第10話(4)(男の)水浴び観察
「ふう……」
「お疲れ様でありんすね……」
通りがかったアヤカに対し、座っていたエリーが声をかける。
「む……貴様らも休憩か?」
「ええ、保養施設が近くにあるというのは便利でありんすね。いつでも好きな時に温泉に入れることが出来るでありんす……」
「……そのように頼んだのだからな、普段はこのような利用は出来ない……」
「はいはい、感謝しておりんす……」
エリーが適当な敬礼をする。アヤカが苦笑交じりに指摘する。
「全然感謝していないだろう……」
「バレたでありんすか」
「バレる」
「あらら……」
「別に感謝など要らないが……」
「え?」
「気持ち悪いだけだからな」
「ひ、酷い言われようでありんすね?」
エリーが自らの胸の前で両手を合わせ、上目遣いでアヤカを見る。
「魔族の話す言葉にはどうせ裏があるんだろう」
「いいえ、これは純粋な感謝でありんすよ」
「純粋さとは、もっともかけ離れている種族だろうに」
「それは偏見でありんす!」
「……」
「な、なんでありんすか? こちらをジッと見て……」
「……確かに貴様はある意味純粋なのかもしれんな」
「え……」
「いや、この場合は単純と言い換えた方が良いかもしれんが」
「ちょ、ちょっと!」
「半分冗談だ」
「半分って」
「……それよりもイオと一緒では無かったのか?」
「あ、ああ……ちょっと……」
「しっかり見ていないと駄目だろう」
「あ、あちきはあの娘の保護者ではありんせん!」
「どこへ行ったんだ。風呂嫌いなのか?」
「あまり慣れていないようでありんすね……近くで水浴びをしてくるとか……」
「水浴び……」
アヤカが顎に手を添える。エリーが尋ねる。
「あのニンジャガールは? ご一緒ではありんせんのでありんせんか?」
「ああ、ちょっと術の練習をしたいと……」
「術の?」
「うむ、『水遁の術』とか言っていたかな?」
「水遁……」
エリーが腕を組む。アヤカが尋ねる。
「どうかしたのか?」
「いいえ……」
「そうか」
「しかし……ここで待っていて、本当に山の王たちはやって来るのでありんすか?」
「……ここから比較的近くにそれなりに大きい軍の基地もある。まずはそこを攻略し、拠点にするのではないかと考えている。よって、この辺りを通過する可能性は極めて高い」
「ふむ……」
アヤカの説明にエリーが頷く。
「それに……」
「それに?」
「現状で、この国を本気でどうにかしたいというのなら、キョウ殿を排除することをやはり考えているのだろう」
「なるほど、それは確かに……そういえばキョウ様は?」
「滝の方に行かれたと思ったが……」
「しまった!」
「ど、どうした⁉」
「先を越されたでありんす!」
エリーがその場から走り出す。アヤカが追いかける。二人は茂みに入る。
「なんだというのだ……」
「うおっ⁉」
茂みの中には、オリビアとヴァネッサが身を潜めていた。アヤカが呆れる。
「……揃って何をしている?」
「い、いや、狙撃についてのレクチャーをヴァネッサにね……」
「キョウさんの水浴びを覗こうじゃないかとおっしゃって……」
「うおおい! ヴァネッサ! 君は誤魔化すということを知らないのかい⁉」
「まったく、油断も隙もないでありんすね……!」
「……なんだ、注意しに来たわけじゃないんだね」
「もうちょっと、そっちの方に詰めて下さい……」
エリーがオリビアとヴァネッサを軽く押し退ける。アヤカが首を傾げる。
「キョウ殿の裸体など、いつでも見ているだろう……」
「おやおや、分かっていないね~。隙だらけであろうところが良いんじゃないか」
「おっ、さすがは長命のエルフ。分かっているでありんすね~」
「分かりたくない境地だな……」
「あ、あの……ウララさんとイオさんがあそこに……」
ヴァネッサが指を差す。キョウの近くの水に、ウララたちがジッと潜んでいる。
「ああっ⁉ 水浴びだ水遁の術だとか言って、ちゃっかり良いポジションを確保しているっでありんすね! 完全にしてやられた‼」
「うおおおおっ‼」
「⁉」
キョウが滝を一瞬で“駆け”上がってみせた。ヴァネッサがボソッと呟く。
「もう、キョウさんだけで良いんじゃないですか?」