第10話(3)野生の参考
「やあ」
「ああ、キョウ様、どうしたありんすか……?」
俺の呼びかけに対し、椅子に座っていたエリーは本をパラパラとめくりながら応える。
「君もこの国の為に戦ってくれるとは思わなかったよ」
「ふふふ……」
「ん?」
エリーは本を閉じ、テーブルの上に頬杖をつきながら笑う。
「何度も言うように……あちきとしましては、キョウ様の意向に従うだけでありんす」
「そうか……」
「もちろん……あ、あのふざけた男……」
エリーは顔を赤らめる。俺は首を傾げる。
「ん? どうかしたのか?」
「な、なんでもありんせん!」
「そ、そうか……」
「あの男に借りを返すチャンスが巡ってくることを望んではいんすが……」
「ほう……」
「魔族の流儀のひとつでありんすからね、『倍返し』というものは……」
「倍返しか……」
「ええ……あちきの頬をぶった――お父上にもぶたれたことなどないのに――この痛み、倍にして返してやりんす……」
「お、おう……」
「時にキョウ様、確認しておきたいのでありんすが……」
「なんだ?」
「無用な殺生はお好みではありんせんのでありんせんしょうが……山の王とやらの軍勢……始末してしまってもよろしいでありんすね」
「! ……ま、まあ、この国に害を及ぼすようなら、止むを得ないだろうな」
「その言葉を聞けて良かった……遠慮なく戦えんす……ふふふ……」
エリーが悪そうに笑う。俺はその場から離れる。
♢
「……来たけど」
イオが席に座るエリーに声をかける。エリーはティーカップをテーブルの上に置く。
「ようやく来たでありんすか……」
「何の用かな?」
「そんなことは決まっているでありんしょう……」
「……うん?」
イオは首を傾げる。
「あ、あの、ゴローとかいう破廉恥な男に借りを返すのでありんす……」
「ああ、股間の棍棒!」
「い、言わなくてもよろしゅうござりんす!」
「三本目の脚が生えているのかと……」
「だ、だから、言わなくてもよろしゅうござりんす!」
エリーは赤面しながら、イオをたしなめる。イオは思い出したように苦笑する。
「……まさか、取り外し可能とはね~」
「だ、だから……」
「てっきり、そういう種族なのかと思っていたよ……」
「あ、貴女、アホでありんすか?」
「いや~世界っていうのは広いからねえ……」
イオが腕を組んで、目を閉じながら、うんうんと頷く。エリーが呆れ気味に応える。
「ついこないだまで、山籠りでありんした方の台詞とは思えないでありんすね……」
「……それには載っていないの?」
イオがエリーの本を指差す。エリーが首を捻る。
「え?」
「ああいう変わったモンスター……せっかくだから登録?してみたら」
「だ、誰があんな気色悪いものを!」
「え~面白そうじゃん」
「面白うのうござりんす!」
エリーが本を片手に立ち上がる。
「おっ……」
「さっさと始めるでありんすよ……」
「なにを?」
「な、なにをって……特訓でありんすよ」
「特訓って?」
イオが首を傾げる。エリーが戸惑う。
「そ、そこからでありんすか? 特別訓練でありんす」
「特別訓練……」
「そう、あのゴローをぶっ飛ばす為の……!」
「ああ! それなら最初からそう言ってよ~」
イオが笑顔で話す。エリーが軽く自らの額を抑える。
「先が思いやられるでありんす……」
「さあ、どんと来い!」
「ふむ……あの棍棒による攻撃力を防げば良いのでありんすから……」
「なにをブツブツと言っているのさ?」
「い、今から参りんす! 来なさい『ブロックストーン』!」
エリーが本を開くと、岩石が現れ、イオの前に置かれる。
「……」
「このストーンは自らの足で動くことも出来るでありんす。防御も堅く……」
「……ふん!」
「! な、投げ飛ばした⁉」
「……要は岩石でしょ?」
「ふ、ふふふっ……色々と参考になりそうでありんすねえ……」
エリーが笑みを浮かべる。