデートにもっと誘うとかなさいよ」
「今はまだ外は危ないだろう」
「だったら部屋でイチャイチャするくらいしときゃいいじゃない。おうちデートよ」
ヒューノバーとイチャイチャか。正直全身もふもふと撫でさせていただきたいものであるが、変なスイッチが入らないか恐ろしい。性的な意味で。
若干気まずくなりつつも、でも恋人同士なんだしな〜と、多少進展があってもいいのかもしれないと考える。
「私たちの関係ってこの惑星の感覚から言うと遅いもんなの」
「別に遅くはないけれどね。進展なんてヒトそれぞれだし。でもねえ。なんか、ミツミとヒューノバー見てるとちょっとやきもきするわよ」
「おれもヒューノバーから話を聞く限りだと、もっと進んでもいいんじゃって思うっすけど」
おっと? エンダントが参戦してきやがったな。エンダント側もヒューノバーから私の話は聞いているのだろう。私にとってのミスティポジションにいるっぽいな。エンダントとしては急かす気はなさそうだが、一般的な所見としてだろう。この惑星の一般的とか知ったこっちゃないが。
「私、今のままでも満足しちゃってるんだよな。ヒューノバーは普通に好きだなあって思うし、それなりに幸せだと思うし」
「ん、んん……ちょ、ちょっと待って、恥ずかしくなってくるから」
「ヒューノバー、お前これくらいで照れるのすごいな」
「似たもの同士なんでしょ。アンタ書類だけでミツミ選んで、賭けもあったでしょうが気の長い女でよかったわね」
「こいつ人のこと見る目だけはあんですよ」
無機質なランドリーで繰り広げられる他愛もない会話に耳を傾け、酒を飲んでいると本当に夏休みに居るかのような錯覚に陥る。こんなこと、学生時代にもあったような懐かしい感覚が蘇る。古臭いコインランドリーで夜中に雑誌を読みながら、友人と話をしたり、スマホで時間を潰したり、もう戻れない過去を懐古する。ノスタルジーってやつか。
「……ヒューノバー」
「何? ミツミ」
「私を、選んでくれてありがとうね」
「え……」
「最初はなんで私だったんだろうって思っていたけれど、もう戻れないけれど、でも、ここに来て、ヒューノバーと出会えてよかったよ。ミスティにも、潜航班のヒトたちにも」
「うん……」
「今前を向いていられるのは、ヒューノバーのおかげだよ。ありがとう……」
ん、と照れくさそうに頬をかくヒューノバーに笑みを向けた。
「遠い地球からここに来れて、よかったよ」
「……ありがとう」
洗濯機の小さな稼働音にかき消えそうな声で、ヒューノバーはそう言ってはにかんだ。
ひゅー、とミスティに煽られたが、エンダントは笑みを浮かべてヒューノバーの背を叩いていた。
洗濯が終わるまで他愛のない会話を続け、二人と別れ、ミスティと自室へと向かう。
「あなたがここに来て、憎んでいたらどうしようかと思っていたけれど、……ありがとうミツミ。ここを好きになってくれて」
「まあ、この総督府の居住区くらいしか行動範囲ありませんけどね」
「もう少し時勢が落ち着いたら、一緒に出かけましょう。まだまだ色んな場所に行ってさ。色んな思い出作って、寂しさなんか吹っ飛ばしてあげる。私も、ヒューノバーもね」
「うん、ありがとう」
自室に着いてからはつまみを漁り、眠くなってからは酔いが進み全裸になったミスティに抱きつかれながら、暑い暑いとうわごとのように文句を言いながら眠りについた。