第9話(1)出発前ほどなにかしたくなるよね
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「あら、キョウ様は?」
「……もう一汗流したいそうだ」
「出発前なのに?」
「出発前だからだそうだ」
「なんでありんすか、それ……」
「さあな、拙者に訊かれても知らん……」
エリーの呆れ気味の視線に対し、アヤカが首を静かに振る。オリビアが笑う。
「ははっ、サウナが随分とお気に召したようだね? この国のサウナは世界的に流行っているそれとはちょっと……いや、大分異なっているからかねえ?」
「そうなのでござるか?」
「ああ、一般的にサウナというのは、室内湿度が低い、高温乾燥室で、対してこの国のサウナは室内に蒸気が満されていて、室内湿度が高い。すごく簡潔な説明だけど」
ウララの問いにオリビアが答える。ウララが頷く。
「確かに……蒸し風呂と呼ばれております」
「そういう呼称の方が自然かもね」
ウララの言葉にオリビアがウインクする。イオとヴァネッサが首を傾げる。
「……しかし、遅くないか?」
「そ、そうですね……」
「人間の殿方の入浴というのは、とても時間がかかるものなのでありんすよ」
「へえ……」
「そ、そうなんですか……」
「時間がかかるのはむしろ女の方だ。嘘を教えるな」
エリーに対し、アヤカが注意する。
「まあ、人それぞれではござると思いますが……」
「ふふっ、それにしたって、大した手間はかからないだろう、あの恰好なんだからさ」
ウララの呟きにオリビアが笑いながら反応する。
「……」
「どうしたのさ、ウララ、急に黙って?」
「オリビア殿、あまり笑っていられるような事態ではないのではござらんか?」
「え?」
「お気づきになりませんか?」
「……!」
「左様でござる……」
ハッとした表情になるオリビアを見て、ウララが深々と頷く。
「いや、そこだけで勝手に分かり合わないでよ!」
「せ、説明をして欲しいです……!」
イオとヴァネッサが声を上げる。ウララがやや間を置いてから口を開く。
「……刺客による襲撃・暗殺が極めて行いやすい場所なのです」
「ええ⁉」
「あ、暗殺……」
「ましてや、キョウはまったくの丸腰……」
「ああ⁉」
「ま、丸腰……」
「貴様ら、くだらないことを吹き込むな……貴様らもいちいち真に受けるな」
アヤカがウララとオリビアを注意して、大げさに驚くイオとヴァネッサをたしなめる。ウララが笑みを浮かべる。
「ふふっ、ほんの戯言のようなものでござる。ご容赦を……」
「戯言にもなりんせん……」
「はい? どういうことでござろうか、エリー殿?」
「そんじょそこらの刺客ならば、返り討ちに遭うのが関の山でありんす……」
「むう、そう言われると、それは確かに……」
エリーの言葉にウララが納得する。エリーが髪の毛をいじりながら話題を変える。
「そんなことよりも、今の内に重要なことを決めんしょう……」
「重要なこと?」
「ええ、『あれ』に乗るというのならば、行先はどこにしろ、三日間はかかる……その間の部屋割りでありんすが……あちきとキョウ様が一緒の部屋でよろしいでありんすね?」
「良いわけがないだろう、勝手に決めるな」
エリーの提案をアヤカが却下する。エリーがわざとらしく両手を広げる。
「何故に? キョウ殿のお世話はあちきに一任されているはず……」
「そんなことを何時貴様に一任したというのだ?」
「む、バレんしたか……」
「バレるに決まっているだろう」
オリビアが腕を組みながら呟く。
「三日間もあるんだ。日替わりにするのが平等じゃないか?」
「待たれよ、オリビア殿。それでは半分の者にとって不平等が生じるでござる」
「そうだねえ……こういうのは年功序列で決めようかね」
「ね、年功序列⁉」
「しょうがないねえ、ここは長命エルフのアタイが初日ということで……」
「ぐっ……!」
「た、躊躇いもなく手を挙げた⁉」
「で、出来る!」
笑みを浮かべながら右手を挙げたオリビアに対し、ウララとエリーとアヤカが顔をしかめる。ヴァネッサが声を上げる。
「は、反対です! わたしとイオさんにとってあまりにも不平等です!」
「それならば、どうお決めになるのでござるか?」
「え、えっと……」
「……あいつらをぶっ飛ばした奴から選べるっていうのは?」
「‼」
イオが指差した先には、禿頭のジャックと、三人の男が立っていた。エリーはうんうんと頷きながら、不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど、刺客を撃退……それは非常に分かりやすいでありんすな……」